第26話 ウチの娘は特別なんです

「イーリスちゃん。ぶっつけ本番だけど、火の魔法を撃つよ」


 クララが邪霊を見据えてクララに語り掛ける。イーリスはその無茶振りに口を開けてきょとんとしてしまう。


「大丈夫。やり方はそんなに難しくない。緑の魔法が使えたんなら、今度はそのマナを赤の魔法で出すだけだから」


「え、えーと……」


 イーリスは混乱している。ただでさえ、精霊魔法が使えなくて落ち込んでいる時に急にそんなことを言われても対応ができない。


「大丈夫。最初に使える色を検査した時に赤色のマナ由来のエネルギーを出したでしょ? その時の感覚を思い出して」


「うん……やってみる」


 イーリスは集中した。自分にはアルドの傷を治すことはできないかもしれない。でも、アルドをこれ以上傷つけさえないことはできる。その想いから、使い慣れてない赤の魔法を放つ。


「えい!」


 イーリスの手から出てきたのは……石だった。その石が弾丸のように放たれて、狼の邪霊に向かう。


「アオオオオン!」


 狼の邪霊は冷気を操って、氷の壁を作る。それで石を止めた。イーリスの赤の魔法。それ自体は成功した。だが、それぞれの色には2つの属性がある。赤なら火と土。今回、イーリスが放ったのは赤の魔法でも土の方だった。


「あっ……失敗した」


「大丈夫イーリスちゃん。落ち着いて。赤の魔法が出せただけでもすごいから!」


 事実、その通りである。ぶっつけ本番で教えられてもいない見てもいない魔法を使えるのは才能という他ない。本来のこの土の魔法も出るはずがないものだった。


 それを可能にしたのはイーリスの圧倒的センス。だが、そのセンスは今回においては役に立たなかった。イーリスは、また期待に応えられなかったと表情を曇らせた。


「イーリス。そんなに落ち込むことはない。イーリスはまだ子供なんだからいくらでも失敗したっていい。その分。親である僕がいくらでもカバーしてやる!」


 アルドは剣をもって、邪霊に立ち向かった。邪霊が先程のガロウの邪霊魔法を放つ。


「ぐう……」


 アルドはそれに命中しても怯むことなく、邪霊に立ち向かった。そして接近して疾風の刃の力を引き出す。


「疾風一閃!」


 邪霊の武器にこめられた必殺技を放つ。邪霊が生みだした氷をも引き裂く威力の技。だが、氷の壁に阻まれて邪霊本体には攻撃が届かない。


「死ね! 人間!」


 邪霊が前脚でアルドを叩きつける。その一撃でアルドは後方へと吹っ飛ばされてしまった。


「お父さん!」


 イーリスはアルドの身を案じた。吹っ飛ばされたアルドをクララが両手を広げて受け止めた。


「おっと……」


「うぅ……すまない。クララ」


「アルドさん。1人でつっぱりしすぎだよ! 私とイーリスちゃんもいるんだから、ちゃんと連携しないと」


「ああ。ごめんごめん」


 アルドはクララからの胸から離れて自分の脚で立ち上がる。そして、再び疾風の刃を持ち直して剣の構えを取る……しかし、がくっと膝から落ちる。


「お父さん!」


「アルドさん、今傷を治すから。アパト!」


 クララがアルドの傷を治そうとする。しかし、狼の邪霊はその隙をついてアルドたちに飛び掛かった。


「あっ……」


 目を見開いて絶望的な表情をするアルドとクララ。このままでは2人がやられてしまう。そう思ったクララは、全身にマナを巡らせて力を高めていく。


「お父さんから……! 離れろォ!」


 イーリスの手から青白い狼の霊体が数体出てきて、それが狼の邪霊に向かって放たれた。


「え?」


 クララがイーリスを放った魔法を見て驚いている。まるで死人が生き返った瞬間を見たほどの表情。信じられないを体現した顔である。


「ウオォオオオ!」


 イーリスが放った狼の霊体が邪霊の体を貫いた。邪霊にあいた数ヶ所の風穴。向こう側の景色が見えるほどに大きくキレイに空いている。


 飛び掛かっていた邪霊はその場でボトっと落ちてピタリとも動かなくなった。


「イ、イーリスちゃん。今の魔法」


「えっと……夢中で放ったから、わからなかったけど、今のは……?」


 イーリスは自分の両手を見てぷるぷると震えている。この魔法の感覚は、赤の魔法とも緑の魔法とも違う。じゃあ、精霊魔法……でもない。だって、この魔法は、邪霊が使っていた魔法だ。


