第40話 アリス救出

 アリスの暴走によって生まれた巨人は、ただアリスの感情に呼応して肥大化していくだけの“災害”のようなものだった。


 近くの建物を破壊し、その残骸を吸収して巨大化し、更に周囲のものを取り込むべく暴れ回る。もはやそこには敵味方の区別などなく、周辺住民全員の避難指示が出される。


 それでも、相手は超級スキルによって誕生した化け物だ。いくら迅速に対応したとて、多くの犠牲者が出ることは避けられない──はずだった。


 しかし、この町には今、そんな化け物すらも越える超人がいた。


 日本最強の超級探索者、浮雲星羅だ。


「やあっ!」


 近くのビル目掛けて振るわれた巨人の豪腕が、星羅の振るうバットによって防ぎ止められる。


 重量で言えば、百倍では利かないほどの差がある両者。だというのに、星羅の一撃は巨人の拳に競り勝つどころか、巨人本体さえも押し切って転倒させた。


 あまりにも現実離れした光景に、茜は今日何度目かも分からない現実逃避を行う。


「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは……」


「現実だよ、しっかりして、茜ちゃん。……うぐっ」


「な、菜乃花さん、大丈夫ですか!?」


「あんまり大丈夫じゃない……けど、そんなことより。早くなんとかしないと、アリスちゃんが……」


 巨人を目にしてすぐ、菜乃花はそれがアリスのスキルによるものだと看破していた。

 家の中で“何か”が起き、アリスのスキルが暴走したのだろうと。


 それ事態は問題ない。こうして星羅がいたお陰で周辺被害も防ぐことが出来、協会や警官隊による住民避難も進んでいる。


 問題は、避難が終わった後だ。

 事そこに至ってもなお、あの巨人が暴れ続けている場合、自衛隊の総攻撃によってアレを撃破する流れになるのは間違いない。


 その中にアリスや歩実がいようと、お構い無しに。


「星羅は救助とか、そういう繊細な力加減が必要な仕事はてんでダメだし……ああもう、いつになったら……!」


『──菜乃花、無事か?』


「っ、局長!! もう、遅いよ!!」


 ようやく回復した通信から、待ち望んだ人物の声が届けられた。


 その逼迫した声に、探索者取締局局長、高遠透は申し訳なさそうに謝罪する。


『すまない、システムの回復と人員の配置に時間を取られてしまった。そちらの状況は?』


 時間を取られた、と言っているが、取締局のシステムへの攻撃や、アリス・菜乃花の二人に対する襲撃が発生してから、まだ十五分ほどしか経っていない。それでこの対応は、十分に迅速と言えるだろう。


 だが、あまりにも目まぐるしく変わる状況が、それを称賛する余裕を彼らに与えなかった。


「アリスちゃんのスキルが暴走して、家を丸ごと巨人にして暴れ回ってるの!! ねえ、!?」


 菜乃花の言う足止めとは、巨人ではなく自衛隊の方だ。


 もし対地ミサイルのようなもので巨人を撃破してしまえば、中にいるアリスは確実に助からないだろう。それまでの猶予を尋ねているのだ。


『……よくてあと二十分。もし仮に現地部隊が独断専行すれば、五分もないだろう。救出するなら、急ぐんだ』


「急ぐって言ったって……局長は何か、手はないの!?」


『…………』


 その術があればとっくにやっているというのが、菜乃花の偽らざる本心だった。


 いくら星羅が強いと言っても、その力は自身の強化による破壊力に特化している。中にいるアリスを傷付けないように巨人を押さえるだけでも、相当に無理をしているはずなのだ。


