Mission001

 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 ありすの意識が少しずつ戻ってくる。

(ん……、ここはどこ?)

 目をゆっくりと開けて、場所の確認を行う。

 暗い。

 しかも、思うように体が動かせない。というか動けない。

 更には狭い。

 どこに出てきたのかまったく分からない状況に、ありすは不安に駆られる。

 声を出そうとしても出ない。

「父上、ボクに贈り物とは何ですか?」

 小さな子どもの声が聞こえてくる。

「うむ、この箱の中に入っているものだぞ」

「わあー。すごく大きいですね、父上」

「ギルソン、お前ももう5歳だからな。ついにオートマタを持てるようになったのだぞ」

「本当ですか、父上!」

 子どもの名前がギルソンだから、おそらく第五王子だろう。となると、父親は国王という事になる。

 このやり取りから、ありすは今自分がどういう状況に居るのかを薄々と把握していく。なにせ自分で書いた小説の世界の事だ。国際情勢などもしっかり頭に入っている。それを一つずつ照らし合わせているのだ。

 それにしても、もう30年は前に書いた小説の内容だというのに、よく覚えているものだ。おそらく転生の際に神が何かしら特典として与えてくれたものなのだろう。ありすはそう思う事にした。

 やがて、目の前が明るくなっていく。これでありすは、自分がギルソンへの贈り物であるオートマタである事が理解できた。なので、眩しさを利用してしっかりと目を閉じた。起動前のオートマタはただの人形なのだから。

(そう、オートマタは起動しなければ目を閉じているし、動かないし、何も感じない。もうしばらくじっとしていないと……)

 ありすはそう思うが、動いたのは目だけであり、体は動かせないし、声だって出せない。それでも目が開くだけでオートマタとしては異常ではあるので、とにかく今は落ち着いて目をつむっている。

「うわあ……。これがボクのオートマタですか、父上」

「うむ。五男とはいえ、私の息子だ。ずいぶんと質素にはなってしまったが、これでも立派な王族のためのオートマタなのだぞ?」

「確かに、兄様たちのものと比べると、少し見劣りするかも知れませんね。ですが、ボクは自分のオートマタが持てた事を嬉しく思います!」

「ははっ、そうか。ギルソンは謙虚だな」

 国王はギルソンの頭を撫でている。それに対してギルソンはとても嬉しそうにしている。この状況は小説を書いたありすも知らない事だ。小説はあくまでも10代に入ってからの事しか書いていないからだ。

(ギルソンの幼少時はこんな感じなのね。作者の私ですら知らない事があるだなんて、さすがは現実の世界といったところかしら)

 ありすはここでふと違和感を覚える。それは何かといえば、自分の事だった。

 94歳の大往生を迎えたありすは、さすがに年寄りによくみられる思考や話し方をしていたのだが、今の自分はどうも機械技師としてバリバリに働いていた頃の自分の感じに近かった。それも、働き始めの20代に近しい感覚である。ありすは心の中で首を傾げた。とはいえ、オートマタの設定としてはそのくらいの年齢を想定したものだったので、それに自分も合う形にされたのだろうと、ありすは勝手に解釈をする事にした。

「さあ、起動してごらん」

「はい、父上」

 国王はギルソンを抱え上げる。

 オートマタは、魔法石と呼ばれる魔力を持った石を動力として動く人形である。一度起動させてしまえば半永久的に動くという謎の人形であり、魔法という特殊な力を行使できる存在でもある。

 そのオートマタの魔法石は、個体によって異なる場所に取り付けられている。多いのは額と胸部。ちなみに男性型と女性型があり、ありすが転生先として選ばれたのは女性型のオートマタである。まあ、小説でもそういう設定だったので当然な話だ。

 ちなみに、ありすが転生したオートマタの魔法石の位置は額だ。それ故に、国王はギルソンを抱え上げたのである。

 ギルソンが額の魔法石に触れ、軽く押し込む。すると、ありすの体に力がみなぎってくる。そして、意思とは裏腹に、ゆっくりと目を開け始めた。オートマタの機能である以上、意思を持っていても逆らえないようである。

(当然と言えば当然かしら)

 そう思いながらも、ありすは瞬きをして、辺りをきょろきょろと見回す。最初に目に入ったのは、当然ながら目の前で目を輝かせる少年ギルソンだった。それから確認できたのは父親である国王アルバート、彼の女性型オートマタであり、部屋はギルソンの私室のようだった。

 ちなみにオートマタも鳥の刷り込みのように、最初に見たものを主だと認識する機能がある。なので、この最初の瞬間というものはなかなかに緊張するようである。実際、アルバートは心配のあまりに眉間にしわを寄せていた。その様子を見たありすは、見回していた視線をギルソンに戻し、ゆっくりと口を開いた。

「おはようございます、マイマスター」

 自分が書いた小説にも出てきた、オートマタ起動後の最初のセリフである。

(これで、私もこの物語の登場人物となったのね)

 ありすは強く自覚した。

 だが、ここが小説の中の世界ではなく、元居た世界と同じ、自分で考えて動く人間たちの居る世界だろいう事を忘れてはいけない。ましてや今は自分の認知していない時間の中だ。何気ない判断が今後どう影響するのか分からない。

(ギルソン殿下、必ずやあなたをお救いしてみせますね)

 心の中で固く誓うありす。はたして彼女はギルソンを小説とは違った結末へと導く事ができるのか。

 ……まだ物語は始まったばかりである。

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