第6話

「お前だけは違うと思っていたが、結局お前も、どこまでも親と一緒だ」


 何をルカリオンはそんなに怒っているのか。巨大な炎がルカリオンとの間に現れたので腕を一振りして消す。


「何を怒ることがある。それにエーファが寝ているからこちらに向けて魔法を使うのはやめろ。危ない」

「お前もどうせ愛に追い詰められる! 母だって結局、父がお前の母親を攫ってきて見向きもしなくなっても父を愛し続けた。本物の番でさえなく一緒に死ぬこともできないのに。それが愛だとなぜ言える! そんなものは執着だ」


 もう一度ルカリオンの魔法が発動した。目の前まで迫った炎を簡単に手のひらで払う。


「エーファが寝ているから魔法を使うなと言ったはずだ。耳が悪くなったのか」


 手をかざすとルカリオンの体が簡単に壁に叩きつけられる。残念ながらこれが生まれながらの力の差だった。人間でも番との間にできた子供は圧倒的に強い。

身動きがとれないルカリオンに近付いた。


「お前はお前の母親とその女のせいでおかしくなった。その女を殺せばお前は正気に戻るのか」

「その前に俺が陛下を殺すだろう」


 いまだにリヒトシュタインの魔法の拘束を解くこともできないルカリオンの首に片手をかける。両手さえ必要ない。


「なぜそれほどお前はその女を想う? 愛ではないかもしれないのに」


 まだ手に力を入れる前にルカリオンがうめくような声を出した。


「それほどの力があればその女なんて要らないはずなのに。なぜだ」

「エーファがこの世界が地獄でも一緒に生きて行こうと言ったからだ。俺はそこに愛を感じた」

「その女がお前のせいで先に死にかけているのに、まだそれは愛なのか」


 ルカリオンの首からゆっくり手を放す。

 廊下から足音が迫って来た。


「陛下。軍勢を確認したと報告がありました。今度はセイラーンではなく反対側の隣国で」


 部屋に入って来た竜人は壁に拘束されたルカリオンを見ると、すぐに口をつぐむ。リヒトシュタインが手を振ると拘束はすぐに解けた。


「獣人はどのくらい動ける」

「早朝からオルタンシア様が無理をして治癒してくださったおかげで四割は動けます」

「では竜人が出る必要性はないかもしれない。しばらく注視しろ。あとは捕虜の尋問内容を詳しく聞いてこい。粉をセイラーン以外の国も使うかもしれない。あとは竜の幼体を隔離しろ」


 入って来た竜人とともに、拘束されていたとは思えない余裕のある足取りで出て行こうとするルカリオンを呼び止める。


「エーファと俺は両親とは違う。勝手に重ねて取り乱すのはやめろ。彼女は、昨日番紛いででも俺の番で良かったと言ってくれた。だから俺はエーファだけは諦めないでいられる」


 振り返ったルカリオンの目がほんの少しだけ大きく開くがすぐに床に視線が落ちた。


「皮肉なものだ。結局、リヒト。お前は力も何もかもすべて手に入れているじゃないか」


 自嘲気味に笑うルカリオンに対して首をかしげる。


「その女は、セイラーンが攻めてきた時にお前を下界に来させるなと言った。おかしな粉でお前がどうなるか分からないからと。また鱗を剥がして自傷行為に走るのは見たくないと。その女はまるで、か弱い姫君でも守る騎士のようだった。最も強い竜人を姫君扱いだ」


 ルカリオンは部屋の奥のエーファに目を向けてから、また視線を落とす。


「お前は諦めて無駄な力しか持っていないように見せかけてすべて持っているじゃないか。それなのに何も持っていないと情けない振りをする。だから俺はお前が、ずっと羨ましくて大嫌いなんだ」

「……あのオレンジの竜人が無理をして獣人の治癒をしたのは、陛下のためじゃないのか。だったら陛下だってすべて持っているはずだ」


 リヒトシュタインの言葉はさっさと出て行って閉まる扉の音にかき消された。


「俺だって兄のことはずっと羨ましかった」


 ずっと言わなかった言葉を呟いてエーファの側に戻ろうとした時にノックの音がした。絶対にルカリオンではない。あんな風に出て行ってノックなんてするはずがない。

 入ってきたのはルカリオンと同じ紫の髪を持つアヴァンティアだった。


「何か?」


 アヴァンティアは言いづらそうに何度か口を開いては閉じた。時間だけが過ぎて面倒なのでリヒトシュタインはベッドの縁に腰掛けて、エーファの手を握った。


「リヒト。あなた、その子のために死ぬ気はある?」


 緊張気味に震えるアヴァンティアの腕には一冊の本が握りしめられていた。

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