第33話 動き出した悪意
「兄者が、捕まった。取締局の犬どもに……くそったれ!!」
アリス達が家に帰宅した頃。とある廃ビルの一室にて、一人の男が怒声を上げていた。
その男の名は、荒馬
「アニキ、まずいぜ、この場所も取締局に気付かれちまったらしい!! 局員の女が、一人でこのビルを駆け上がって来る!!」
「くそっ、俺達が何をしたってんだ!!」
怒りのままに、俊三は近くのテーブルを蹴り飛ばす。
そう、少なくとも彼の主観では、何も悪いことをしているつもりはない。
ただ、自分の力でダンジョンから手に入れたものを、当然の権利として自ら売って利益を得ようとしているだけだ。
なぜ、命懸けで手に入れたものを、僅かな金と引き換えに全て国に差し出さなければならないのか。
これまで散々、探索者から得た物資で荒稼ぎしたのだから、少しくらい自分達が良い目を見たっていいはずだ。
そう、心の底から信じ切っている。
「暮星菜乃花……!! てめえだけは許さねえ!!」
逆ギレに等しい怒りを、その場にいない──今まさにこの場へ向かってきているだろう菜乃花へとぶつける俊三。
しかし、それこそが菜乃花の、ひいては探索者取締局の狙いでもあった。
まずはあえてアリスの存在を目立たせることで、犯罪者達の狙いを彼女に集中させる。
それを、菜乃花が華々しい戦績と共に次々と取り締まることで、彼らの怒りの矛先を菜乃花に──ひいては取締局へと向けさせ、犯罪者達を釣り出しやすくしているのだ。
「こうなったら戦争だ!! 俺達のありったけをぶつけて、暮星菜乃花だけでも道連れにしてやらぁ!!」
そんな菜乃花達の思惑は、少なくとも荒馬俊三に対しては非常に効果的に作用していた。
一度は兄と共にその身柄を狙ったアリスのことなどすっかり忘れ、スキルを使って隠れ潜もうという考えすら投げ捨ててまで、菜乃花を仕留めるべく躍起になっている。
相手は菜乃花一人。ならば、全力で当たればどうにかなるはずだと、そう思い込んでいるのだ。
このまま行けば、取締局の計略に絡め取られた俊三は、何も成すことなくただ無為に捕縛されて終わっていただろう。
だが、そうはならなかった。
「いやー、それは止めた方がいいよ?」
「っ、誰だ!?」
俊三の背後から、声が聞こえて来る。
振り返った彼の目に映ったのは、機械のヘルメットを被る一人の子供だった。
「誰だてめえ、いつの間に……」
「僕のことは、ファルコンって呼んでくれる? 大陸の方から派遣されてきた、DL教団のメンバーだよ」
「なっ……!!」
子供が腕の裾を捲れば、そこには確かにDL教団であることを示す刺青があった。
特殊なスキルで彫られたそれは複製が利かず、同じ刺青を持つ者が近くにいれば自然と"分かる"ようになっているため、間違いなく本物だと俊三は理解する。
「それより、戦争だよ、戦争。君は暮星菜乃花一人なら倒せると思っているようだけど、それは大いなる間違いだ。何せ、ここには彼女だけじゃなく、協会が誇る新戦力……《機人》のテュテレールが来てるからね」
「なんだと……!?」
「最初から、君が破れかぶれになって反撃してくることなんて、向こうはお見通しってわけ。むしろ、今頃はそれを今か今かと待ち構えてると思うよ?」
「くそっ!! どこまでも舐めやがって!!」
またしてもテーブルを蹴り上げながら、俊三は怒りを発散する。
そんな彼に呆れたような溜息を溢しながら、ファルコンと名乗った子供は語り掛ける。
「悔しいよね? 気に入らないよね? でも、大丈夫だよ。そんな君に、大陸にいる教団幹部から支援の申し出が来てる。それと君の力を合わせれば、確実に暮星菜乃花を仕留められるはずだよ」
「支援? 俺に?」
「うん。君が持つ、兄と同じスキル……《転移者》は、まだ失うのは惜しいってさ」
でも、と、ファルコンは俊三の傍に歩み寄る。
子供らしく、小悪魔のように、力の代価となる取引を持って。
「襲撃する方法と場所は、こっちで指示させて貰うよ。天宮アリス……あれは、僕の獲物だから」
「それくらいは構わねえよ。しかし、大陸の方でもあのガキの力は求められてんのか。やっぱ、超級を量産できるスキルってのは本当だったみたいだな」
「超級を量産? ……ふふ、そうだね」
意味深に笑いながら、ファルコンは踵を返す。
向かう先は、ビルの外。ファルコンが用意した、菜乃花達では決して追跡出来ない逃走経路だ。
「行くよ。あまり長居していたら、計画が台無しだから。残った君の部下も、こっちで既に回収してる」
「何から何まですまねえな。礼代わりに、暮星菜乃花は確実に俺が仕留めてやる。任せろ」
「期待してるよ。あいつさえいなくなれば──天宮アリスの守りは、なくなったも同然だから」
そう言って、彼ら二人は忽然と姿を消す。
その直後、壁を蹴破って菜乃花が部屋に押し入って来た。
「たのもー……って、ここにもいない!? どこ行ったの、荒馬俊三は」
『生体反応消失。ターゲットは、何らかのスキルによって逃走したと見られる』
「えー……もう、《転移者》の力で逃げ回られたら厄介だからって、わざわざウチ一人で乗り込んだ風に偽装したのに、バレちゃったのかな?」
『不明。──暮星菜乃花、直ちにその場からの退避を提案する』
「えっ、なんで?」
通信越しのやり取り。その中で、首を傾げる彼女へと……テュテレールは、いつも通り淡々と、とんでもない言葉を口にする。
『該当エリアに、自爆用と思われる爆発物を感知。間もなく爆発する』
「それを先に言ってよね!!」
ビルの最上階、地上五十メートルの高さがある窓から、菜乃花は迷いなく外へ飛び出す。
直後、耳をつんざく爆発音によってフロア全てが吹き飛んだのを眺めながら、菜乃花は思い切り叫んだ。
「別にこんなんで死にはしないけどさ──怖いものは怖いんだから勘弁してよ、バカぁーーー!!」
菜乃花の悲鳴が、爆発音と共に夜の町へと消えていき。
それを合図に、DL教団と探索者取締局との、暗闘の幕が人知れず上がるのだった。
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