第23話 超級の責務 3/4

 テュテレールが掌から放った高熱のビームは、光の速さでモンスターを貫く──かと思われたが、それよりも早く、モンスターが生成した氷の壁に阻まれてしまう。


 奇しくも、自身とほど近いスキルを持ったモンスターと対峙することになってしまった信護は、思わず歯噛みする。


(同系統のスキルを、俺よりもモンスターの方が使いこなしているというわけか……情けない)


 氷を、冷気を操る力。シンプルに言えば、信護の《氷雪之帝》はそういったものだ。


 このダンジョンにおいては、出現するモンスター達とほぼ同じことが出来、それら全てで信護が上回って来たからこそ、今がある。


(ならば、こいつも上回るまで!!)


 信護がスキルを使い、無数の氷柱を形成。モンスターを取り囲むように撃ち放つ。

 それを、モンスターは小さな氷の盾を無数に作ることで防ぎ止め……その瞬間、信護は全ての氷柱を騎士に変換、盾を超えて斬り伏せようとする。


(貰った!)


『アマイ』


 しかし、そのモンスターが呟くと同時、全ての盾が氷の礫に変じ、四方八方に撒き散らされた。

 銃弾のごとき速度で礫に貫かれた氷の騎士達は、その原形を保つことが出来ず砕け散る。


『シニ、ナサイ』


『排除する』


 そんな攻防の隙を突いて、モンスターが特大の氷柱を形成。同じことを考えていたテュテレールのビームと激突し、辺り一面を急速に蒸発した水分による霧が覆う。


 一進一退の攻防に、信護は舌打ちを漏らした。


(こちらも、向こうも決め手がない……だが、時間をかければ他のルートにいる探索者達がケリを着け、救援に駆け付けられるだろう。それを待てばいい)


 信護は、何も全てを自分一人で解決しようとは思っていない。

 誰よりも危険な役回りを引き受けるのが、《超級》の責務だとは思っているが、借りる余裕があるなら他の探索者の力を借りることに抵抗はないのだ。


 故に、時間は自分達に味方をする──そう考えていた。


 霧が晴れたその先で、謎のモンスターが見せた行動を目にするまでは。


「なっ……!?」


 そこにいたのは、このダンジョンの深層に生息する氷の巨人、《スノーマン》。強靭な体と怪力を誇る、厄介な相手だ。


 そんなスノーマンが、謎のモンスターの救援に来た──訳ではない。


 謎のモンスターがスノーマンに手を翳した瞬間、その体が氷片となって砕け散り、謎のモンスターに吸い込まれていったのだ。


『アットウテキナチカラヲ!!』


「ぐぅ!?」


 モンスターの体から凄まじい冷気が溢れ、吹雪となって信護とテュテレールを襲う。


 そのあまりの圧力に、信護はどうすべきか迷った。


(一度撤退して立て直すべきか? いや、こいつが他のモンスターを取り込んで力を増すというのなら、今ここで仕留めなければ本当に手の付けようがない脅威となってしまう!! だが、今ここで相対し続けたとして、俺にこいつを倒せるのか……!?)


 迷いは深まり、その行動を縛り付ける。

 退くことも進むことも出来ず、ただ意地でそこに立っているのがやっとだ。


(父さん……俺は、どうすれば……!!)


『諦めるにはまだ早いぞ、氷室信護』


 そんな時、信護の耳朶を打ったのはテュテレールの言葉だった。


 ハッとなって顔を上げた信護に、テュテレールは淡々と告げる。


『西条茜の支援に残してきた戦闘ユニットを、この場に呼び寄せた。間もなく到着するだろう。その上で、あなたには一分間時間を稼いで貰いたい』


「……それで、ヤツを倒せるのか?」


『あまり褒められた手段ではないが、出力は申し分ない。十分に可能だと判断する』


 テュテレールの言葉を信じていいものか、信護は僅かに迷った。

 そんな彼の迷いを見抜いたかのように、テュテレールは言葉を重ねる。


『氷室信護、あなたにも、守りたいものがあるのだろう? ここで退くわけには行かないのなら、私を信じて欲しい』


 感情を持たないロボットであるはずのテュテレールから注がれる、真摯な眼差し。

 それを受けて、信護は覚悟を決めた。


「そうか……分かった。俺に任せろ」


 ひたすら撒き散らしていた吹雪が収まり、より一層存在感を高めたモンスターの殺意が身を貫く。


 恐怖を意思の力で捩じ伏せ、信護はその拳で地面を叩いた。


「《絶壁》!!」


『シネ、シネェ!!』


 通路を埋め尽くすような氷の壁が生み出され、それを打ち砕かんと凍結の槍が降り注ぐ。


 凄まじい勢いで生じていくヒビを、スキルの力で強引に修復し、ただひたすらに時間を稼ぐ。


 その中で、信護の頭に浮かぶのは、先ほどテュテレールから言われた言葉だった。


(あなたにも、守りたいものがあるのだろう? か……)


