転生令嬢の旦那探し
卯月小春
第1話
────その時は突然やってきた。
「14歳おめでとう、エミリア。もし強い希望がなければ2年後には私の指定した家に嫁いでもらうことになる。
今後のこと、よく考えるように」
それは私の14歳の誕生日。
お父様から婚約について告げられ、今後のことを意識した瞬間、多くの映像が頭に流れ込んできた。
そのあまりの情報量に立っていられなくなる。頭が割れるように痛い。
「エミリアお嬢さま!?」
「エミリア!? 医者だ、医者をすぐに呼べ!!」
音や声が、現実の情報は何も入ってこない。
ああ、そうだ、わたしは
前にも頭を打って。
そう、車が赤信号を……────。
そこでプツリと。
限界を超えたわたしは完全に意識を手放した。
* * *
これは夢だろうか。
小さい道路沿いの公園に、信号を渡った先の角、すぐにあるスーパー。見覚えのある景色。何回も二人で歩いた。いつか子どもを産んだらここで遊ぶのかな、なんて話しながら。
まずは新婚生活を堪能したいな、と微笑む彼が可愛くて嬉しくて。手を繋いで歩いた役所の帰り道。
周りに人はいなくて、車のエンジン音も大きくなくて。気がついたら目の前に車がいて、頭に衝撃が痛あれ彼が赤く血が血が血が血が血が血が血が血血血血血血血血血────
「っいやああああ!!!!」
「エミリアお嬢さま!!」
大きなバケツのようなものを覗きこみすべてを吐き出す。
あの赤が焦げたような匂いが、頭から消えない。
呼吸の仕方も忘れ、渡された袋を何度も吸いこむ。
ドタドタと大きい音がしたかと思うと、扉が開き何人かが部屋に入ってくる。
「エミリア……」
呼吸はまだ荒く、視線だけを動かすとエミリアの、私のお父様がいた。1人、見覚えのない人が手首を触ったり、顔色などを確認したあと、ずっといてくれた侍女のマリーにいくつか質問をする。きっとお医者様で待機していたのだろう。お医者様に許可を取ると、お父様はそっと私の手を取り、握りしめ涙を一筋流した。
「少し話を聞きたいのですが、喋れそうですか?」
私は頷いたあと、マリーに口をゆすぐお水をお願いした。
「今、気分はどうですか?」
「吐き気は落ち着きましたが、気分はあまりよくありません」
「食欲は?」
「あまり」
「何があったか覚えていますか? ご自分で症状を言えますか?」
一拍おいて、答える。
「頭が急に痛くなって……気がついたら吐き気が酷くて、呼吸困難みたいになりました。それ以外は分かりません」
「今は頭痛はありますか?」
「痛くはないです。ぼんやりと頭が重たい感じがします」
お医者様はありがとうございます、と答えるとお父様に向き直り部屋をでていった。
「マリー、ごめんなさい。私もう少し眠りたいのだけれど、いいかしら」
「かしこまりました」
マリーは答えると手早く寝台を整え、荷物を持って部屋を出た。私は寝付きが悪く、いつも寝始めるまでは一人にしてもらっている。
ふう、と息をついて天蓋をみつめる。
そして目を閉じて思考する。私に何があったのか。
私は……わたしは、どうなっているのか。
おそらく流れてきた映像は、わたしの記憶だ。私にとっての前世で……転生していたのだと思う。今いる世界では転生や前世の記憶があるなどの事例が報告されている。転生は物心つく年頃には前世の記憶があり、人格も前世のものとほぼ同一となる。前世の記憶があるのみだと記憶や知識があるだけで、前世の性格を引きずらないものとなる。
私の場合、わたしとして性格があるのだ。ただ私としてもわたしとしても、自分の中では大きく性格に差があるとは思わない。おそらく前世を思い出すのが遅くなった転生なのだろう。
前世の私は車に轢かれ、死んだのだろう。婚姻届を出したその帰り道に──彼とともに。
「……っ」
そうだ、彼は今どうしているのだろうか。同じように転生しているのだろうか。彼のことが知りたい。今までの事例に、彼の情報があっただろうか──と考えようとするが思い出せない。名前も、顔も。思い浮かぶのは真っ赤に塗りつぶされた彼。
どうしよう、これじゃあ転生してたとしても探すことが難しい。なにせ肝心な前世の情報がない状態なのだ。転生していたとしても、この世界では名前も顔も異なるはずだ。手がかりは前世の最期の状況のみ。
転生していないかもしれない。転生者じゃなく、前世の記憶がある場合でもまだ思い出していないかもしれない。思い出しても、今の彼はわたしのことどうでもいいかもしれない。
それでもわたしは──彼を諦めたくない。
前世とはいえ、ずっと一緒にいようと誓い合った相手なのだ。タイムリミットまであと2年ある。それくらい──足掻いてみてもいいじゃないか。まずは思い出せることの記録と、今までの転生者や前世の記憶を持つ人の事例の洗い直しをしよう。
こうして、わたしの前世からの長い長い旦那探しは始まった。
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