ダンジョン孤児の配信生活~探索者でもないのに知らないうちに全国配信されて有名人になっていました~

ジャジャ丸

第1話 機械と暮らす少女

「はあ、はあ、はあ……」


 薄暗い洞窟の中を、私は体力の限り走り続ける。

 靴も履いてない足が、金属で舗装された地面をペタペタと叩き、継ぎ接ぎだらけの服が風になびく。


 汗で張り付く真っ白な髪を鬱陶しく払いのけながら、私は洞窟の一角に辿り着いた。


 モンスターの脅威から身を守るため、鋼鉄のバリケードで守られたオンボロのセーフハウス。家具らしい家具は机とベッド、後は明かりを灯す電球くらいしかない質素な場所。


 それでも……私の大切な家族が待つ、私の家だ。


「ただいま! テュテレール、いる?」


『おかえり、アリス。私はここにいる』


 私を出迎えてくれたのは、鋼の巨人。

 全身を群青色の装甲で覆った、身長二メートルくらいの人型ロボットだ。


 彼こそが、私にとって唯一の友達で、大切な家族。

 世界でもまだ数少ない、人工知能搭載型のロボットなの。


『アリス、また一人で外を出歩いたのか? ダンジョンは危険だ、私が共にいる時以外、不用意な行動は避けて欲しい』


 元々、子育てと護衛を目的に作られたロボットなだけあって、こういう時はちゃっかりとお小言を口にするのもテュテレールの特徴だ。


 そういうところも、私を大切に想ってくれてるんだなって思えて嬉しくはあるけど、ちょっぴり過保護過ぎるとも思う。


「大丈夫だよ、私だって、もう十年もこのダンジョンで暮らしてきたんだよ? モンスターを避けて行動するくらい、一人でも出来るよ」


 十年前、突如世界中に出現した謎の異空間──《ダンジョン》。

 それは、天然資源の枯渇とエネルギー不足に悩んでいた人類にとって福音とも言える、一攫千金の宝箱だった。


 これまでの常識を覆すような、未知の素材や資源の数々。

 大気構成にも未知の物質が含まれていて、それを吸い込んだ人間は人智を越えた強大な力と、不可思議な超能力──スキルに目覚めた。


 でも、ダンジョンがもたらしたのは恩恵ばかりじゃない。


 従来の産業は、その多くが産業革命を越える大混乱ブレイクスルーに翻弄され、淘汰され、多くの失業者や自殺者を産んだ。


 ダンジョンの中からも、無差別に人を襲うモンスターが出現し、従来の銃火器では全く歯が立たないその強靭な体で大きな被害をもたらした。


 後に《迷宮革命》と呼ばれるその大惨事の中で、身寄りを失い、帰る場所を失い、人の社会で生きる術を失った子供達がたくさん現れた。


 そうした子供達は、当時まだ法整備も満足に進んでいなかったダンジョンの内部に自らの居場所を見出だすようになり──ダンジョン孤児チルドレンと、そう呼ばれるようになった。


 私も、そんなダンジョン孤児の一人なの。


 三歳で両親を失ってからずっと、両親が遺してくれたテュテレールと一緒に、このダンジョンで生きてきた。


 そんな私が、今更ダンジョンのモンスターにやられたりなんて……。


『記録では、過去にアリスが一人で出歩くこと八十七回。内、迷子になって救援ビーコンを起動すること三十二回、探索者に発見され保護されること二十四回、モンスターに追われること九回、何事もなく無事に帰還出来た回数は……』


「わーー!! そ、それより、見て、テュテレール! いいもの見付けて来たんだよ!」


 テュテレールの話を遮って、私は宙に手のひらを翳す。


 ダンジョンがもたらした恩恵の一つ、人類が会得した超能力──スキル。

 中でも一番一般的なのは、ダンジョン内部限定で、一定の質量までの物体を自由に出し入れ出来る収納用異空間制御能力、《ストレージ》というスキルだ。


 容量の大きさは人によるんだけど、私はそこそこ大きめみたいで、テュテレールが問題なく過ごせるこのセーフハウスよりも更に大きい。


 そんな私の《ストレージ》に入っていたのは、ロボットの残骸。


 私が暮らすこのダンジョン、《機械巣窟》で出現する、未知の技術と素材で作られた殺戮マシーンの成れの果てだ。


『分析完了。……これは深層のモンスター、《ガイオペラ》の残骸と推定。アリス、どこで見つけた?』


「いつも通り、中層で使える部品がないか探してた時に見付けたんだよ。えへへ、すごいでしょ? 探索者の誰かが、《ストレージ》の容量制限で捨てていったのかな?」


 ダンジョン内部は階層構造になっていて、下へ潜るほど強力なモンスターが出現する。


 その階層は、大雑把に《上層》《中層》《下層》《深層》の四つに別れていて、私達が暮らしているのは《中層》に当たるの。


 下層までなら、テュテレールが一人で潜って少しずつ素材を持ち帰ってくれる。でも深層ともなると、テュテレールでも破損のリスクがあるからって滅多に足を踏み入れない場所だ。


