第29話 故郷へ……

 アルド、イーリス、クララはペガサス馬車を手配した。ペガサス。精霊の影響で羽が生えた馬で、古来より人間はこのペガサスを使って交通や運搬を行っていた。


 イーリスは初めて乗るペガサス馬車に興味津々である。


「お、おお! この馬が空を飛ぶの?」


「うん、そうだよ。イーリスちゃん」


 アルドは内心、イーリスを羨ましく思った。子供だからこそそうやって無邪気に未知のものにはしゃいでも許される。アルドみたいな大人が生活に密接に関わっている交通手段を見てはしゃいでいたら、微笑ましいどころか変人扱いされるだけだ。


「それじゃあ、運賃は私が払うね」


「悪いなクララ」


「ううん。私のための用事だからね。これくらいは当然だよ」


 アルドたちはペガサス馬車に乗り、クララの故郷まで飛ばしてもらった。


「おお!」


 イーリスがガラス窓越しに馬車の外の光景を見てはしゃいでいる。ペガサス馬車走行中は安全のために、ベルトで固定されている。もし、ベルトで固定されていなかったらイーリスは身を乗り出していたかもしれないほどの勢いだった。


「クララ。故郷まではどれくらいだ?」


「大体1時間かからないくらいかな」


「見て、お父さん。もう街の外に出たよ」


「ああ、そうだな」

 

 街を抜けて森の上空を進み、クララの農村へと向かう。


「…………」


「クララ、心配?」


「あ、うん……」


「そうだよな。故郷が大変なことになっているんだから無理もないか」


「私の故郷は邪霊が出るようなところじゃなかったんだけどね。それなのに、精霊が対処しなくちゃいけないほどの邪霊の被害があったってことだよね?」


 精霊がダンジョンに封印される理由は1つしかない。強力な邪霊を封じ込めるためである。


 当然、弱い邪霊ならばそもそも封印なんてまどろっこしいことをせずに倒せば済む話である。封印せざるを得ない程の強力な邪霊が現れたとなると、村になにかしらの被害が出ていてもおかしくない。それこそ……最悪の場合、人死にだってありえる。


 クララの元に手紙が届いたということは、少なくとも村は壊滅はしていない。でも、家族が、友人が、知り合いが、邪霊に殺された可能性だってあるのだ。心配するなという方が無理な話である。


 その心配をずっとしているクララは表情が曇りっぱなしである。それを解消するためには、やはり現地に行ってみんなの無事を知ること。それだけである。



「どうもありがとうございました」


 農村周辺に辿り着いて、クララがここまでの運賃を御者に払った。御者はそのままクララたちにお礼を言ってペガサスに乗って去って行った。


「さあ、行こう。アルドさん、イーリスちゃん」


「うん!」


 歩き出すクララについていくイーリス、その後ろを更に歩くアルド。森を進んでいくとのどかな農村が見えた。


 農村に入ると第1村人と遭遇した。


「クララ……! クララじゃないか!」


「おじさん!」


 麦わら帽子を被った農夫がクララに駆け寄る。


「よく帰って来たな……そちらの方は?」


「この人はアルドさんとイーリスちゃん。私の同業者。まあ、ディガーだね」


「ディガー……お兄さんはともかく、そちらのお嬢さんも? ひゃー……都会の子は成長が速いって言う噂は聞いたことがあるけど、その年でディガーをやれるだなんて本当だったんだなあ」


 ちなみにイーリスはむしろ成長が遅い方であった。それはアルドにロクな食事を与えられてなかったため体に栄養が足りなかったせいである。しかし、今では栄養状態も改善しているため、その内背も伸びるようになると予測される。


