第一話「高千穂神宮」 - 04

 ――盾田奈矛たてだなほこ。それが私に与えられた名前。

 幼い頃から私は腫れ物のように扱われてきた。その理由は詳しく知らなかったけど、私は力が人一倍強く、その強さは異常とも言えるほどで、結局それが理由なんだろうと察していた。

 二歳の頃、母の腕を折ってしまったと聞いたことがある。

 三歳の頃、近所の年上の子を殴って大けがをさせたことがあるらしい。

 五歳の頃、八歳の頃、十二歳の頃――物や建造物はもとより、私の暴力が人を傷つけたという話は枚挙に暇がない。

 だから私は恐れられたのだ。誰からも、それは家族からも。こんなだから、友だちができたこともない。

「奈矛、お前は自分の力、そして身体の使い方を覚えなさい」

 そんな中にあって、私にあらゆる武術や体術を教えてくれたのが鎧介おじさんだ。父とは腹違いの弟に当たる人で、兄弟であっても歳は随分と離れていた。五歳で武術を教わり始めた頃のおじさんはまだ一八歳で、私からすれば、父の兄弟と言うよりは従兄弟のお兄さんくらいの感じではあった。

 おじさんは自分にも他人にも厳しい人だ。それは私に対しても例外ではなかったが、しかし誰にも同じ態度で接してくる鎧介おじさんは、私にとっては信頼の出来る人でもあった。私が何かをぶっ壊して、恐れて何も言ってこない家族がいる中で、鎧介おじさんだけは叱ってくるし、殴って止めてくれる。

 だから時々私の破壊衝動が爆発することはあっても、基本的に大人しくしていられたのはおじさんが教えてくれた武術の心得があったからだし、何かあってもおじさんが諫めてくれると、それでもどこか甘えていたところもあるのかも知れない。

 おじさんは時々、展望台で学校や稽古をサボってる私を連れ戻しに来ることがあった。

 少し話をして、軽く私を諫め、私はぶつくさと不満を漏らしつつも、結局おじさんに従って連れ戻される。

 おじさんは私を叱ったあと、何も言わずにいつも甘い和菓子と、とても苦いお茶を出してくれた。

「――その力をどう使うかは、お前の自由だ、奈矛。人を傷つけるのも、何かを壊すのも、逃げ出すのもお前の自由なのだ。だからこそ、それを選ぶことが自らの意思であることだけは覚えておけ」

 自由は意思だ、とおじさん度々口にした。私は苦いお茶の味とともに、それを覚えている。

 これらはある種の儀式めいたお約束のやりとりではあったが、けれど……けれどおじさんが私の座っている椅子の横に来てくれることは、終ぞなかった。

「ナホ!」

 ンミユとはあれから、何度も会っている。私が待ち合わせの展望台に現れるとンミユは先に居て、私の姿を見つけると、やはり人懐こい笑顔で手を振って私を迎えてくれる。

 彼女はこれまでにしてきた冒険の話を聞かせてくれた。それはどれもこれも面白い話で、中には本当かどうか疑いたくなるようなものもあったけど、聞いているだけで彼女の人となりが知れるような、そういう愉快さもあった。

「いつか『理想郷』を見つけるのが、あたしの夢なの」

 臆面もなく、ンミユはそんなことを言う。

「世界には様々な『理想郷』の伝承があるでしょ? エルドラド、アルカディア、シャンバラ、ティル・ナ・ノーグ、アガルタ、タモアンチャン、マグ・メル、アヴァロンにニライカナイ。あるいはこの国、日本だってかつては『黄金の国』と呼ばれていたこともある。世界中を旅して、それを見つけることが出来れば、こんなに素晴らしいことはないもの」

「ふうん……そんなの、見つけることができるの?」

「出来るかどうかを疑ってしまったら、冒険家なんてできません」

 ――だとするならば、彼女は見つからずにして既に理想郷の中にいるのだろう、なんてことを思った。

「いいね、冒険家。楽しそ」

「……一緒に、きますか?」

「は?」

「あたしも、ナホとだったら楽しそうと思いました」

「はは、無理無理。私、神社の子だもん。大人になったらこの家で働くって決まってんの」

ወይኔウェイネ……。そうですか」

「え、本気だった?」

「あたしはいつでも本気です!」

 はこの神社の娘として、この神社での務めを果たさねばならない。

 私は幼い頃から、両親にそう言い聞かせられていた。だから私は大人になったらこの神社で働くのだろうと思っていたし、そこに何か疑問を感じたこともなかった。自分の力が人を遠ざける以上、深く他人と関わらなくて済むだろうその選択肢は、合理的だとすら感じる。

 別に虐げられているわけでもない。親子の愛情らしい愛情なんて感じたこともないけど、衣食住に困ったこともないし、大抵のわがままは受け入れられてきた。何か欲しいと言えばすぐに買い与えてくれたし、何かやりたいと、あるいはやりたくないと言えば、大体は都合を付けてくれた。――あまり嬉しくはなかったけど、それだけが両親との繋がりではあった。

 だからやはり、私はこの神社での務めを果たさねばならないだろう。

「――ま。じゃあもし万が一にも私が路頭に迷ったら、ンミユに拾ってもらおうかな」

 私は小さな絶望を、小さく笑って吹き消す。

「はい、任せてください、ナホ!」

 ンミユは私の横に座って、嘘のない笑顔でそう笑い返してくれた。

 それから、彼女はその日の別れ際、鞄の中から小さな何かを取り出して私に差し出した。

 銀で出来た十字架……チェーンも付いていてロザリオにも見えるが、その割に随分と装飾が多い。

「それはマスカル。エチオピアンクロスとも呼ばれます。エチオピア正教会の十字架のペンダントです。ナホにあげます」

 私は思わず苦笑いする。

「神社のうちの子に、十字架くれるんだ」

「確かに宗教的な意味もありますが、ただの工芸品ですよ。――あたしもキリスト教徒じゃありませんし。日本のみんなは、宗教に関係なく、十字架の飾りを持っているでしょう? だからそれは、お友だちの証です」

「へえ」

 そのペンダントを手渡され、私はしげしげと眺めてみる。金属で出来ているそれは、それなりに重みがある。ひんやりとしているかと思ったが、ンミユ鞄の中で何か温かいものと一緒になっていたのか、冷たくはなかった。

「……首、つけてくれる?」

「はい、もちろん!」

 私は再びンミユにペンダントを預け、背を向ける。ンミユはペンダントを首に回し、チェーンを留めてくれた。ンミユがペンダントから手を離すと、首から下がるそれの重さを感じた。

「――ありがとう、ンミユ。大事にする」

 少し照れくさかったが、私は素直にそう伝えた。

 今度会うときまでに、私もンミユのために何か用意しておこうと、そう思った。

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