第26話 協会の思惑
北海道から飛行機を飛ばし、アリス達を家まで送り届けた後。暮星菜乃花は、照月歩実を伴って近くに建つビルに足を運んでいた。
探索者協会本部。それが、その建物の名前である。
「実質、これが初出勤ですか~……まさか、こんな夜中に来ることになるとは思いませんでしたけど~」
「あはは、帰って来たのがこんな時間だし、仕方ないよ」
愚痴る歩実と共に中に入り、エレベーターに向かう。
途中、夜遅い時間であろうと関係なく勤務している警備員に通行証を見せながら、二人はエレベーターに乗り込んだ。
背の高いビルではあるが、向かう先は地下。
本部の中でも特に機密性の高いその部署が、菜乃花の所属先──探索者取締局である。
「やっほー、みんな、戻ったよー」
到着したその場所に、菜乃花が元気よく乗り込んでいく。
見た目だけなら、普通のオフィスだ。ただし、そこにいる人々は少々、普通とは異なっている。
髪の色や、瞳の色が明らかに不自然な形で変色している──すなわち、全員がかなり高位のスキルに目覚めた者たちである、ということだ。
「暮星、よく戻ったな。久しぶりの帰省は楽しめたか?」
「局長! あーんなに大慌てで向かって、またすぐにとんぼ返りしてきたのに、楽しむ余裕なんてあるわけないでしょ。次はもう少しゆとりのあるスケジュール組んでよ」
「ははは、善処するよ」
菜乃花が真っ先に声をかけたのは、眼鏡をかけた壮年の男性。
深みのある藍色の髪を持つ、取締局局長、
「それで、君が菜乃花が推薦した子だね」
「照月です、よろしくお願いします~」
「高遠だ。本来なら、ゆっくりと君の歓迎会でも開いてあげたかったんだが……悪いが、早速仕事と行こう。北海道での迷宮災害鎮圧の様子を教えてくれ」
「はーい。歩実、例の動画、流してあげて」
「分かりました~。……あ、そこのPC、貸して貰っていいですか~?」
「構わない。そこの席は君のために用意したからな」
菜乃花に促された歩実は、自身の持ち歩いていた携帯端末を近くの空いていたPCに接続する。
高遠の奥にあったプロジェクターを起動し、そこに投影されたのは……Dチューブによって配信された、《絶氷城》の迷宮災害鎮圧の様子。
特に、テュテレールの戦闘シーンを切り抜いて作成された動画だった。
「ふむ……話には聞いていたが、凄まじい戦闘力だな。これを、本当に僅か十三歳の少女が作ったのか?」
「そうだよー、これで局長も信じてくれた? あの待遇は決して過剰なんかじゃない、ってさー」
もはやアリスが本当は十六歳じゃないのは周知の事実なんだな、と思いながら、歩実は二人の会話に耳を傾ける。
実のところ、アリスに対する配慮には、彼女自身疑問に思っていたのだ。
いくらその能力が有用だからと言って、協会権限でテュテレールの地上における行動をある程度許可したり、菜乃花を保護者に設定してまであれほど豪華な施設を与えたり、いくらなんでもやり過ぎである。
その目的がどこにあるのか、見極めなければ。
密かに決意を固める歩実だったが、彼らにとってはさほど隠すことでもなかったのか、その答えはあっさりもたらされた。
「確かに……《ダンジョンボス》クラスのモンスターを打ち倒すほどの力を持つとなれば、彼女の身柄が連中の手に堕ちたが最後、ダンジョンの一つや二つ、今の協会の戦力では簡単に占拠されてしまうだろう」
ダンジョンボスとは、《深層》の更に奥。ダンジョンの最下層で稀に現れるという、そのダンジョンで最強のモンスターだ。
数多の深層モンスターが体を重ね、融合し、一つとなることで誕生すると言われているが……たとえ大量のモンスターでダンジョンが溢れ返る災害の最中であろうと、滅多に出現するものでもないため、あまりその存在は知られていない。
しかし、歩実にはそんなダンジョンボスよりも気になる単語があった。
「……局長さん? 連中って、なんのことですか~?」
「ああ……君が知らないのも無理はない。連中というのは、探索者……スキルに目覚めた者を中心に、ダンジョンを占拠してそこから得られる利益を独占しようとしている団体のことだ。《DL教団》、などと名乗っている」
「DL教団……」
「
だが、と、高遠は厳しい表情を浮かべる。
「その狙いは、先ほども言ったように利益の独占だ。今はどこの国も、既存の産業やパワーバランスを守るために、ダンジョンからもたらされる資源の輸出入や売買に厳しい制限をかけている。それを違法に売りさばくことで、莫大な金を稼ぎ出そうとしているんだ」
「金目的のテロリストって理解でいいと思うよ」
凄まじくざっくりとした菜乃花の要約だが、お陰で概ね理解出来た。
アリス──正確には、彼女が作り出したテュテレールは、日本では他に二人しかいない《超級》の力を秘めたロボットだ。
それを量産できる可能性があるアリスを手に入れることが出来たなら、いち民間組織が日本全体とまともにやり合えるほどの戦力を持つことに等しい。
そんな事態になれば、冗談抜きで国が割れかねない。
「あまり公にはなっていないが、ダンジョン孤児の中に生まれた超級や特級が中心となり、国の管理からダンジョンを奪い取った事例が世界で何件も報告されている。俺達が天宮アリスに注目していたのは、まさにその前例の通りになりかねない存在だったからだ」
ダンジョン孤児は、言ってしまえば現存する社会システムから弾かれた存在だ。
そんな存在が、ダンジョンの中で人外の力と、莫大な資源を手にした時、何を考えるか──それは、決して社会にとって良いことばかりではない、ということだろう。
「だから、多少法律を捻じ曲げてでも、アリスちゃんをウチらの管理下に置きたかったってわけ。とはいえ、アリスちゃんはまだ注目され始めたばっかりだったからね、頭の固い上の連中にその必要性を分かりやすく教えてあげるために、ウチが手を回して早々に北海道へ向かわせたの」
まさか、本当にテュテレールしか対処出来ないようなヤバいモンスターが出るとは思わなかったけど、と、菜乃花は肩を竦める。
そんな彼女たちに、歩実は更なる疑問をぶつけた。
「けど……そういうことなら、アリスちゃんの力を下手に配信で見せびらかすのは、DL教団に狙われる危険を悪戯に高めるだけじゃないですか~?」
「とっくに狙われてるだろうから、そこは気にしても仕方ないよ。それに、Dチューブは本来、探索者の監視と保護を目的に開発されたものだからね。配信しててくれた方が、アリスちゃんを守る上では都合が良いの」
ダンジョン内での映像を一般公開し、収益を得るためのシステム、Dチューブ。
下手をすれば死傷事件を大々的に放送する危険のあるものを政府公認で広めているのは、それが最大の目的だった。
危険な力を持つ探索者を、
「色々と話したが、俺達が天宮アリスに求めることは、あくまでこの日本社会の一員として、平穏無事に暮らしていて欲しい、その一点だけだ。そのために必要なものがあれば、惜しみなく支援する」
「アリスちゃんが道を踏み外さないように、ウチらが悪い大人達の盾になるの。歩実、協力してくれるよね?」
「当然ですよ~」
菜乃花の試すような問いかけに、歩実は力強く頷く。
アリスを見付けた時から──あるいは、探索者協会に入ると決めた時から、ずっと覚悟していたことだ。
これ以上、ダンジョンにも……ダンジョンへの欲望に目が眩んだ連中にも、大切なものは何一つ奪わせてなるものかと。
「アリスちゃんは……私が守ります」
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