第7話 地上の支援者
アリスがセーフハウスでテュテレールの修理をしている頃──地上にある探索者協会、特に《機械巣窟》を管理する担当者が詰めているビルのオフィスでは、蜂の巣をつついたような大騒ぎとなっていた。
理由は言わずもがな。東京都心にあるダンジョン、《機械巣窟》にて
「調査団の編成はどうなってる!? 一級以上の探索者を可能な限りかき集めろ!!」
「既に深層モンスターも確認されてる、一級探索者だけじゃ足りないぞ!!」
「特級探索者は!? 連絡ついたの!?」
普段であれば、どういうわけかモンスター達は地上に出ようとはしない。だが、それにも例外がある。
ダンジョン内部のモンスターが一定数を越えた時、モンスター達が一斉に地上へと解き放たれる──それこそが、迷宮災害と呼ばれる現象。
十年前、ダンジョン出現の衝撃で長らく右往左往していた世界に衝撃を与え、それまでの倫理感を無視して《探索者》という職業を公的に認めるまでに踏み切らせた原因である。
「ほら、
気の強そうな上司の叱責を受けるのは、喧騒が支配する現在のオフィスには不釣り合いなほどに、ぼんやりとした雰囲気を放つ一人の若い女性だった。
女性らしく、起伏に富んだ体つき。真っ黒な髪は手入れするのが面倒だとばかりに短く切られており、いかにも眠そうな表情が一切隠されることなくさらけ出されている。
まだ顔立ちに幼さの残る彼女の名は、
探索者協会、《機械巣窟》担当課の事務員である。
「ちゃんと働いてますよぉ~、この通り、即応可能な特級探索者のリストアップ終わってます。……まあ、一人だけでしたけど。あとはちょっと時間かかりそうですね~」
「少な!? ちゃんと連絡取った!?」
「仕方ないじゃないですかぁ~、つい先日、遠く北海道で災害の兆候ありって特級が集められたばかりですよ~? 今もそっちで人が集められてる真っ最中なのに、その上更に引き抜きなんて、揉めるに決まってるじゃないですか~」
「あーーーもう!! どうしてこう間が悪いの!!」
頭を抱えて悲鳴を上げる上司を眺め、歩実は思わず溜め息を溢す。
厄介なことになったなぁ、と思いながら。
(こればっかりはダンジョンのご機嫌次第ですし、仕方ないんですけどね~)
この十年間、人類は少しでもダンジョンという未知の空間を解析し、その危険を取り除こうと──あるいは、少しでも恩恵を得ようと研究を続けてきた。
だが、分かったことはほとんどない。
分かっているのは、ダンジョン内部のモンスターを定期的に狩ることで、災害の発生をある程度予防出来ること。そして、予防は出来ても完璧に防げるわけではないということだけだ。
(いざとなればダンジョン周辺に避難指示が出るとはいえ、自衛隊が攻撃ヘリや戦車まで引っ張り出せば大惨事……出来れば、探索者だけで密かに終わらせたい、っていうのが、協会やお国の方針です~……)
流石に、モンスターといえど戦車砲や対地ミサイルであればちゃんとした効果が見込める。が、そんなものを都心でぶっぱなせば、たとえ災害が抑え込めたとしても物的被害は甚大である。
一応、対モンスター用の特殊な銃器も開発はされているのだが……まだ試作段階であり、数が十分ではない。
そうした事情もあって、可能な限りダンジョン内部で……探索者の力だけで終わらせたいというのが、この国の考えだ。
(だけど、そのための戦力がない、と~)
既に、深層モンスターが上層で発見されるほどに、状況が切羽詰まっている。早ければ数日以内に、地上にモンスターが溢れてくるはずだ。
そうなれば、ダンジョンのすぐ傍にオフィスを構える自分達とて、ただではすまない。
(全く、協会は常にダンジョン対策の最前線で戦ってますってアピールなんでしょうけど……とんだ迷惑ですよ~)
協会の人間は、就職する際に実地研修としてダンジョンに潜り、スキルを開花させている。
だが、戦闘の心得がある人間となれば半分にも満たないため、スキルがあるからとモンスター相手に戦える者はさほど多くないのだ。
