毒親転生～後にラスボスになる運命の娘を溺愛したら異常すぎるほど好かれてしまった～

第78話 精神崩壊

　アルドはルーファウスが持っている盾を強引に奪い取った。するとルーファウスの目が虚ろになり、アルドにつかみかかってきた。

「か、返せ！　僕の盾だぞ！」

「うわ……」

　ものすごい力でアルドに組み付いてきて、アルドが手にしている盾に向かってルーファウスが手を伸ばしてくる。アルドはそれを奪われまいと遠くへと投げ飛ばした。

「みんな、あの盾に触らないで。後で僕が回収するから！」

「た、盾……！　あ、あの盾がないと僕はダメなんだああ！」

　ルーファウスがアルドを突き飛ばす。これまで引く動きをしていたのに対して、急に押す力が加わり、それでアルドが体勢を崩す。

「うわっ……」

　ルーファウスがアルドが投げた盾の方向に向かって走っていく。

「まずい！　ハーデン！」

　ミラが対象の脚を石化させる魔法を唱える。これにより、ルーファウスの脚が石化して動かなくなる。

「ぐっ……うわああああ！　じゃ、邪霊が迫ってくる。に、逃げなきゃああ、うわああ！」

　ルーファウスが脚に力を込めて必死にもがく。石化した脚がピキピキと音を立ててヒビが入る。そして、グシャアと石が砕けて、ルーファウスの脚が再び動くようになった。

「まずい。彼は信仰が低いタイプだ。だから、石化に対しても耐性がある。今の魔法で足止めは不可能だ」

　かつて、弟のホルンを足止めした時に使った魔法。ホルンの場合はミラの弟ということもあり、信仰が高い影響でこの魔法も良く効いた。だが、信仰が低くて力もそれなりにある者が無理矢理歩こうとすると石化を無理矢理解けるのである。

「こうなったら実力行使だ！」

　アルドはルーファウスを無理矢理抑え込もうとする。しかし、暴れまわっているルーファウスを抑え込むの中々に困難なもので、アルド1人では抑えきれなかった。

「私も手伝う！」

　クララも一緒にルーファウスを抑える。それでもルーファウスは暴れまわっているがしばらくすると体力が消耗してルーファウスの動きが鈍くなる。

「はぁはぁ……！」

　ルーファウスが息切れして完全に大人しくなった。一先ずはクララとミラが協力して魔法でルーファウスを拘束して、事なきを得た。

　アルドは投げ飛ばした盾を回収して、それを手放さないように持っている。

「お父さん。大丈夫？　怪我してない？」

「うん。まあね。突き飛ばされたけど大きな怪我はしてない」

　クララとミラがルーファウスの様子を見ていて、アルドとイーリスが周囲の警戒をする。ダンジョン内でいつ邪霊に襲われてもおかしくないこの状況は油断ができない。

「とりあえず、今日はここでキャンプするしかなさそうだ。ルーファウス君があの調子で進むのは無茶すぎる」

「うん……そうだね。あの人大丈夫かな？」

「わからない……」

　アルドはそれしか言えなかった。もしかしたらダメかもしれない。例の誘拐事件で邪霊に利用された女も未だに精神崩壊したままである。1度精神崩壊したら元に戻る方法はない可能性もある。心の中ではそう思っても、それはイーリスに言うべきことではない。

「アルドさん！　イーリスちゃん！　こっちに来て。ルーファウスが目を覚ました」

　クララの声が聞こえてきた。そんなに焦っている様子はないことから、暴れている様子はなさそうであるとアルドとイーリスは思った。もしかしたら、まだ助けられるかもしれない。そんな一筋の希望を持ちながら、3人の元へと向かった。

「…………」

　ルーファウスは目を開けてはいるものの、黙って空を見上げている。そんなルーファウスにミラが質問を投げかける。

「しゃべれるか？」

「ああ……」

「自分の名前はわかるか？」

「ルーファウス」

「アタシの名前もわかるか？」

「ミラさん」

「こっちの彼女は？」

「クララさん」

　機械的ではあるが質問にはきちんと答えるルーファウスにミラは安堵した。とりあえず、最低限の理性がある。

「自分がなぜここにいるのかわかる？」

「わからない。わからないんだ……僕はさっきまで実家にいた。でも、おかしい。父さんも母さんも兄さんも妹も……全員邪霊に殺されたはずなのに当時の姿のまま生きていた。そして、当時、僕の家族を殺したあの邪霊も……倒されたはずなのに生きていた」

