第7話 雌伏
激しい戦いから数か月後、ジャゴンはとある教会に訪れていた。散っていった者達へ冥福を祈るため、幾人もの人を殺した罪を贖うため、時折、足を運んでいるのだ。
あれからジャゴンは忙しい日々を送っていた。リーナが行った宣言通り、ジャゴンはルリ城の所有権を与えられ、女主人の従者兼留守居の代官という肩書きから、一城の主へと変わっていた。
激戦の中、レーザ公を討ち取った功績からである。
さらには、どうにか一命を取り留めたヴィランの後見人になるよう勧められもしたが、それは頑なに断った。なぜなら、リオ伯の家中においては、ジャゴンは確実に浮いた存在になっており、それが後見人になっては混乱を招く元だと、拒絶したからだ。
ジャゴンが浮いた存在となった最大の理由、それはリーナの隠棲であった。
リーナはあの後、蹂躙された夫リオ伯の領地を取り戻したのみならず、レーザ公に与した他の貴族の領地も報復とばかりに荒らし回り、莫大な財貨を得ることとなった。
レーザ公の討ち死にに加え、それに与した貴族も没落し、旧リオ伯を中心とした派閥が国政を取り仕切るようになり、そのどさくさに紛れて、幼いヴィランに家督と領地を相続させることに成功した。
だが、そこからが問題であった。
新領主となったヴィランが母を恐れて、引き籠る日々が続いたのだ。何しろ、母親から見捨てられ、大筒を撃ち込まれ、挙句に刃物で刺されたのである。これで恐れを抱かぬ方が無理というものであった。
これに対して動きを見せたのが、昔からリオ伯家に仕えていた者達であった。“よそ者”リーナに対して反発し、隠棲を迫ってきたのだ。
リーナを恐れて当主が引き籠りになってしまっては、領内が不安定になるだけであり、伯家のことは我々に任せて静かに引っ込んでいてくれ、というわけだ。
リーナはこれに対して反発することもできたが、周囲が驚くほどに従順にそれに従い、息子のことは任せたと置手紙をして、教会に身を寄せたのだ。
まるで憑き物が落ちたかのように大人しくなり、ただ神に祈るだけの日々を過ごしていた。
ジャゴンはそんな主人に対して、受け取った城を返上し、また自分の主人になってくれるよう懇願したが、リーナはそれを拒否した。
「だって、そんなことをすれば、返り咲こうとしていると警戒されるではありませんか」
「それはそうでしょうが、それでよろしいのですか?」
「よろしくはありませんよ。そのうち、皆殺しにしますから」
神に祈りを捧げた後の穏やかな微笑み、それを崩すことなくリーナは言ってのけた。表情と発言の不一致にジャゴンは戦慄し、全身から汗が噴き出した。
「よいですか、あのまま意固地になって反発したとて、互いに潰し合って、領内がめちゃくちゃになるだけ。やるなら一撃の下に仕留めねばなりません。そのために諸手を挙げて降参し、大人しくしているフリをしているのですから」
「では、始めからそのように」
「ええ。他領からくすねた金品はこの教会に隠しておりますから、いずれ軍資金が必要なときに役立つでしょう。寝返らせる工作資金、傭兵を雇い入れる雇用賃、お金はいくらあってもよいですから」
リーナは右手を突き出してジャゴンの胸を掴み、その中にある心臓の鼓動を感じた。まるで走った後のように、鼓動が早鐘を鳴らしていた。
「だから、ジャゴン、あなたもその時が来るまでは大人しくしていなさい。人畜無害を装い、何の野心も企てもない、平凡な城主のままでいなさい。時来たらば、動いてもらいますけどね。なんでしたら、私に種でも蒔いて、未来のリオ伯でも
「そ、そのようなことは……。それにヴィラン様はどうなさるおつもりで?」
「ああ、もう割とどうでもいい。“あの程度”で恐れおののいて泣き喚く程度の愚息なら、いっそのことまとめて消してもいいかもしれませんわ。ああ、夫のことは今でももちろん愛しておりますが、残した家臣と子供は低俗でありますわね」
不気味な笑みであり、ジャゴンは震えた。
まだ、復讐は終わってない。夫であったリオ伯を殺した連中は死に絶えたが、残ったリオ伯の遺臣達の自身への仕打ちを許してはいなかった。だから、報復する。復讐する。皆殺しにする。そうリーナは宣言したのだ。
「領主たるもの、家臣や領民には愛されなくてはならない。それ以上に恐れられなくてはならない。人は時として愛する者にひどい仕打ちをしてしまうものですが、恐れる者には手を出しません。だから、ジャゴン、あなたも私を愛しておくれ。そして、恐れておくれ。よいな?」
ジャゴンは主人の圧に抗しきれず、ただ頷くしかできなかった。
話はこれまでとばかりに、リーナは踵を返して神像と十字架が飾られた祭壇の前に立ち、そして、跪いて祈りを捧げ始めた。
ジャゴンは一礼をして教会より退出し、空を眺めた。来るときは曇天の薄暗い空であったが、今は雲の隙間から光が差し込み、徐々に明るくなってきた。
ああ、まるでリーナ様の感情を表しているかのようだ、とジャゴンは思った。暗い影がありつつも、光の差し込む余地はある。
いつかその心が晴れ渡る日が来ることを願いつつ、ジャゴンは教会を立ち去った。
~ 終 ~
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