「それより、みんなは無事? 誰も邪霊にやられてない?」


 クララはおじさんの両肩に手を置いて迫った。おじさんはちょっと驚きながらも対応する。


「あ、ああ。大丈夫だ。豊穣の精霊が早期に封印してくれたお陰でけが人1人おらんよ」


「そうなんだ。良かった」


 クララはほっと胸をなでおろした。最も心配していたことが杞憂きゆうに終わって安心した。


「それで、できたダンジョンってのはどこにあるの?」


「ん? ああ。村長さんの家の裏にある山だよ。そこ全体がダンジョンになってしまった」


「山全体がダンジョンに?」


 アルドは反応してしまう。今まで、ダンジョンは洞窟ばかりだった。まさか、外に邪霊と精霊が封印されたダンジョンができているとは思わなかった。


「まあ、ダンジョンは主に洞窟とかそういう場所に作られるけれど、近くになければ、外にもダンジョンが作られることがあるの」


 クララが解説をする。非常にレアなケースではあるが、そういうこともあるのだ。


「裏山のダンジョンか。まあ、なんとも変なところだが、行ってみるか?」


「うん。イーリスちゃんは大丈夫? 疲れてない?」


 ペガサス馬車での移動でイーリスが疲弊してないかを気遣うクララ。イーリスはコクリと頷いて笑顔を向けた。


「大丈夫! 全然平気!」


 こうして、アルドたちは裏山のダンジョンに向かうことになった。その前にイーリスがダンジョン用の装備に着替えた。白っぽいピンクのローブ。それを近くの使われてない納屋を借りて着替えたのだ。


「どう? お父さん。似合ってる?」


 イーリスはくるりと回って全身をアルドに見せた。


「ああ。似合ってる! 流石イーリス! なにを着ても着こなしちゃう天使だねえ」


「えへへ、わーい」


 アルドに褒められて上機嫌になるイーリス。その光景を見てクララにもようやく笑顔が戻る。


「ふふ、イーリスちゃんも強く可愛くお着替えしたことだし、ダンジョンに向かおうか」


「うん!」



 ダンジョンと裏山の境目。そこにロープで立ち入り禁止を示されていた。村人が誤ってダンジョンに入らないように村長が措置したものである。


 逆にこのロープをくぐった先は、もうダンジョンである。いつ邪霊に襲われてもおかしくない。


「アルドさん、イーリスちゃん。今までは狭い洞窟がダンジョンだったから邪霊がどこから来るのか、その警戒範囲の方向が狭まっていたけれど、今回は四方八方が開けている山。どこから邪霊が襲ってくるかわからないから警戒は怠らないようにね」


 クララが先輩ディガーとしてアルドたちにアドバイスを送る。確かに岩肌に囲まれているダンジョンと違って、開けいる場所は厄介である。


「ああ、わかった。イーリス。お父さんの傍を離れるんじゃないぞ」


「うん」


 イーリスは信仰が強いため魔法の威力が凄まじいが、打たれ弱い性質を持っている。逆にアルドは打たれ強いからイーリスを守る盾となるのだ。


 いつも通り、アルドを先頭。その背後をイーリスが位置して、しんがりをクララが務めるというイーリスを前後からの敵襲から守る陣形で進んでいく。


 目の前に現れたのは丸太程の太さの蛇の邪霊。その邪霊が口を大きく開けてアルドに噛みついてくる。


「疾風一閃!」


 アルドが先手必勝と言わんばかりに邪霊に技を叩きこむ。邪霊にダメージを負わせたがまだ止めは刺しきれていない。


「アイシー!」


 クララが青の魔法。氷のアイシーを唱えて追撃をする。既にアルドの攻撃でダメージを負っていた邪霊に氷塊をぶつけて止めをさした。


「おお!」


 2人の連携にイーリスがパチパチと手を叩いてたたえる。現状、この中で最も相手に大きなダメージを与えられる存在はイーリスである。そのイーリスの力を使うまでもない勝利。


「さすが、お父さん! かっこいいよ!」


「そ、そうかな?」


「うん! お父さんよりかっこいいものなんてないよ!」


 アルドが頭を描いて照れてしまう。先ほど、ローブ姿を天使と褒められたお返しとばかりにイーリスはアルドを褒める。


 今回、イーリスが戦闘に参加しなかったのは、イーリスの力を温存する作戦である。いざという時にイーリスがガス欠を起こしてしまっては困るからである。今後、今の邪霊以上に強力な邪霊に遭遇することも考えられる。その時にイーリスの力が必要になるのだ。

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