「今のは、邪霊魔法だよ!」


 クララの言葉にイーリスはハッとした。邪霊魔法。つまり、イーリスが使える魔法は精霊魔法、赤の魔法、緑の魔法ではなくて、邪霊魔法だったのだ。


「な、なんで? 邪霊魔法って人間が使える魔法じゃないんでしょ?」


 イーリスの手が震えていた。クララの話では、人間は誰でも精霊魔法が使える。邪霊魔法というものも存在するけれど、それが使えるのは邪霊だけ。つまり、イーリスは本来、邪霊魔法を使えるはずがないんだ。


「それは……えっと……」


 クララが言葉に詰まる。これはクララも全く想定していなかったことだ。そして、イーリスも自分だけ邪霊魔法が使えるという状況にある種の恐怖を感じていた。


 しかし——


「すごいじゃないか! イーリス!」


「え?」


 アルドがイーリスを抱きかかえた。


「ちょ、お父さん」


「流石は僕の娘だ! 誰も使えないはずの邪霊魔法を使えるなんてすごい才能だよ!」


 アルドはイーリスのことをすごい才能だと認めた。イーリスは他人と違う、自分の得体の知れなさに絶望感を感じていたが、アルドの笑顔を見ているとそれが緩和される。


「お、お父さん。ち、違うの。私は邪霊魔法が使えるけれど、代わりに精霊魔法が……」


「そんなの関係ない! 僕だって精霊魔法どころか、魔法すら使えないんだ」


「だって、私はみんなと違う……」


「違うからなんだ! 僕なんかそもそもマナの器を持ってないから魔法すら使えないんだ!」


 イーリスはアルドの言葉に気づかされた。邪霊魔法が使えるのは、自分だけ違う異質の存在。それは間違いないが、アルド自身、魔法すら使えない体質である。そう思った瞬間、イーリスの中でどこか安心した気持ちになった。


 もし、自分が邪霊魔法を使えることで孤立するようなことがあっても、同じように異質な存在であるアルドが傍にいてくれる。その信頼感が確かにある。


「お父さん……!」


 イーリスは泣きそうになる。そんな親子の時間を水差すように精霊の封印が解けた。現れたのは、ネコ耳の少女の精霊だった。少女の赤い髪と繋がっている耳がぴょこっと動く。


「ふにゃーにゃ。やっと、私の封印だ解けたよ やったー」


「あ、あの……あなたが精霊ですか?」


「そうだよ。それにしてもさっきの戦い見てたよ。そこの小さいキミ。中々面白い子だね。まさか、人間なのに邪霊魔法を使えるなんて」


「ご、ごめんなさい」


 イーリスは思わず謝ってしまう。悪いことは何1つしていないはずなのに、精霊から邪霊魔法を使えることを指摘されると悪いことをした気分になる。


「んー? まあ、気にしてないよ。そもそも、精霊魔法と邪霊魔法は対極の存在だって体系化しているのは人間が勝手にしたことだからね。実際は隣り合っているくらい親和性があるの」


「は、はあ……」


 イーリスはあっけに取られてしまう。精霊はイーリスを舐め回すように見ている。


「ふむふむ。そもそも、精霊魔法も邪霊魔法も根本で使うマナは同じだからね。精霊と邪霊が本当は同一の存在で、区別されるのが人間にとって益か害かで判断されるように明確な区別がないの。だから、精霊魔法を使える人間という種族の中に邪霊魔法を使える個体が紛れていても不思議じゃないかな?」


 イーリスは、脳が処理しきれずにポカーンと口を開いている。


「つまり、精霊魔法も邪霊魔法も使うエネルギーが同じ。違うのは、魔法が撃つ側の素質の問題なの」


「えーと……」


「ふふふ、まだキミには早かったか。まあ、邪霊魔法が使えるからって、別に体に害があるとかでもないよ。病気になりやすかったり、寿命が短くなったり、呪われたりとかはないから安心して。過去にも邪霊魔法を使える人がいたけれど、その人は天寿を全うしたよ」


「その邪霊魔法を使える人って……?」


「んーと、あれは300年くらい前かな。確か、その人はこう呼ばれていた。魔女ってね―—」

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