第59話 ポルターガイスト

 イーリスを探して屋敷を探索しているアルドたちは食堂へと辿り着いた。名がテーブルの上に置かれているナイフとフォークと皿は廃屋にあるオブジェクトとしてはあまりにも不自然すぎる。つい最近まで誰かがいたような気さえして、それが不気味さを演出している。


「ねえ、ミラ。どうして、テーブルの上にナイフとフォークがあるんだろうね」


「さあな。普通に考えればこの家主が屋敷を手放す前に置いたものだろうけど、常識で考えれば手放す前に片付けるよな」


「案外邪霊が食事をしていたりして」


 アルドの発言にミラが首を横に振った。


「ありえないな。邪霊は精神体だから、食事は必要としない」


「え? じゃあ、邪霊は一体なんのエネルギーで動いているんだ?」


 アルドの質問にミラは固まった。首を傾げてなにかを考えても答えはでない。


「確かに。精神体でも動く以上はエネルギーが必要な気がしないでもない。考えたこともなかったな。精霊と邪霊の体内にはマナがあって、そのマナの出自は一体……」


「難しいことはよくわかんないや」


 考える気が全くないクララ。そんな会話をしていると、カタカタとテーブルの方から音が鳴った。そして……ナイフとフォークと皿が宙に浮いた。


「な、なんだ、これは」


 アルドは小回りが利く疾風の刃を構えた。小さい標的を狙うなら槍よりも有利である。


「なんかよくわからないけれど来るぞ……」


 ナイフとフォークがアルドに向かって飛んできた。アルドはそれを刃で弾いて軌道を逸らすことで回避した。


「危ないなあ……」


「アルドさん後ろ!」


 クララに指摘されてアルドは振り返る弾いたはずのナイフとフォークがまたアルドに向かって飛んできた。


「弾くだけではダメなのか!?」


 アルドは一時的に回避するためにもまたナイフとフォークを弾いた。そうしている間にもまたテーブルの上にあったナイフとフォークの一式が宙に浮いて、今度はクララに襲い掛かる。


「うわ、ちょ、ちょっと」


 クララは素早いみのこなしで飛んでくる食器類をかわしていく。


「このままでは埒が明かないな。一旦この部屋から出よう!」


 ミラの呼びかけにアルドとクララが頷く。迫りくるポルターガイスト現象をかわしつつ、なんとか食堂の出入り口まで戻ろうとする。一足先についたミラがドアの取っ手を掴み、ガチャガチャと動かす。


「なんだと……ドアが開かない」


 ドアの近くにあった花瓶が宙に浮いた。


「!!」


 異変にいち早く気づいたミラ。ミラめがけて花瓶が飛んでくる。ミラはそれをしゃがむことで回避した。花瓶は壁にぶつかって粉々に割れてしまった。


「ふう……助かった……ってない!?」


 ミラが割れた花瓶に目をやると、その破片が宙に浮いた。無数の破片がミラに向かって飛んでくる。


「状況悪化してるな。一体なんなんだ」


「ミラ。もしかして、これって邪霊の仕業じゃないのか?」


「確かに。こんな自然現象はありえない。ならば、近くに邪霊がいるはずだ」


 そう考えれば全ての辻褄が合う。テーブルに上に置かれた食器類も邪霊が攻撃用に配置した罠だとすれば、不自然ではない。知能を持つ邪霊というのも決して珍しい存在ではないのだ。


「アタシが願うのは、この邪霊がボスであることだ。これだけのことをできる邪霊はかなり知能が高いはず。知能を持った邪霊は高位の邪霊。その高位な邪霊ですらボスでないとすると、ボスはもっと強い存在ということになる」


「ちょっとミラ。変なこと言わないでよ……ただでさえ、厄介なのに、これ以上がいるなんて考えたくもない」


 クララはポルターガイストを避けながら会話をしている。


「ミラ。邪霊はどこにいるのか見当はついているのか?」


「いや、全くついていない。だから……このポルターガイストから避けながら探すしかない」


 ミラが体をひねって飛んでくる花瓶の欠片をかわした。


「みんな、気を付けて……これは邪霊の攻撃だと思うけれど、操作されている物体は実体がある。つまり、霊障じゃないから、アパトで治せない」


 精霊魔法のアパト。霊障を取り除くことで回復する魔法である。霊障とは魔法や邪霊のような精神体からの攻撃を言葉である。つまり、物理的な攻撃ではないということ。ポルターガイストは物理的ではない何かによって操られているが、動かされている物体そのものには実体がある。つまり、ダメージを負えば魔法で回復できないのだ。