 そんな深層のモンスターの素材ともなれば、私達にとっても超がつくほどの貴重品。まさにお宝だ。


 これで、テュテレールをもっと強くしてあげられる。


『本当か? 下層に足を踏み入れてはいないか?』


「そんなことしてないよ。それはテュテレールだって分かってるでしょ?」


 テュテレールは、私に何かあった時のために、専用の救援ビーコンを持たせてくれてる。


 でも、これまでの経験からして、テュテレールは私の体のどこかに、救援ビーコンとは別に発信器を付けてると思うんだ。


 私が一人で出歩くのも、自分だけで切り抜けられるっていう自信はもちろん、テュテレールがいつでも見守ってくれてるっていう安心感が理由の一つなの。


『分かっている。だが、どんな機械でもバグや故障からは逃れられない。聞かずにはいられないのだ』


「もう、心配性だなぁ、テュテレールは」


『私の使命は、アリスを守ること。心配して当然だ』


 テュテレールの言葉に、ちょっぴりの鬱陶しさと、それ以上の温かみを感じて照れ臭くなりながら、私はふと「そうだ」とあることを思い出す。


「私はいつも通りだけど、テュテレールは何してたの?」


『探索者を介した、地上とのやり取りだ。……アリス、十三歳の誕生日おめでとう。プレゼントだ』


「ほんと!? わあ、ありがとうテュテレール!!」


 テュテレールが差し出した小さな箱を開けると、中には新品の靴と靴下が入っていた。


 最近、私があちこち歩き回ることを考慮してか、機能性重視のカッコいいスニーカーを目にして、ぎゅっと胸に抱き締める。


「嬉しい! でも、お金は大丈夫だったの? いつもは食料品だけでも結構いっぱいいっぱいだよね?」


 私達は、ダンジョン内部を探索してお宝を見付けたり、モンスターの素材を集めたりしてお金を稼いでる。


 でも、そうした素材を換金することが出来るのは、専用の資格を持つ《探索者》だけ。


 だから私達は、ダンジョンに足を踏み入れた正式な探索者にお願いして、相場よりもずっと安い値段で買い取って貰ったり、地上の品物と交換して貰ったりしてるんだけど……最近、テュテレールの羽振りが妙に良いのが気になってる。


 実際、これまでは私の靴だって満足に買えなかったのに。


『アリスの境遇を知り、金銭支援してくれる者が多数現れた。問題はない』


「金銭支援……?」


 ダンジョン孤児を救おうっていう慈善団体は、これまでも何人か見たことがある。私も、何度か炊き出しでご飯を貰った。


 だけど、直接の金銭支援だなんて、今まで一度も……うーん……?


「テュテレール、私に何か隠してない?」


『私には何もやましいことなどない。常にアリスのために行動している』


「じぃー……」


 テュテレールが嘘を吐いてるとは思わないけど、『隠し事はない』とは言わなかった。


 絶対に何かある、と思った私は、そのまましばらくテュテレールとにらめっこしてみるんだけど……最終的には、私の方から折れた。


「今日のところは、プレゼントに免じて聞かないでおくね。でも、明日はちゃんと話して貰うから!」


『……了解した』


 若干渋々って感じの声が気になるけど、テュテレールは一度した約束は破らない。


 よし、と笑顔を浮かべ、私はテュテレールの手を取った。


「それじゃあ、せっかくテュテレールがプレゼントしてくれたし、この靴でちょっと外を歩いてみようよ!」


『アリス、深層のモンスターの残骸が中層にあった理由がまだ判明していない。今外に出るのは危険だ』


「ちょっとだけ! ちょっとだけだから! ね? いいでしょ?」


『……了解。少しだけだぞ、アリス』


「えへへ、ありがとう、テュテレール!」


 どうにか押し切った私は、いそいそと手にした靴を履く。

 初めての感覚に戸惑いながらも、私はその姿をテュテレールに披露し、満面の笑みを浮かべるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る