第22話 神殿にて

 翌日、王都へ向けて出発した。神殿での交渉には私と二人の男爵と従者、レコールとゴアマが同行することに。ロワニド殿下の一行は王城へと向かう。



 東の大通りを馬車と四騎の馬で進んでいると、レコールが声を掛けてくる。


「丘の上の様子が変です。どこかの揃いのタバードが見える」


 タバードとは、一様になってしまう鎧姿に個人を区別したり、所属を明確にするためにお仕着せの役割をしたりする袖なしのコートだ。つまりはどこかの所属の兵の一団が居る。


「あれは争ってるな」――ゴアマも眉をひそめる。


「急ぎましょう!」


 そう言うと、ロシェナン卿が御者に指示して馬車を急がせる。



 ◇◇◇◇◇



 神殿の階段下にはたくさんの馬とそれをまとめる兵士、それから丘の上を見やる一行が居た。我々が馬車を止め、駆け寄ると一行もこちらに気づく。


「何者か。神殿には立ち入るな」


 そう言ってきたのはロスタルの紋をつけた騎士だ。


「こちらはラトーニュ男爵、ロシェナン男爵だ。神殿に用がある」――ゴアマが答える。

「我々はゴーエ伯の命で動いております。閣下方とはいえ、立ち入ってもらっては困ります」


 話にならない。


「ラヴィーリア様!」


 私は駆け出した。ロスタルの一行が騒然とするが、卿らが前に出て阻む。


「レコール、行け! お守りしろ!」


 ロシェナン卿の声にレコールが私に付き、階段を登る。

 神殿には倒れた小領地の兵士が。彼らはここを守っていてくれた。

 奥ではまだ剣戟の音が聞こえる。


 しかし、こちらに向かってくる二人の騎士が青い髪の女の子を連れている。

 私は足を止め、小声でレコールに伝える。


「レコール、賢者様です」


 ただ、私はレコールの向こう側に見えた陽炎のような揺らめきから目を離せなかった。


 《幻惑ダズル》――その詠唱と共に二人の騎士は足を止め、宙を眺めたまま無防備になる。


「賢者様、こちらへ!」


 《聖域よ在れサンクチュアリ》――私の呪文の完成と共に輝く地母神様の紋様が、走り寄ったイズミを取り巻く。


「賢者様はここに。――スカルデ、イズミをお願い」


 騎士に掛かった《幻惑ダズル》はほんの数瞬のちには解けた。私は背中から引き抜いた長包丁を、レコールは両手に剣を抜く。レコールは鎧を纏っているが、私は分が悪い。それでも――。


「賢者様には触れさせません!」


 私は騎士の一人に斬りかかった。頭と胴の鎧は厚い。狙うなら関節か腕の内側、それから――。


 ガッ――激しい打撃音とともに篭手の指がひしげる。なまじ五指にしてあるため打撃には弱い。相手の薙ぎ先を狙って指に当てた。すごい、なんて凄いんだろう。この祝福の元の持ち主は、このひ弱な体を操ってここまでのことを為す。


 相対した騎士はそれでも剣を取り落とさなかった。盾で防ぎつつ手の回復を待っている。だが思っていたよりも相手の動きは鈍く、回復も遅い。私はさらなる一撃を与えようと盾越しに切っ先を滑り込ませるが、板金の鎧は長包丁のひと撫でなどものともしない。


 狙えるなら20ゲージに満たない足甲サバトン重ねラメか。足元への薙ぎと突きに切り替えると、騎士は盾で身を低くした私を殴りつけてきた。そこに隙が――。


「《盾》よ!」


 隙のできた左腕への私の斬り上げは、騎士の祝福により現れた魔法の《盾》に阻まれた――かのように見えた。長包丁は《盾》を易々と斬り裂き、そのうえ16ゲージはあろう篭手越しに騎士の腕を切り裂いた。


 騎士はたたらを踏んで数歩下がる。盾をまともに構えることすらままならなくなった騎士は、未だ心もとない右手で剣を構える。しかし私の獲物は《加速》してきたレコールによって奪われてしまう。


 レコールは右手の剣で騎士の右腕を跳ね上げ、その右腕に護剣を絡め、相手の体に固定ピンしたまま左手の短い刺突剣で騎士の右腋を突いた。崩れる騎士。


「盗っちまってすまないです」


「問題ありません、行きましょう」


 ちらと見やるとレコールが相手をしていた騎士は、目立つ負傷こそ見当たらないが既に膝をついて動かなくなっていた。



 ◇◇◇◇◇



 廃墟のような石柱の合間で、神殿を護っていた兵士がロスタルの騎士の一撃を受け倒れる。騎士は周囲を見渡し、近づく私たちを見つけ声を上げる。


「レコール、ひと太刀も浴びずにあの者を倒せますか?」


「聖女様が望むなら」


 レコールは騎士に向かって《加速》する。

 私は奥から現れた新たな騎士に――。


 ドッ――っと激しい衝撃と共に太腿に深々と太矢クォレルが突き刺さる。

 痛みは祝福が和らげてくれるが衝撃までは去なせなかった。


 私は倒れたまま太腿を石の床に打ち付け、強引に太矢を引き抜く。

 その間に騎士は新たな太矢を番えていた。


 《共感治癒コンテイジャスヒール》の完成と、新たな太矢が左腕を射付けたのはほぼ同時だった。次の太矢は左腕を裂いたが容易に抜け、《共感治癒コンテイジャスヒール》により裂傷が塞がる。


