第65話 事件解決!

 ダンジョン攻略後に屋敷は衛兵が調査をすることとなった。例の日に行方不明となっている子供たちも全て発見されて、無事に親元へと帰っていった。


 その後の屋敷は私有地につき、ディガーも中を調査できなかった。ダンジョン攻略後はディガーがダンジョンの跡地を調査して素材を採掘するのが普通なのだが、流石にダンジョン化していない私有地を探索することはできなかった。


 そして、まだ問題はあった。それは邪霊が取り付いていた例の女だった。彼女は衛兵に連れていかれた。衛兵の取り調べに対しても彼女はなにも答えない。ただ虚ろな目でうめいているだけだった。


 この女がどこから来たのか、誰なのか、その身元も全く不明である。ただ着用しているのがディガーウェアと言うもので少なくともなんらかの戦いに繰り出される立場の人間であったことが推察される。このディガーウェアは禁じられた製法で作られていると専門家が鑑定して適切な方法で処分された。この防具を作ったものはどこにいるのか。それを衛兵たちが調査するという方針を立てた。


「イーリスちゃん戻って来たのは良かったけれど……今回はあんまり素材を採掘できなかったね。邪霊が落とした石片くらいしかない」


「いや、クララ。ちょっとだけなら僕が採掘してある。屋敷の床を剥がしてみたら、中にロープが入っていた」


 アルドはロープを取り出した。そのロープは一見普通のロープに見えるが邪霊の力を秘めている。


「ふむ。確かにそれは邪霊の力を受けた素材だな。しかし、アルドさん。いつの間にそんなものを?」


「ミラとクララが2人で休憩している時に、僕が見張りに立っていただろ? その時にただじっと待っているのも落ち着かなくて、素材を探知していたんだ」


 アルドの抜け目のなさに感心するクララとミラ。衛兵の詰め所にて会話をしているとイーリスがやってきた。


「お父さん!」


「おお、イーリス。もういいのか?」


「うん」


 事件後から数日、子供たちが精神的に落ち着いてきたころに、衛兵は詳しい事情聴取をするためにいくつかの質問をした。小さい子供はあまり答えられなかったが、年齢も10歳としっかり受け答えできるイーリスは多くのことを尋ねられて時間がかかってしまった。


「クララさんもミラさんも来てくれてありがとう」


「私もイーリスちゃんが無事に帰ってくるところが見たかったからね」


「大丈夫か? イーリスちゃん。衛兵のおじさんたちに嫌な質問とかされなかったか?」


「ううん。平気だよ」


 心配するミラだが、イーリスはあっさりと答える。その様子から特に何もないことがうかがえる。


「さあ、イーリス。帰ろう」


「うん」


 イーリスはアルドと手を繋ごうとする。アルドもそれに応えて、2人はクララとミラに別れを告げて、自宅へと戻った。


「ただいまー! やっと日常に戻って来たんだね」


 イーリスがしみじみと言う。事件後に1度帰宅する機会はあったものの、色々と慌ただしくて家でゆっくりとする暇がなかった。


「イーリス。お疲れ様。よくがんばったね」


「うん……」


 イーリスが力なく答える。そして、アルドの体に首を寄りかからせて切なそうな表情を浮かべた。


「お父さん。私……怖かった」


「そうか……」


 アルドはイーリスの頭に手を添えて撫でる。いくら強いとはいえ、イーリスはまだ子供である。知らない人に誘拐されて不安にならないわけがない。解放されたとしてもその事実は消えない。心の傷はまだ塞がっていないのだ。


