第37話 感動超大作・シベリア準特急

教室で陰口を叩き合う女子3人組に怒った翌日。カブと一緒に登校すると、下足箱にはいつもの赤い弁当箱が入っていた。


いつもと違うのは、折りたたまれた白いメモの切れ端が挟んであることだろう。メモ用紙を開くと、中には以前にも見た流麗な字が躍っていた。


『お話があります

18時、この前待ち合わせした白い時計台の前で待ってます。 遥』


今回のメモ書きには、文末にクマのイラストがない。どことなく本気度を察するメモ用紙を見て、俺は一気に身構える。え、俺なんか気に障ること言った?もう話かけないでくれとか、そういう話だったらどうしよう……。


「あら?俊、どうかした?」

「いや……なんでも。そうだカブ、今日の練習17時半までだったよな?」

「ええ、そうね。白鳥ちゃんとデートのお約束でもした?」

「……おまっ、なんでそれを……」

「カマかけるとすーぐ引っかかるんだもの、かっわいい♡」


腐れ縁はいつもより大げさにウインクしてくる。その自称100万ドルの夜景なる不気味なウインクを、朝から浴びる側の気持ちになってくれよな……。デート、いや、これは本当にそうなのか……?



朝練を終えて教室に入ると、親友のクールビューティー井上さんと笑顔で会話する遥さんの姿が目に入った。そして教室の奥には昨日、俺とひと悶着あった小手川さんたちが固まっておしゃべりしている。


小手川さんたちは俺とカブの姿に気づくと、ビクっと反応し、居心地の悪そうな雰囲気を醸し出していた。


昨日の学校帰り、カブに「今回のことを白鳥ちゃんが知ったらどうなるか、分かるわよね?今日あった話はアタシたちの心の中にしまっておくわよ」と言われている。


俺は彼女たちを許すつもりはないが、言いたいことはもう全部言った。これ以上追い打ちをかけることはない。




昼休みとなり、俺は遥さんの作ってくれたお弁当箱を持って、カブとボクシング場へ移動する。今日は卓も一緒だ。卓はたまに俺たちと一緒にボクシング場で、朝、通学時にコンビニで買った弁当を食べていた。


「今日もまた、色とりどりのお弁当が眩しいわ。しかもサラダ中心のカロリーが計算された完璧な構成。白鳥ちゃんはいいお嫁さんになるわねえ。あらヤダ、なんで俊、アナタが赤くなってるのよ」


カブの『お嫁さん』という言葉に反応した俺は、自分の耳が赤くなるのがなんとなく分かった。


「しかし薬師寺氏、この私から見てもそのお弁当は素晴らしい出来栄えでありますな!そのサラダにふんだんに使われている野菜はピーマンですかな?ロシアの文豪パステルナークの『ピーマンとパプリカの違いに気づいた者はもう大人』という名言を思い出しますぞ!」

「ロシア文学にピーマンとパプリカって出てくるの?」


俺は中学からの同級生に素朴な疑問をぶつけた。「私も違いは分かりませんが、よく出てきますぞ薬師寺氏!」なんて卓は言うが、本当かよ。ロシア文学、奥深過ぎない?。


「おスギ、これまで理科を専門としてきた化学教師のアナタに聞くわ。ピーマンとパプリカの違いって何?」


カブがボクシング場の脇のベンチで横になっていた杉森先生に話を振る。名ばかりのボクシング部顧問の杉森先生は、たまに昼休みにボクシング場にやってきては、パンを食べた後にベンチで昼寝していた。今日ものんきに横になっている。


「あー、そうだなあ……。ピから始まるか……パから始まるか……その違いじゃねえかなあ」


この男がどうやって教員免許を取得することができたのか、この学校の七不思議の一つだろう。裏でお金でも払ったんじゃないかと本気で思った。


「はあ……。聞いたアタシが悪かったわ。ごめんなさいね。ねえ、おスギはこうやって愛妻弁当を作ってもらったことがあって?」

「おいバカ、あ、愛妻弁当って……」

「そうだなあ……結婚してすぐの頃は嫁さんが作ってくれたような、作ってくれなかったような……」


え、おスギ、既婚者なの??初耳なんだけど。すると腕を頭の後ろに回して気だるげに横たわる杉森先生が、これまた気だるげに俺に話しかけてきた。


「そういやあ、薬師寺、お前、白鳥と付き合ってるのか」

「つ、付き?」

「毎日白鳥の作った弁当食って、付き合ってないなんて、そんなこたあないだろうよ」

「せ、先生、俺たちまだ付き合ってませんよ!は、遥さんは俺にお礼がしたいって言って弁当を作ってくれてるだけで……いずれはその……俺も彼女と付き合いたいと思ってますけど……」


