第32話 邪霊魔法の性質
アルドとクララが女性型の邪霊と交戦している。アルドが剣を振るうと邪霊が攻撃を回避する。その回避した先にクララが待ち構えていて、拳を叩きつけようとする。しかし、邪霊はクララの攻撃を手で受け止める。ガシっと音がしてそのままクララの攻撃を受け流した。
「どうしたの? 2人がかりでその程度なの? 後ろの役立たずの魔法使いのガキも戦ったらどうなの? あはは」
邪霊が高笑いしながらイーリスのコンプレックスを刺激する。イーリスは心に更にダメージを負うが、アルドがそれを黙って見過ごすわけがない。
「お前……イーリスをバカにするな!」
ギリっと奥歯を噛みしめたアルドは怒りのままに剣を振るった。大振りの一撃。だが、その分、動きが読まれやすくなって邪霊はアルドの攻撃を回避して再び懐に潜り込む。
「単純ね」
そう言って邪霊はアルドの腹部を殴りつける。モロに入ってしまう。だが、アルドは踏ん張って耐える。信仰が低いアルドだからこそ耐えられた一撃。並の耐久力であれば、この一撃で致命的な霊障を受けていた可能性がある。
「アルドさん! 大丈夫」
「ああ、これくらい平気だ」
「やせ我慢しちゃってぇ! 全く、愚図な仲間を持つと大変ね。戦闘中にちょっと魔法が効かなかった程度ですぐに諦めちゃうなんて。そんな足手まといの世話をしないといけないなんてかわいそー!」
邪霊が追撃をする。事実、今のでアルドの体はじんじんと痺れるほどのダメージを受けている。無傷の状態と比べて動きが鈍ってしまう。だが、アルドには退くわけにはいかない事情がある。
邪霊の追撃の蹴り。それに合わせてアルドは疾風の刃の力を高めて動きを速める。そして、寸前のところで攻撃をかわした。
「なに!」
驚く邪霊。今度はアルドが邪霊のそばに近寄り左手で邪霊の顎にパンチを入れた。
「がは……」
「大丈夫。僕は痛くない。でも、こいつはイーリスの心を傷つけた。許すわけにはいかない」
アルドはぐっと両手で剣を握りしめた。そして、邪霊武器の力を引き出す。邪霊武器が纏っている邪霊のマナ。そのマナの力を最大限に引き出す。
"疾風一閃"。それを超えた一撃。それを叩きこもうとする。
「
アルドが剣を振るった。それが邪霊の命中する。
「がは……」
この程度の一撃ならまだ耐えられる。だが、この技はここからが真価を発揮する。邪霊が傷口。そこから風の刃が発生し回転して傷口を広げていく。グルルルと回転して邪霊に更なる追撃を与えた。
「あぁあああ! な、なんだこれは……! がああ!」
アルドは剣を鞘にしまった。もう決着はついた。そう判断したからだ。邪霊の体は今でも風の刃で刻まれている。1度傷を負えばそこで最期。斬った箇所から無数の風の刃に襲われてやがて消滅してしまうのだ。
「こ、こんなことが……! いやあああ!」
邪霊の体は消えて、それと同時に風の刃も消え去った。邪霊がいた場所にぽつんと落ちる石片。勝負はついたのだ。
「くっ……」
邪霊の体が消えた時、アルドは片膝をついた。クララがすぐに駆け寄って「アパト」の魔法をかけて治療した。
「大丈夫? アルドさん」
「ああ、僕は大丈夫だ。それよりイーリスが」
敵を倒したのにどこか浮かない表情のイーリス。彼女は置かれていた環境が環境なだけに自己肯定感がとても低いのだ。
少しずつ傷が癒えてきてはいるものの、両親に愛されなかった子供の傷がそう簡単に癒えることはない。
「イーリス……!」
アルドはイーリスに近づいて彼女をぎゅっと抱きしめた。慰める言葉よりも先にまずは
「お父さん……ごめんなさい。私……私……」
「大丈夫だ。イーリスが悪いんじゃない。イーリスは役立たずなんかじゃない。前のダンジョンだって、物理攻撃が効きにくい邪霊がいただろ。その時にイーリスが役に立ってくれたじゃないか。今回の敵もきっと魔法が効きにくい邪霊だったんだ。それはもうしょうがないじゃないか」
「でも……私には魔法しかないのに」
「それを言ったら僕だって魔法すら使えないんだ、お互いのできないことを補いあう。それでいいじゃないか」
