第21話 その6



 ルドルフにあんなことを言われては、気にならないはずはない。

 マルクスはもちろん、アルバートすらもソフィアの侍女が気になってしまう。


 今日は良い天気なので、庭園でお茶をしようと声をかける。

 少し早めに庭に着きソフィアを待つ間、三人は『自然体』と心に刻み込み、敵陣を迎え撃つ。いや、撃ったらまずい。


「アルバート様、お待たせいたしました」


 ソフィアの愛くるしい声が聞こえ、アルバートは後ろを振り返ると足早に駆け寄り、ソフィアの手を引いた。

 いつものように始まった茶会。

 一つ違うところは、三人の意識が侍女マリアに向かっていることだけ。

 ルドルフはいつものように少し下がった位置で全体を見渡しながら。

 マルクス本人も、気づかれないようにそっと盗み見をしていた。そして気が付いた。確かに彼女と目が合うことに。



茶会が終わった後、いつものようにアルバートの執務室で、三人は渋い表情をしていた。


「な? 見ていただろう?」


「ああ、あれは見ているな」


「…確かに何度も目は合った。だが、目が合うとすぐに目を反らすし、それに他の令嬢のような仕草が全くないんだが。普通はもっとこう頬を染めるとか、熱の籠った視線で見たりとか、そんな面倒くさい表情をするもんだが、彼女にはそれが全くない」


「言われてみれば、そんな気もするけど。でも、マルクスを見てるのは確かだろう?」


う~~ん。と、三人は唸り声をあげる。


「本気になって沼にはまる前に、どうにかしてあげたいけどね」


「ルドの気持ちはわかるが、こればっかりはどうしようもないだろう? 俺にその気はないんだから」


「だって、かわいそうじゃない? あんなに可愛いのに報われない恋なんてさぁ」


 ルドルフとマルクスの声にアルバートが反応する。


「マルクスがだめなら、他の人間を紹介したらどうだ? 王女の侍女をしているくらいだから、貴族の出なんだろう? だったら護衛騎士とか、文官の中で人間的に申し分ない者を紹介すれば、若い令嬢だ、すぐに新しい恋に走るだろう?」


 いや、そんな簡単な問題なわけがないだろう?と、ルドルフはため息をついた。


「確か、子爵家の四女だか五女だったかと思う。貴族の出なのは間違いない。

 確かに、それなら同じように次男や三男あたりに嫁いでも何の問題もないだろうな。それにうまく行けば、お前たちの乳母に出来るかもしれん」


 え? 乳母? いきなりそこまで話が飛躍するの? ルドルフはついていけないと言った視線を向ける。


「乳母か? いや、それはまださすがに早いよ」


 そう言いながら、にやける主が気持ち悪い。マルクスとルドルフは視線をわざと落とした。




 アルバートとソフィアの庭園での散歩は何度目になるだろう?

 少しずつではあるが、会話も滑らかにできるようになった。以前のように天気の話題や、花の話題だけに終わることは無くなった。

 それでもやはり、二人の間に距離がある感じは否めない。


 アルバートはソフィアの侍女のことを気にかけていた。

 侍女とは言え、ソフィアが可愛がっている侍女にも幸せになって欲しい。

 こういうことは早くケリをつけてやった方が本人のためになる。と、親友二人からの助言を受け、ソフィアに話す決心をした。


「ソフィア王女、少しいいだろうか?」


 二人きりで並び歩く時には、護衛も侍女も少し離れた距離で見守っている。余程大きな声を出さない限り、二人の話声は聞こえない。


「はい。なんでしょう?」


 アルバートの改まった様子に、ソフィアも身を正して聞き返す。


「……あなたの侍女の事なんだが」


「侍女? マリアのことでしょうか?」


「そう、そのマリア嬢なんだが、最近様子はどうかな?」


「様子ですか? 特に変わったことは……。いつもと変りないように思うのですが」


「実は、彼女がどうも恋をしているのではないかと? 私の護衛が言い出してね。

 気になり私も様子を見る限り、どうも本当のことのようで」


「え? マリアが恋を? まあ、私ったら。情けない話ですが、全く気が付きませんでした。そうですか? マリアが恋を? で、それは一体どなたなのでしょう?」


 ソフィアはマリアの恋の話に幸福感を感じているようで、顔をほころばせながら聞いてくる。


「相手は、私の側近のようなんだ」


「殿下の側近の方? でも、あの方は確か?」


「そうなんだ。彼には妻がいて、しかも今彼女は身重の体で、秋には子が産まれる。

 人の気持ちを責めることはできないが、でも、このままでは彼女は報われないし、万が一にもマルクスの家庭を壊すような事は望んでいない。だが、今ならまだ忘れられるのではないかと?」


「そんな、マリアが? そんな……」


 今にも泣きそうな顔をして、震える手で口元を隠しながらつぶやく。


「あの子にとっては、きっと初恋なのです。お相手の方の家庭を壊そうだなんて、そんな事思っていないはずです。見ているだけで良いと…そんな優しい子なのです。

 マリアは、私の初恋の話をずっと聞いてくれていて、殿下とのことを応援してくれていて、だから私は本当ならあの子の恋も応援したいのに、でも今のままでは……」


「ソフィア! ちょっと待って! もう一回!!」


 アルバートはソフィアの肩を両手でガシッと掴むと、逃がさんとばかりに睨むような視線を向けた。自分がたった今、呼び捨てにしている事にも気づかずに。

 ソフィアはたじろぎながらも、


「もう一回ですか? マリアの初恋?」


「その次!」


「マリアは優しい子で」


「その次!」


「ええ? マリアの応援がしたいけど…」


「いや、その前!」


「その前? 私の初恋の話を聞いてくれて……でん…」


「それっ!!」




「っ!!」


 ソフィアは自分の口から思わず漏れた本音を思いだし、赤く染まった顔を両手で隠ながら恥ずかしさのあまり逃げようとする。

 しかし、アルバートに掴まれた肩がソフィアの動きを止める。

 逃がさないように、アルバートがしっかりと掴んだその手の体温もだんだんと高くなっていくのがわかる。


「ソフィア、僕のことを? ずっと?」


 耳を赤く染めるアルバートの熱い視線を感じながら、ソフィアは俯いたまま顔を上げることができない。


(いっそ、気を失ってしまいたい)


 だがその願いもむなしく、いつの間にかソフィアはアルバートの腕の中に抱き抱えられていた。


「ソフィア、君は僕に興味がないとばかり。僕と視線を合わせてはくれないし、会話も世間話ばかりで自信がなかった。ああ、よかった。本当に良かった。嬉しい!」


 嬉しさのあまり、ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕の力が強まり、ソフィアは苦しくさのあまり、


「で、でんか……苦しいです」


「あ! ごめん。思わず私としたことが、申し訳ない」


 アルバートは『ぱっ!』と手を離すと、両手を上に上げ少しずつ後退る。


 恥ずかしさのあまり逃げ出したくなったが、知られてしまったものは仕方がない。

 それに、アルバートも良かったと喜んでくれたのだからと、少し心が軽くなるようだった。

 二人は自然に顔を見合わせ視線が合うと、笑い出した。

 クスクスと笑うソフィアに対し、アルバートは声を上げて笑った。

 二人とも顔を赤らめ、それでも嬉しそうに笑い合っていた。


 そばにいる護衛も侍女も何があったかは分からないが、それでも二人の主が幸せそうに笑う姿を見て、自分たちも幸せな気持ちなっていた。


そう、張本人の侍女マリアも。

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