 信護は、人々をダンジョンの脅威から守るためにここにいる。だがそれは、信護自身が決めたというより、父の影を追い掛けた結果として辿り着いた目標だ。


 どうして父は、顔も名前も知らない人々のために命を懸けることが出来たのか。

 その答えを知りたいというのが、偽らざる信護の本心だった。


 そして──その答えを、テュテレールは既に知っているような気がするのだ。


(馬鹿げた話だ。こいつは、ただのロボットだというのに)


 テュテレールに模擬戦を吹っ掛けた時、信護は一つだけ彼を試すようなことを口にした。を見せろ、と。


 その上で、敢えて普通の人間ならば本気を出しづらい環境を用意した。周囲を探索者の見物人が囲い、下手をすれば巻き込むような場所を。


 そんな信護の思惑を、テュテレールはあっさりと看破してみせた。ではなく、の戦い。周囲を巻き込まないように手加減し、目標のみを破壊するという妙技を見せることで。


 だからこそ、信護はテュテレールが信用に足ると判断した。背中を預けられる、仲間だと。


 だが、そんな彼の判断よりも更に先に、テュテレールはいる。


 今は、そう感じていた。


(頼んだぞ、ロボット)


『……よく来たな、ポワン』


 そんな信護の期待を背負ったテュテレールの下に、一体のロボットが到着した。


 拳の形をした、小さなロボットだ。

 とても、目の前のモンスターには敵わないであろうそれを前に、テュテレールは右手を伸ばす。


合体ドッキングシークエンス、了承。来い、ポワン』


『────』


 ポワンの体がブースターで飛び上がり、その体を支えていた四本の足が変形する。


 対するテュテレールもまた、伸ばした右手が形を変え、降りてきたポワンの体を受け止め、接続する。


『合体、完了』


「……今更言うのもなんだが、本当にそれで勝てるのか?」


 端から見れば、テュテレールの腕がただ大きな拳に変わっただけだ。それで勝てるなら苦労はないだろうと、ついそう考えてしまう。


 だが……。


『問題ない。合図と同時に、壁を解いてくれ』


 テュテレールが構えを取り、その拳が唸りを上げ──絶大なエネルギーの脈動をブースターの点火という形で感じ取った信護は、言葉を失った。


『三』


 合体するということは、ポワンとテュテレール、二機分のエネルギーを、一つの機体として活用出来るということだ。


 そして、自分にはテュテレールを作れないと、事あるごとに口にしているアリスだが……作れないのは、あくまでその高度な人工知能であり、人間と比べても遜色ないほどに豊かな感情を持つ、コアモジュールである。


 純粋な機体性能で言えば、テュテレールと同等のものを作ることは、材料さえあれば不可能ではない。


『二』


 そんなアリスが作り上げたのが、ポワンというロボットペットだ。


 見た目のコミカルさに誤魔化されているが、《機械巣窟》の迷宮災害によって得られた素材で強化された出力は今や、テュテレールに次ぐほどに凄まじい。


『一』


 では、そのポワンとテュテレールが合体した今、全力を出したテュテレールの力は如何ほどのものか?


 その答えが、今、解き放たれる。


『零。──《ロケットフィスト》』


 信護の張っていた壁が砕け、モンスターとの間に障害物がなくなる。


 その瞬間、全力で噴き上がったブースターに押し出され、テュテレールが突っ込んでいく。


 謎のモンスターは、即座にテュテレールの攻撃を防ぐために氷の盾を形成するが……今のテュテレールを止めるには至らない。


『バカ、ナ』


 盾を砕き、モンスターの体を拳が捉え、壁に叩き付ける。


 ダンジョンの壁が砕けるほどの衝撃で叩き付けられたモンスターが、その動きを止めたのを確認し……テュテレールは、左の掌を無造作に構える。


『これで終わりだ』


 放たれたビームが、謎のモンスターの体を消し飛ばし──こうして、《絶氷城》で巻き起こった迷宮災害は、無事に鎮圧されるのだった。

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