俺は顔を熱くしながら、手を横に振って否定する。最後のほうは小声で、どう考えても杉森先生には聞こえていなかった。そんな俺を、腐れ縁のゴリラは溜め息交じりに見つめていた。


「はあ……困った子。白鳥ちゃん、これは今日苦労するわねぇ……」


腐れ縁が最後のほうに何て言ったのか、手を振り否定していた俺にはよく聞き取れなかった。ただ少なくともお前だけには困った子なんて言われたくはない。




卓が急に口を開いたのは、昼休みも終わりに近づいた時のことだった。


「そういえば薬師寺氏、シベリア準特急シリーズを所有しておられるか?」

「何それ……」


聞いたこともないタイトルに俺は顔に?マークを浮かべ答える。名前からして明らかにマイナーなシリーズっぽい。


「薬師寺氏!シベリア準特急シリーズを存じ上げないと!名監督マイク・アズミノがメガホンをとった名作を知らないとは……人生の17年の大半を無駄にしていますぞ……」


つい1カ月近く前に、BL専門店『黒薔薇くろばら』で腐れ縁に同じことを言われたことを思い出す。どいつもこいつも俺のこれまで積み上げた17年を何だと思っているんだろう。


「舞台は1940年代前半のシベリア……。ウラジオストクからモスクワ行きの特急に乗ったはずの主人公が、実は途中のハバロフスクからモスクワまで各駅停車となる列車に乗ってしまった、悲しき葛藤、人間模様を描いた名作を知らないとは……」

「それって乗る前に確認しなかった主人公の自業自得じゃないの?」

「かあ!薬師寺氏!君は!映画というものを!何も!分かっておられない!」


卓が後ろにのけぞり頭を抱え、大げさに反応する。え、俺、今悪いこと言った?どう答えるのが正解か分からない俺は、とりあえず適当な言葉を返していく。


「それで、シベリア準特急シリーズがどうしたって?」

「よくぞ聞いてくれましたな。実は昨日夜、自室で小説・シベリア鉄道の夜を読んでいたところ、ふと映画シベリア準特急シリーズを見返したくなったのであります。ところが、見たかったエピソード25から27が我が家にはなかったのです!」

「え、それエピソードいくつまであるの?」

「エピソード77までありますな!25から27付近はちょうど盛り上がるところなのですぞ!バイカル湖の湖畔で主人公がウオッカを飲みながら焚火をしていたら、誤ってウオッカをこぼしてしまい、服に火が燃え移るあの名シーンが……」


盛り上がるところだけ家にないってどうなってるんだ。しかもそのシーン、どこらへんに盛り上がり要素ある?火の手は上がってるけど。


そもそもそんな誰も見なさそうな超B級映画、誰も持ってないだろうよ……。俺が内心そう思っていると、話を聞いていた腐れ縁が口を挟んできた。


「あら、卓ちゃん。エピソード25から27ならウチにあるわよ。今日の帰り、アタシの家に寄って観ていく?」


おいゴリラ、お前そんなマイナーな映画持ってるのかよ。


「さすが歌舞氏!ではお言葉に甘えますぞ!」

「決まりね。アタシたち、部活終わりが17時半になるけど、その後一緒に帰りましょ」

「ああ歌舞氏!ロシアの文豪ゴーゴリも『持つべきものは友達とシベ準を所有するオネエ』と言っていましたな!」

「そんな……。かわいいオネエだなんて、ゴーゴリちゃんも言ってくれるわ……!」


腐れ縁2人が俺を挟んで盛り上がりだした。もう勝手にやってほしい。

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