第28話 カルナ 2

 僕は彼女の行方を捜した。


 最初は父に聞いた。だが、知らぬと言う。

 冗談だろう。この屋敷のことで父が知らないことなど無い。

 ましてやあれだけの騒ぎを起こした張本人のラヴィーリアの行方を知らないなどということはあろうはずがない。


 次に王都の屋敷を取り仕切り、父に代わって領地とのやり取りを任されているレクトルに聞いた。しかし彼も知らないと言う。

 ただ、彼の場合は――そのような過去のことに拘っていないで跡継ぎとしての自覚を持ってください――などと告げられた。


 父がおかしい――そうセアラに相談した。しかし彼女も――お可哀想ですが、下男や下女は遣いの際に逃亡したり暴漢に襲われることも珍しくありません――僕を助けてくれたあの優しい彼女とは思えないような言葉を聞かされることになった。そもそもラヴィーリアは下女などではない。


 結局、屋敷の者に片っ端から当たるような結果になり、ようやく、買われてきたと言う侍女から話を聞くことができた。ラヴィーリアが居なくなった日の朝、まだ大釜に火も入れないような時間に裏口から馬の嘶きが聞こえたと。


 そのような時間に商人の出入りはありえない。となると――人買い――そんな考えが頭に浮かんだ。人買いの噂は南部では珍しくない。民からもそのような話を聞いたことがある。表立っては行われないが、人目を憚るような内容のため、夜に行われる商売だと。



 ラヴィーリアが居たと言う部屋は狭く薄暗く、かびた臭いがした。

 ベッドの下には質素な幾許かの着替えと長い木箱だけがあった。

 あまりに少ない彼女の持ち物に、体中に刺すような痛みが走り、涙が溢れた。



 ――思い返せばラヴィーリアが屋敷に来た翌日、東の辺境伯が乗り込んできたことがあった。


 先触れも無く突然やってきた侯は、ラヴィーリアに贈ったものが本人の元に無いと言って長い木箱を持ち込んできた。それが正しく彼女の元に無いなら侯自身を愚弄したものとみなして殴り込みに来るなどと言い始めたのだ――。



 木箱を開けるとそこには抜身の美しい刀剣が収まっていた。

 それがラヴィにとって何なのかはわからない。

 けれど、これをラヴィに返すと言う口実ならば動けると思った。


 その美しい刀身にはみじめな少年が映っていた。



 ◇◇◇◇◇



 屋敷に頼れる者が居なかった僕は、城下の商人を頼ってラヴィを探した。


 ただ、簡単にはその行方はわからなかった。

 人買いなどと繋がりのある商人はそう居るものでもないし、居たとしてもそれを表立って公言している者など居はしない。


 まともではない商売人を探さなければ――そう考えて、まずは市街で思い当たる場所で最も縁遠い大橋までやってきた。


 南にあるふたつの大橋は市壁の外にあたるため、橋の両脇は法を無視した建築で溢れていた。巨大な橋は本来、馬車が何台もすれ違える広さだったものが、今では二台がすれ違うのも危うい狭さにまでなっていた。建物を建てたのは行商人たちだ。


 市壁の中で行商人が商売をするには多くの税金が必要となる。そしてそもそも商売ができる場所自体が無い。そこで昔から、大橋を使って行商人が商売をしていたのだ。寒くはあるが、地べたよりも建物を建てるには向いている。そうして勝手に建てられた建物が大橋にはひしめいている。


 現在、大橋の南側にも市民が新しい家や倉庫などを立て始めていて、余計に大橋に行商人が集まる結果となっているが、僕はその大橋の商人達に情報を求めた。



 人買い。それは行商人たちとも縁遠い商売だったが、仲介を頼まれる事はあるようだった。つまりは立ち寄る村で子供を預かり、王都などの大きな街で人買いに売る。居なくなったのが女の子だと話すと、娼館ではないかと言われた。商人を頼って子供を欲しがる店を探すより、女の子ならその方が手っ取り早いと。


 ぞっとした。

 ラヴィがそんな目にあっているなんて考えたくもなかったが、行動する以外になかった。僕は身分を隠し、顔にもマスクをして装いを変え、娼館を巡った。娼館では当然のように売られた女の子の名前など教えてくれなかった。そこで僕は彼女のあの白金の長い髪と紫の瞳を求めて金を積んだ。


 そしてとうとう見つけた。

 白金の髪と紫の瞳の少女が居ると言う娼館を探り当てたのだ。


 しかしおかしなことがあった。

 僕の相手をした男が――これはこれは、いつもありがとうございます――などと声を掛けてきたのだ。最初、誰かと間違えているのかと思い、――都合がいい――そのくらいにしか考えなかった。


 彼女を買いたい。そう話したが拒否された。

 金なら用意すると話すが、も含めて他所には売らない契約になっていると言われた。まさか――人買いにではなく直接この娼館に売ったのか? ――そんな考えが頭をよぎった。



 ◇◇◇◇◇



 ラヴィは居た。

 とても狭く、据えた臭いのする物置のような部屋で。


 ベッドはひとつしかないのに、ラヴィともうひとりの子、ふたりで使っているようだった。彼女がここで毎日寝起きしていると思うと、胸が締め付けられる思いだった。


 ラヴィは何も言ってくれなかった。

 僕を責めているようにも見えた。


 何か言って欲しい――ラヴィの声が聞きたかった。責めてくれてもいい。


 ようやく口を開いてくれた彼女は、他人行儀にただ僕に謝罪の言葉を述べるだけだった。そんな言葉を聞きたいわけではなかった。泣いてくれてもいい。叫んでくれてもいい。罵倒してくれてもいい。ラヴィの感情をぶつけて欲しかった。彼女の心に触れたかった。