　ここから話は繋がらなくなった。記憶が混在してルーファウス自身何を言っているのかわからないと言った状況である。

「怖かった……僕だけ無事だった。父さんも母さんも兄さんも妹も死んだのに僕だけ生き残った。みんな魔法の才能があった。魔法の才能がなかった落ちこぼれの僕だけが……」

「なるほど」

　家族の中で最も信仰が低くて、邪霊の攻撃に耐性があるルーファウスだけが生き残る。理屈としては納得できる話である。

「どうしてよりにもよって僕が。みんなの代わりに僕が死ねば良かったのに。でも、生き残ったら死ぬのが怖い。敵の攻撃が怖い……そ、そうだ！　盾だ！　あの盾が僕には必要なんだ。あの盾を持つと勇気が湧いてくる！　自分に自信が持てる！」

　ルーファウスが雄たけびを上げる。次の瞬間、クララとミラの魔法による拘束を無理矢理剥がす。

「うわっ……！　ミラ。ちょっとこの人凄いパワーだよ」

「ああ。また錯乱状態に陥りつつあるな」

「どこやった？　オレ様の盾！　あれがなかったらオレ様は……僕は……うわあああ！」

　ルーファウスが立ち上がり、ミラとクララの間をすり抜けようとする。しかし、クララが持ち前の身体能力でルーファウスを組み伏せようとする。

「く……力が強い。私1人じゃ抑えられない！」

「クララ！　アタシも手伝う！」

　ミラも一緒になってルーファウスを抑えようとするも、魔術師タイプのミラでは少し力が足りずにルーファウスを抑えきれない。

「やめろ！　ルーファウス君！　女性に手をあげるつもりか？」

　アルドとイーリスが到着した。アルドはルーファウスに説得を試みる。

「うぅ……」

　ルーファウスの動きが鈍った。しかし、ルーファウスの視線の先にあるのは、アルドが持っている盾。自分の盾を奪われたと思ったルーファウスは目の色が変わる。

「その盾は……返せ！」

「うわっ……」

　クララとミラを一気に引きはがしてルーファウスがアルドに向かって一直線で走ってくる。

「ど、どうしよう。お父さん。あ、そうだ。あの焔の鞭で拘束できない？　魔法じゃないから相手の信仰の影響は受けないはずだよ」

「いや、ダメだ。人間相手に僕のイノセント・アームズを使うわけにはいかない。触れたら何が起こるかわからない」

　相手が邪霊であれば、遠慮なく武器を使うことができる。しかし、人間が相手であれば攻撃でも相手のマナの器を破壊しかねないのである。

「でも、盾を渡すわけにはいかない。雷神の槍！　迅雷！」

　アルドは雷神の槍を展開して、移動速度を上げた。そして、一気にルーファウスと距離を取った。ルーファウスはアルドを追いかけるも、移動速度が強化されているアルドには追い付くことができない。

「ま、待て！　オレ様の盾を返せ……！」

「悪いがこの盾を返すわけにはいかない」

　アルドは遠くへ遠くへと逃げていく。どんどん距離を離されていくもルーファウウｓはアルドを追うのをやめない。取りつかれたかのようにただひたすらに盾を追い続けるだけである。

「お父さん！　どうするの？」

「とりあえず逃げるしかない。一時しのぎにしかならないけど、その間に策を考えよう！」

　アルドを追い続けるルーファウスだが、次第に息切れを起こしてその場に立ち止まってしまう。

「ぜえはあ……ぜえはあ……あの野郎。オレ様の盾を盗みやがって。やっぱり、盾が目的だったんじゃねえか」

「ミラ。どうする？」

「まあ、なんだ。アルドさんもルーファウスもそのままにしておくわけにはいかない。一旦、ルーファウスと共にアルドさんを追おう。その間にアタシたちでなんとか事情を話して説得させれば良い」