それは、歩実とて例外ではない。
(仕方ないですね……こうなったら、あの子達の力を借りるしかありませんか~)
「ちょっと、歩実、この忙しい時にどこへ行くつもりなの!?」
「トイレですよ~」
「全く……すぐに戻ってきなさいよ!」
はいはい~、と気のない返事をしながら、歩実はトイレに向かい、通信機を取り出す。
普通のスマホではない。一般的な通話用に普及している通信機器は、中継機があってなおダンジョン内部とは安定した通話が出来ないため、強力な短距離通信機が必要なのだ。これは、Dチューブ専用ドローンも同様である。
それを使って、歩実が通話を繋げた相手──それは、ダンジョン中層を拠点として活動するアリスの保護者、テュテレールだった。
「あ~、テュテレール君、聞こえますか~?」
『問題ない。何か用か、照月歩実』
「またまた~、分かってるくせにぃ~」
機械らしい淡々とした口調を気にするでもなく、軽い調子でからかって……完全な無反応に心折れた歩実は、さっさと本題に入ることにした。
「《機械巣窟》に迷宮災害発生の兆候があるのは、そちらも把握してますよね~? モンスターの鎮圧、テュテレール君にも手伝って貰いたいんですよ~」
『では、報酬にアリスの
「……話が早くて助かりますけど、アリスちゃんって確かまだ十三歳ですよね~……? 一応、探索者免許の取得は十六歳以上って決まりがあってですね~……」
そもそもの話で言えば、免許なしにダンジョンに入ること自体、あまり褒められた行為ではないのだが……そちらに関しては、犯罪というわけではない。
何せ、ダンジョンにまつわる法律が制定された当初、今よりもずっと多くのダンジョン孤児が溢れていたのだ。
他に生きる場所のない彼らを、犯罪者扱いするのはどうなのか──という理由から、あくまで《素材の持ち出し及び換金》に免許が必要であり、出入りに関しては犯罪ではない、とされている。
テュテレールは、そちらも合法にしてくれと要求しているのだ。
『アリスは、戸籍上では既に死亡扱いとなっていたはずだ。年齢を偽るくらい、あなたなら簡単だろう』
あっさりと断言され、歩実はやれやれと肩を竦める。
出来るか出来ないかで言えば、間違いなく出来るのだから。
「分かりました。アリスちゃんのご両親には恩がありますからね~、それくらいのことはやってあげますよ~」
歩実は元々、天宮テクノロジーズが出資した児童養護施設で育った人間だ。
出資の理由は人助けばかりではなく、自社開発した警護・介護・育児などの各種ロボットの試運転を行う場を欲したという事情があったのだが……そうした理由があったからこそ、施設の運営は非常に優良なものだった。
たくさん勉強して、将来は天宮テクノロジーズに入って恩返ししよう──そんな風に考えていた子供は、歩実以外にもたくさんいた。
しかし、そんな子供達のささやかな夢は、ダンジョンの出現で粉々に砕け散った。天宮テクノロジーズ本社ビルの倒壊という、最悪の形で。
だからこそ──あまり表には出さないが、天宮夫妻の娘がダンジョン内で生き延びていたと知った時、歩実は心から喜んだ。
本当なら、引き取って保護したいとすら思っている。
だが、当の本人がそれを望まなかった。たとえダンジョンの中でしか生活出来ないのだとしても、これまで育ててくれたテュテレールから離れたくないと言って。
故に、歩実はこれまで、テュテレールを介して可能な限りアリスの生活を影で支援してきた。
それは、これからも……今回も変わらない。
「こんなこと、言うまでもないとは思いますが……テュテレール君、アリスちゃんのこと、よろしくお願いしますね~?」
『そうだな、言われるまでもない』
歩実の言葉を受けて、テュテレールは答える。
気負うこともなく、ただ淡々と、それが自らの使命なのだと。
『我が名は、
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