 僕は心に反してまたあのことを持ち出してしまった。

 憎い。僕を裏切った彼女が。


 だけど彼女が感情を露わにすることは無かった。

 彼女は僕をただひとりの人と言ってくれた。


 何としても彼女を取り戻したい。

 そして彼女を売ったであろう父に疑いを持つようになった。



 ◇◇◇◇◇



 僕は父のことを調べた。しかし当然のように誰からも何も情報が得られなかった。セアラも最近は様子がおかしかった。以前はあどけない笑顔をよく見せていたのに、このところ妙に煽情的な態度を取るようになった。寝間着で僕の部屋を訪れたりは珍しくなく、体に触れてくるようなことまで多くなった。


 ただ、そんなことをしている場合ではなかったのだ。

 金をかき集めてあの娼館を訪れたときには既にもうラヴィは居なくなっていた。

 どういうことかと問い詰めたが、逆にどういうことかと聞かれる。


 女剣士を売ったのか――と。


 女剣士? ラヴィが?

 何かの間違いではないかと問うが、おかげで店に出す前の娘に逃げられた。賠償してくれと。僕はとっさに――賠償するから詳しく聞かせろ――と話を持ちかけた。


 娼館の男――ターレンと名乗った――の話では、ラヴィがどこからか持ち出した剣――あの辺境伯の刀剣であろう――で自分や店の者に斬りつけ、何者かと協力して娘を逃がしたと言うのだ。その後、賠償の話になると、この店を支援しているのが父と言うことが明らかになった。



 ◇◇◇◇◇



 娼館での賠償の話を持ち掛け、父を問い詰めた。

 父は――くだらん――そう言っただけでレクトルを呼ぶと、代わりに聞けと言ってすぐに外出してしまった。声を荒げたが父には――余計なことに首を突っ込むな――と言われただけ。


 レクトルは以前と同じように――無駄なことをしていないで後継ぎとしての自覚を持つように――そう言った。僕は強く反論した。しかしレクトルは冷めた目で僕を見てこう言った。


『そうやって一人の女に熱を上げているから足元を見失って第二王子に寝取られるような隙を見せるのですよ』


 頭に血が上った僕はレクトルを殴りつけてしまった。十四とは言え、鉱国の子供は十を境に急激に成長する。十二ともなれば十分大人と変わらない者まで居る。


 レクトルは――気が済んだならくだらないことから手を引くように――とだけ言った。



 ◇◇◇◇◇



 結局、ラヴィの足取りは途絶えたままだった。街や大橋、時には娼館なども巡ってみたが行方が分からない。ただある日、れいのあの娼館が賊の襲撃を受けたと言う話を耳にした。詳しい話を求めたところ、店の男はほぼ皆殺し。女は全員連れ去られたと言う。それだけの人数が連れ去られたなら王都であれば隠しようがないはずだが、彼女たちは忽然と姿を消してしまったらしい。


 僕もラヴィが関わっているのではないかと調べてみたが、行方はまるで分らなかった。


 そんな事件があってから、しばらく後のことだった。



 ◇◇◇◇◇



「ふぅ。もう諦めました」


 夜、いつものように寝間着姿のセアラが部屋を訪れ、侍女に用意させた果物を食べていた時の事だった。


「えっ? 何か言ったかい?」

「諦めたと言ったのです、カルナ様」


「だから何を?」

「貴方を誘惑することです」


「婚約者を誘惑??」

「夜の誘いどころか口づけひとつしてくださいません」


「そう……だったかい? でも、淑女なら当然では」

「ラヴィーリア様とはしていたのでしょう?」


「口づけはね。閨を共に――」


 したことはない――そう言いかけて言葉に詰まった。


「ひとつお聞きします。カルナ様はラヴィーリア様と一緒になりたいのですか?」

「それは……そんなことはないよ。婚約者は君だ、セアラ」


「それはお父上が決めたからでしょうか?」

「そんなことは――」


 そう言いかけて思った。そうだったのではないのかと。


「――すまない。その通りだったかもしれない」


「私、実は貴方に計画的に接触しましたの」

「え……なんて?」


「貴方を篭絡するつもりでしたの」

「いつから?」


「最初からです」

「最初……講義でかい?」


「もっと前」

「もっと……まさかあのぶつかったときから?」


「ええ。ついでに申しますと噂を広められたり、噂が消えたりしたのも策です」

「えっ、どういう……」


 突然のことで混乱した。

 セアラの言ってることが理解できない。


「君はもしかして父上が差し向けたのかい?」


 僕はセアラを少し警戒した。

 父の手の者であれば信用できない。


「それは申し上げられません。それで? ラヴィーリア様とはりを戻したいのですか?」


「そうだね。そうなのかもしれない。彼女ともう一度ちゃんと話したい」

「でしたら協力してさしあげましょう。と言っても、情報を回してあげる程度ですが。せいぜい彼女を大事にしてあげてください」


「どうして急にそんなことを」

「上の意向とだけ教えてさしあげましょう。ただし、私の事は秘密です。これからも婚約者として振舞ってください。あ、口づけは不要ですので。これももうやめます」


 彼女は寝間着をひらひらとさせ、最後に果物を頬張って部屋へと帰っていった。


 このところ、ずっとセアラに感じていた違和感。

 なるほど、彼女は僕の心に触れた気がしていたけど、あれは作りものだったと言う訳か。ただ、思ったよりも自分ががっかりしていなかったことに驚いた。


 そしてこの時の僕はむしろ、道が開けたことに微笑んでいたかもしれない。


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