 せめて、あと一人。星羅と肩を並べて戦える者がいれば──


「っ、今度は何!?」


 巨人の腹部が爆発し、中から何かが勢いよく飛び出す。


 それは地面を滑りながら、菜乃花達の前まで来て──その正体に気付き、菜乃花は目を丸くした。


「テュテレール君、それに歩実!! 無事だったんだね!!」


『無事とは言い難い。だが、命に別状はないと判断する』


 テュテレールの腕に抱かれていたのは、血まみれの歩実だった。


 急いで茜が歩実の体を引き受け、スーツを裂いて傷口を確認する。出血量から考えて、急いで止血しなければ危険だと考えたからだ。


 だがその傷口は、茜が見た時には既に塞がっていた。


 歩実自身の血液が、あまりにも不自然に凝固する形で。


「えっ……な、なにこれ?」


「はあ、はあ……恐らく、アリスちゃんの、スキルです~……人の、血液を……“金属”とみなして、変質させ……」


「あ、あまり喋らないでください、よく分かりませんが、重傷には違いないんですから!」


「いえ……私には、まだ……仕事が、ある……そう、ですよね、テュテレール君……」


『そうだ。破損した私のセンサーでは、アリスの正確な位置を特定出来ない。故に、照月歩実の所有する、スキルの力を貸して貰いたい』


「ちょ、ちょっとあんた、こんな状態の人にスキルを使わせるのは……!」


「いいんです、茜ちゃん……全員、助かるには、これが最善、ですから……」


 心配そうな茜を宥め、真っ直ぐにテュテレールを見つめる歩実。

 その眼差しに込められた覚悟を汲み取ったテュテレールは、『感謝する』と頭を下げた。


「っ……巨人の頭部……上から、三メートル五十……右から、七メートル……奥行き、四メートル……そこに、アリスちゃんが、います……!!」


『了解』


 最後の力を振り絞っての《透視》だったのか、歩実は力尽きるように意識を失う。


 それを見届けて、テュテレールは立ち上がった。


『ウィーユが大破したため、私には空を飛ぶほどの出力が確保出来ない。暮星菜乃花、支援は可能か?』


「私も限界だから、一回だけだよ?」


『了解。……浮雲星羅』


「うん? 何?」


 星羅が巨人の腕をもぎ取ったところで、一度戻ってくる。


 周囲の残骸を取り込んで、再び腕を再生しながら起き上がってくる巨人を見ながら、テュテレールは言った。


『アリスのところまで、道を切り開いてくれ。一度で決める』


「任せて。師匠を助けるのは、弟子の務めだから」


 テュテレールが構えを取り、星羅が駆け出す。


 その後ろで、菜乃花が過負荷状態オーバーヒートから少し回復したばかりのスキルを使い、テュテレールを吹き飛ばした。


「いっけぇぇぇ!!」


 風に飛ばされたテュテレールが、一直線に巨人の顔面目掛け飛んでいく。


 それを阻止しようとするかのように、巨人の両腕が左右から襲い来るが──星羅の振るうバットが、一瞬でそれを破壊する。


 遮るものがなくなり、無防備となった頭部へと、テュテレールは左腕のレールガンを構えた。


『強度計算完了。──《レールキャノン》、発射』


 大気を揺るがす轟音が鳴り響き、放たれた弾丸が巨人の頭部を吹き飛ばす。


 その正確無比な計算によって放たれた一撃は、見事に頭部の外装を打ち壊し──その中にいる少女を、無傷のまま露出させた。


 スキルの暴走によって、今も激しい光を撒き散らし、意識もないままただ力を撒き散らし続けるその子を。


『──アリス』


 アリスの前に降り立ったテュテレールが、ゆっくりと語りかける。


 悲しみの涙で頬を濡らし、瞳から光の消えた小さな体を、テュテレールの腕が抱き締めた。


『すまない。私の計算ミスによって、アリスを深く傷付けてしまった。──だが、もう大丈夫だ。私も……照月歩実も、暮星菜乃花も、皆、生きている』


 今一度再生を始めていた巨人の動きが、ピタリと停止する。


 その事実にも気付かないほどに、テュテレールはただ、目の前にいる最愛の家族だけに意識を向け、言葉を紡ぐ。


『だから──戻ってきてくれ、アリス。家族を失うことは──私にとっても、とても悲しい』


「……本当に……? みんな……テュテレール……大丈夫、なの……?」


 アリスの瞳に、徐々に光が戻っていく。

 全身から溢れていたスキルの輝きが失われ、巨人の機能が完全に停止する。


『もちろんだ。だから帰ろう、アリス。皆のところに。──私達の、帰るべき居場所に』


「……うんっ」


 その一言を最後に、巨人の体が崩れ落ちていく。

 ゆっくり、ゆっくりと──二人が在るべき場所に帰るのを、見届けるかのように。

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