「物体を壊してもダメか」


 アルドはミラに襲い掛かっている花瓶の破片を見ながらためいきをついた。ナイフとフォークを破壊しても、破壊した物体の欠片が残っていればそれも動かせる対象ということである。物体への攻撃は全く意味をなさない。


「敵はこの部屋から僕たちを出したくないみたい。ということは、この部屋の外は射程距離の外ってことだから、この部屋のどこかにいると思う。隠れる場所と言ったら……」


 アルドは疾風の刃を引っ込めて、雷神の槍を装備し直した。そして――


「迅雷!」


 雷の如く速さで長テーブルまで移動する。そして、テーブルに思いきり槍を叩きつけた。ガシャーンと盛大に物が壊れる音がする。テーブルが真っ二つに割れて、中から三角帽子を被った白い布がふわふわと浮いて逃げてきた。布の大きさは五歳児くらいがすっぽりと入れそうな大きさである。


「わ、わあ……お、お前正気か!?」


 白い布がアルドに向かってそう言う。布に二つの穴が開いていてその穴が赤く光っている。丁度位置的にも布の被り物をしている想定なら目の位置である。


「尻尾を出したようだな。雷突!」


 アルドは邪霊に向かって攻撃を仕掛ける。浮いている邪霊はアルドの攻撃を上空に逃げることでかわした。次の瞬間、アルドが破壊したテーブルの破片を宙に浮かせた、。


「な……!」


「だから、正気かと尋ねたんだ。テーブルは重すぎて持ち上げられなかったけれど、破片にしてくれたんだったら、持ち上げられるぞ!」


 邪霊の目が赤く点滅する。そして、アルドに狙いを定めて木の破片を飛ばす。


「う、うわあ……」


 アルドは破片をかわした。だが、最初から飛んでいたナイフとフォーク。それもまだ生きている。アルドが置けた先に待ち構えていて彼を刺そうと飛んでくる。


「やぁあ!」


 アルドは槍でナイフとフォークを叩き落した。しかし、ナオフとフォークはまたすぐに宙に浮いてしまう。


「ま、まずい……このままでは避けきれない……!」


「終わりだァ!」


 邪霊が破片とナイフとフォークを同時に操作してアルドを追いつめようとする。その時だった。


「クルセイド!」


 ミラの杖から十字の炎が出て来て、それが布の邪霊に向かって放たれた。炎は布を燃やしていく。


「あ、熱い! や、やだぁあ! 僕は炎が苦手なんだああ!」


 宙に浮いていた物体が次々と自然落下していく。ポルターガイスト現象はこれにて終わった。


「避けきれないのならば、大元を断てばいいだけのことだ。布ならば炎に弱いだろうと思っていたけれど、まさか本当にそうだったとは」


 布の邪霊は完全に消滅してしまった。残っているのは布の燃えカスのみ。どんなに強力な能力でも術者がいなくなれば効力を失ってしまうのだ。


「ミラ。そのクルセイドって魔法。どこかで見たことあるよな」


「ん? ああ。凪の谷のボスが使っていた魔法だな。見様見真似で練習してみたけれど、まだ練度が低い。それでも他の炎の魔法よりも強いから、これを完成させたらとんでもない威力の魔法になると思う」


「おー。さっすがミラ。見ただけで魔法を真似できるなんて魔法の天才すぎる」


 クララが調子よくミラを褒める。ミラは当然のことだと言わんばかりに胸を張った。


「さあ、急ごう。クララ、アルドさん。こうしている間にも子供たちは危険に晒されているかもしれない」


 邪霊自体、一般人、特に子供にとっては脅威足りえる存在ではあるが、今のような強い邪霊がいるかもしれない状況だと更に油断ならない状態である。


「……そういえば、ダンジョン化が解かれないね。じゃあ、さっきの邪霊はボスじゃなかったんだ」


 クララのその一言は事実ではあるが……あまり信じたくないものであった。

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