「ごめん、イーリス。僕が守ってあげられなくて」


「お父さんは悪くないよ。だって、私を助けに来てくれたもん。私、お父さんが助けに来てくれるって信じてたから」


 健気なイーリスにアルドはまた心が熱くなる。


「だから、お父さん。もうちょっとだけこうしていても良い?」


「ああ」


 自分よりも大きなアルドの体。それに寄りかかることでイーリスは安心している。頼りになる父。それにもう少しだけ寄り添っていたい。



 アルドは帳簿に数字を書き込んでいく。家計など全く付けていなかったアルドだが、世帯主として家計を把握する必要があると最近つけ始めたのだ。元々のアルドはもちろんのこと、憑依転生した方の人格も伴侶に家計を任せていたタイプなので、帳簿を付けたことがなくて四苦八苦している。学生時代に少しだけ勉強した簿記の知識を思い出しながらも、なんとかがんばっている。


「お父さん……寝ないの?」


 寝巻姿になったイーリスがやってきた。


「ん? ああ、もうそろそろ終わるからね。そうしたら寝るよ」


 イーリスはもじもじとしている。明らかに何かを言いたそうな雰囲気を醸し出している。イーリスの自主性を促すためにもアルドは少し待ってみることにする。


 数秒経ってもイーリスは、まだもじもじとしていて言いたいことを言い出せてなかった。


「イーリス。何か僕に言いたいことがあるの?」


「あ、そ、それは……」


 イーリスはちょっと申し訳なさそうに上目遣いになる。アルドに叱られると誤解してしまっているようである。


「別に怒らないよ。親子なんだから遠慮はいらない」


「う、うう……その。私と一緒に寝て欲しいの」


 イーリスの可愛らしいお願いにアルドは安心した。もっと深刻な何かでなくて良かったと心の中から思う。


「なんだ。そんなことか。良いよ。でも、どうしてそんなに恥ずかしがったんだ? ちょっと前でもたまに寝ていたじゃないか」


「うぅ……だって、私ももう10歳だよ。1人で寝られる年齢だもん」


 確かにイーリスの言うことも一理ある。いつまでも親と一緒に寝るような年齢でもない。でも、まだ甘えが許される年齢でもあると親の立場としてアルドは思う。


「私……もう嫌なんだ。目が覚めたらお父さんがいなくなっちゃうの……」


「そうか。うん、わかった。それじゃあ、イーリスが落ち着くまでは一緒に寝ようか」


「ありがとうお父さん」


 イーリスが笑みを浮かべる。アルドは帳簿付けを終わらせて、イーリスと共にベッドに潜り込んだ。


「えへへー。お父さんと一緒だ」


 イーリスはアルドと一緒に寝られてすっかりご満悦である。アルドはイーリスを安心させるために彼女の髪を優しく梳く。


「お父さんに撫でられていると落ち着く」


「それは良かったな」


 目を細めて表情が幸せそのものであるイーリス。その表情を見るだけでアルドも嬉しい気持ちになる。これからもこの子を守りたい。そう思わせてくれる。


「すーすー……」


 いつの間にかイーリスが寝息を立てていた。


「寝ちゃったか」


 アルドは愛娘の寝顔を見て微笑み、そして自らも眠りに就いた。


 翌朝アルドは目を覚ました。なにか首の後ろに力強いものを感じる。イーリスがアルドの首の後ろに手を回してぐっと抱きしめている。アルドとイーリスの顔がかなり近かった。いきなり娘の顔が目の前にアップで現れてアルドも驚愕してしまう。


「イ、イーリス……?」


「んー……」


 イーリスは寝ぼけてアルドに抱き着いている。アルドはイーリスを起こさないようにゆっくりと体を引き剥がしてベッドから出る。


「ふう、ビックリした……」


「うぅ……」


 アルドは眠っているイーリスの方をチラリと見た。どうやら抱き着くものがなくなって不安を感じているのかもしれないと思った。なので、イーリスが普段眠る時に抱いているぬいぐるみをそっとイーリスの腕の中に置く。


「ふふ……」


 ぬいぐるみを抱いて安心したのか、イーリスの顔が安心したように笑った。アルドも微笑ましく思い朝の身支度を整えようとする。

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