ぐすっとイーリスが涙声になる。このまま泣き出してしまうんじゃないかと思った時——
「うむ。そこの青年の言う通りじゃな」
どこからともなく声がした。その声は口調こそ年寄りくさいが、声が若い……というか子供っぽさがある。
「豊穣の精霊!」
クララがそう呼んだのは、イーリスと同じくらいの身長の少女だった。紙の色は緑で、肌は少し浅黒い。目元に三角形のボディペイントを施していて野性味あふれる少女という感じだ。
「久しぶりじゃのうクララ。大きくなったな」
「あはは。そうかな? でも精霊は相変わらずの身長だね」
「ははは、まあな。ワシは栄養のほとんどをこの地に分け与えているから成長しないんじゃ……というのは冗談で、精霊は精神体だから体が老けたり成長することがない。1度形が定まれば形質は変化しないんじゃ」
解放された豊穣の精霊はイーリスに近づく。そして、彼女のほっぺをぺしっと軽くたたいた。
「あう」
「イーリス!? ちょ、精霊。なにをしているんだ。うちの娘に!」
「あはは、まあまあそうかっかしなさんな。ちょっと檄を入れてやっただけじゃ。そこの小娘。お前は邪霊魔法の性質をまだ理解していないようじゃな」
「邪霊魔法の性質……?」
イーリスが首を傾げる。とりあえず大事な話が始まりそうな雰囲気だったので、アルドとイーリスは離れた。
「赤の魔法、青の魔法、緑の魔法、黄の魔法。それらは属性こそ違えど基本的な性質に差はない。放つ側の信仰が高ければ威力があがり、受ける側の信仰が低ければダメージも軽減される。これが魔法の基本原則だが、精霊魔法と邪霊魔法は違う」
「性質……? なにそれ」
「まずは精霊魔法の性質を説明する。精霊魔法は放つ側の信仰が高ければ威力が上がるし、そうでないなら下がる。これは魔法の絶対的原則だが……精霊魔法に限って言えば、受ける側の信仰の高低は全く関係ないんじゃ」
「え? そうなの?」
クララが目を丸くして驚いた。
「クララ、お主、知らなかったのか?」
「あはは。ごめんごめん」
「すまない。これに関してはワシの教育不足だった。では、邪霊魔法の性質を説明する。放つ側の性質は他の魔法と変わらない。だが、受ける側の信仰。それに大きく左右されるんじゃ。信仰が高ければ大きいダメージ。低ければ小さいダメージ。その性質は他の色の魔法と変わらないが、振れ幅は邪霊魔法の方が大きいんじゃ」
「ふ、振れ幅?」
「ピンと来てないようじゃのう。例えば、信仰が高いA君と信仰が低いB君がいたとする。色の魔法はA君に10のダメージ。B君に5のダメージを与えるとする。精霊魔法は両者に8のダメージじゃ。こちらは相手の信仰に依存しないからのう。だが、邪霊魔法はA君に20のダメージ。B君に2のダメージと、明らかに信仰にかかる補正が高くなるんじゃ」
「え、えっと……つまり、相手の信仰が高ければ邪霊魔法を使った方が得だけど、そうでないなら、他の魔法を使った方がいいってこと?」
「ふむ。中々に飲み込みが早い小娘じゃな。さっきの邪霊。あいつは信仰が低い邪霊じゃ。だから、邪霊魔法に対する耐性が高くてあまりダメージが通らなかったんじゃ」
「あ、そう言えば……お父さんが邪霊魔法を食らった時はそれほど大きなダメージじゃなかったのに、前のダンジョンのボスに使ったら、風穴を開けるくらい強いダメージが出てた」
「それは、そのボスが魔法タイプで信仰が高かったからのう」
なるほどとイーリスがうなずいた。
「それじゃあ、私の邪霊魔法は役に立たないわけじゃないんだ」
「ああ、使う相手を見極めれば、誰よりも役に立つ素質も秘めているんじゃ」
表情が明るくなるイーリスに対して、アルドは逆に暗くなっていた。
「待ってくれ。それじゃあ、もし、イーリスが邪霊魔法を受けた場合どうなるんだ?」
空気が一瞬にして凍った。信仰の強さのメリット、デメリットは表裏一体。信仰が高ければ相手に大ダメージを与えられるが、それと同時に——
「まあ、致命傷は免れないだろうな。下手したら死もありえる」
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