第3話 配信の理由

 テュテレールに助けてもらった人は、幸い大した怪我もなく自力で地上に帰っていった。


 それを見送った後、私は改めてセーフハウスに戻り、テュテレールを詰問する。


「それで……テュテレール、これどういうことなの!?」


 びしりとスマホを突き付け、真意を問い質す。

 まさか、私の知らないところで、私の私生活が配信されてるなんて思わなかった。


 しかも、起きて遊んでる時や探索している時だけならまだしも、お昼寝してる時の動画まであるんだからたまらない。


 しかも、しかも……! ただ寝顔を映すだけの配信が一億再生って、おかしくない!?

 桁を読み間違えたのかと思って、十回は数え直したよ!? みんな、なんでそんなに私の寝顔を何度も何度も見てるの!?


 恥ずかしさのあまり震えながら問う私に、テュテレールは悪びれもせず即答する。


『アリスの生活費を稼ぐため、アリスの可愛さを世に知らしめるため、これが最善だと判断した』


「二つ目の理由が余計だよぉ!!」


 一つ目に関しては、私も理解してる。

 身寄りもなく、ダンジョンの中でしか暮らせない私達にとって、お金を稼ぐ手段はとっても大事だ。今までずっとテュテレールに育てて貰ってきた私に、文句なんて言えるはずがない。


 でも、か、かわ、可愛さを世に知らしめるって……それは私達の生活と関係ないよね!?


“いいや余計じゃない!”

“可愛いは大事”

“可愛いは正義”

“アリスちゃんは可愛い”

“アリスちゃんは正義”

“つまり、正義は我らにあり”


「論法がめちゃくちゃだよぉ!!」


 テュテレールの周囲に浮かび上がるコメントに、私は思い切り叫ぶ。


 今までは隠されてたけど、私にバレたからってことで、テュテレールが私の配信につくコメントを私にも見えるように投写してくれてるの。


 ……どれくらい多くの人に望まれてるか見せてやろうってテュテレールは言ってたけど、これ絶対に私を説得する頭数を増やそうとしてるよね!? ズルいよテュテレール!!


『落ち着け、アリス。ほら、夕飯だぞ』


「わーい、ハンバーグだぁ」


 テュテレールに差し出されたプレートに載せられたお肉の塊に、思わずじゅるりと涎が溢れる。


 こんなごちそう、滅多に食べれないよ!


 というわけで、電子レンジ(自作)を使って温め直したそれを、ぱくりと一口。


「んぅ~~、美味しい!」


 一口食べただけで、濃厚なソースと肉の旨みが口の中に広がって、心も体も幸せいっぱいになる。


 そんな私に、テュテレールが鋭く切り込んだ。


『配信を続ければ、ハンバーグが毎日食べられるぞ』


「はぅわ!?」


 ま、毎日……!? この至福の一時が、毎日……!?


“めっちゃ揺らいでるw”

“アリスちゃんがチョロいw”

“圧倒的なチョロかわいさ”

“飴玉あげたらついてきそう”

“通報した”“通報した”

“なんでやまだ何もしてないやろ!”


「ちょ、チョロくないもん!」


 確かに、ちょっぴり心揺らいだのは確かだけど、まだ堕ちてないもん。


『今なら、オレンジジュースもつくぞ』


「わーい、配信するー!」


“堕ちた”

“うーんこの即堕ち二コマ”

“勝負の決め手はジュースでした”

“うーん可愛い”


 はっ、しまった、つい。


『これで、アリスが風邪を引いた時に医薬品を買い揃える予算が確保出来る。任務達成』


「ねえテュテレール、なんで最初にそういう大事なことじゃなくて食べ物から入ったの? おかしくない?」


『私の計算上、アリスが薬を嫌がって配信を拒絶する可能性、四十三パーセント。一方、ハンバーグに釣られて配信を許諾する可能性、八十九パーセント』


“アリスちゃん食いしん坊説”

“説明不要の可愛さ”

“薬も嫌がらずにちゃんと飲もうね”


「言われなくてもちゃんと飲むからぁ!」


 もう、みんなして私を子供扱いして! ふんだ!


『アリスがどうしても嫌だというなら、もちろん配信は止めよう。どうする?』


「うっ……」


 ここまでお膳立てされた上で、「じゃあ止めよう」とはなかなか言いづらい。


 ハンバーグは食べたいし、そうでなくともお金は大事だもん。


「……決めたよ、テュテレール。私、探索者になる!」


 は? と、配信コメントだけでなく、テュテレールもそう言いたげに首を傾げる。


 そんなみんなへ、私は大声で宣言した。


「私が正式に探索者になって、配信以上に稼げるようになって、ちゃんと自立する! そうしたら、テュテレールが配信する必要はなくなるよね?」


『その通りだ。しかし……』


「だから、私の探索者としての稼ぎが配信を越えたら、配信はやめる! それまでは、自由に配信してもいいよ!」


“よし、お前ら聞いたな?”

“全力で貢げ。金がないやつは動画見まくれ”

“絶対に探索の稼ぎよりも配信の稼ぎを上回らせるぞ!!”

“しかし、アリスちゃんがついに剣を取るのか……”

“剣を落っことして怪我しないように気を付けるんだよ”


「もぉぉ! 子供扱いしないで!」


 ぷんすかと怒ると、“可愛い”とコメントが乱舞する。みんな、おかしくない?


 けどまあ、こんなのは今だけだろう、と私は思ってる。


 ダンジョン孤児支援法? とかいうので、私みたいにダンジョンで暮らさなきゃいけない孤児はほとんどいなくなったって聞くし、物珍しさから見る人が多いだけ。すぐ飽きるはずだ。


 だから、それまでに私が、探索者として一人前になる。


 ロボットのテュテレールは探索者になれないし、そもそも兵器や武装扱いなせいでダンジョンから出られない。

 私がテュテレールと一緒に暮らし続けるには、私が探索者になって、地上とダンジョンを自由に行き来する権利を手に入れるのが一番だ。


『了解した、援護しよう、アリス』


「テュテレールが全部やっちゃダメだよ? 私自身が強くならなきゃ意味がないんだから」


『分かっている。武器はこれを使うといい、アリス』


「あり……がと……?」


 お礼を言いながら、テュテレールから受け取った武器は……金属バットだった。


 剣でも、銃でもなく、何の変哲もないただのバット。強いて言えば、ダンジョン産の金属を使ってるからすごく頑丈というだけ。テュテレールとボール遊びをする時に、たまに使っているやつ。


 どういうこと? と思いながらテュテレールを見ると、当然だと言わんばかりに告げられる。


『アリスが剣を持つと、慣れないうちは怪我の危険がある。まずはそれを使い、上層のモンスターと戦おう』


「……もぉぉ! だから、子供扱いしないでってばー!」


 ポカポカと、自分の手でなんどもテュテレールを叩く私を見て、コメント欄は“可愛い”と何度も同じ単語が流れていき、更なる大賑わいを見せるのだった。

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