 長包丁を拾いながら向かうと、私の様子に慌てた騎士は太矢を弩から取り落とし、慌てて剣を抜く。


 私は長包丁を縦に振り被る。


 先ほど篭手を斬り裂いたエルフの刀剣。もしやと思った私は、という思惑と共に叩きつけた。


 エルフの刀剣は篭手の手首の重ねラメを裂き、中の骨へと食い込んだ。


 戦意を無くし、右腕を抱え込んで呻く騎士をよそに、血を拭っても未だ刃こぼれの見えない長包丁から目が離せなかった。


 魔剣――その言葉が私の頭をよぎる。


 ふと、刀身に映る少女を見ると恋人でも見るかのような顔をしていた。



「掠り傷ひとつ受けずに奪ってまいりましたよ」


 目の前に騎士の剣を差し出され我に返った私は、その剣に《共感治癒コンテイジャスヒール》を掛ける。倒れていた神殿の兵士がごふと息を吹き返すのが見えた。


「よくやりました、レコール」


 近くには他にも太矢を受けて倒れている兵士が居たが、まずは剣劇の音が聞こえてくる奥からだ。



 ◇◇◇◇◇



 神殿の入口前ではメレア公の紋のタバードを纏った巨躯の騎士が独り、奮戦していた。彼を囲む騎士は三人。ただ、彼の傍には孤児の子が倒れ、それを庇うキミリが居た。


 私が駆けるより早くレコールが《加速》する。彼は背甲バックプレイトの隙間から腰に刺突剣を突き立て、騎士は悲鳴を上げる。メレア公の騎士は、レコールの攻撃に合わせるように別の騎士がレコールに気を取られた瞬間を鎖付き星状球プロンメで打ち据える。


 鎖付き星状球プロンメの一撃を盾で辛うじて耐えた騎士だったが、すぐさま向かってきたレコールの手数の多い攻撃に翻弄される。私は騎士の背後に回り込みながら、レコールを真似て背甲バックプレイトの隙間を狙い、長包丁を突き立てた。


 メレア公の騎士は攻勢に転じ、鎖付き星状球プロンメで激しく打ち据えながら最後の一人の騎士を追い詰め、昏倒ノックアウトさせた。


「キミリ! どの武器!?」


 キミリが騎士の一人を指さす。私は間髪をいれず《共感治癒コンテイジャスヒール》を武器に掛けた。倒れていた子の傷が消えたようでキミリが頷く。


「キミリ、隠れてなさい」


 メレア公の騎士は――おお――と声を上げ、私に問いかけてくる。


「ラヴィーリア姫ですか? 賢者様が攫われました!」


「大丈夫。表に居ります。中の敵は?」


「まだ奥に一人」


「わかりました。表の賢者様を守ってください」


 私はレコールと頷き合うと神殿に踏み入る。私は先程の孤児のこともあり、覚悟を決めて平常心を保っていた。ただ、中に傷ついた孤児の姿は見えない。私が声を掛けながら奥へ進むと、レコールはそれに合わせて身を隠しながら先行する。


 食堂の方から現れた人影。その人影に――。


「レコール、待って! 捕らえて!」


 背後を取ったレコールは人影が振り向く前に背後への一撃バックスタブから組み付きホールドへと切り替え、首元に刺突剣を突きつける。人影もこちらをそこまで警戒していなかったのもあって容易にレコールの組み付きホールドを受けてしまう。


 ――なぜなら、それは私の見知った人物だったからだ。


「ラヴィ、これは一体……どうしてここに……」


 彼は首元に剣を突きつけられているにも関わらず、以前と変わらない声で語りかけてくれた。


「カルナ様……カルナ様こそ何故……」


「取り返すと言っただろう。君を探していた」


「なぜ賢者様を狙うのです!」


「東の領地の者が子供を攫っていると聞いた。だから父の騎士たちに同行させてもらったんだ。君が居るかもしれないと思って。一緒に帰ろう、ラヴィ」


 私は想いを振り切るように目を瞑り、首を横に振る。


「私に貴方の傍に居る資格はありません。愚かな私ではなく、セアラ様を大切になさってください」


「そんなことはない。それにセアラは君のことを大事にしろと言ってくれている」


「……私はゴーエ伯と対立する立場にあります。貴方の父上は大勢の人々を不幸に陥れています」


「父のことか……それは私も調べた。後ろ暗いことをしているのは知っているし、ここに派遣された騎士たちも様子がおかしいことは気付いてる。……だがそれで君に何ができるというのだ。戻っておいで」


「もう……見過ごすわけにはいかないのです。降伏してください」


 カルナ様は降伏し、両手を縛られた。その姿に、自分がしていることに、私は打ち震え、彼を見ていられなかった。


「ごめんなさい……。――レコール、ゴーエ伯ご嫡男のカルナ様です。捕虜として丁重に扱ってください」



 私は食堂の奥へ行き、レテシアに匿われた孤児たちを確認した。


「お姉さま!!」


 レテシアたちは私の元に駆け寄って抱きついてくる。


「レテシア、よくがんばったわ。皆も無事で……よかった。キミリたちもイズミもスカルデも無事よ。ありがとう」


「乱暴されそうになったけど、さっきの人が手を出すなって言ってくれたの。でもイズミは連れていかれて……」


「さっきの? カルナ様のこと?」


「名前は聞いてないけど、さっきまでここに居た若い男の人」


「そう……」――やはり立場はどうあれ、お優しい方なのだ。


「エイロンやジーンたちは?」


「ジーンはレンテラたちを連れて馬車で出かけてる。エイロンは朝から戻ってきてないの」


「わかった。イズミも見てこないと。みんなはレテシアとここに居てね」



 食堂を離れ、表に向かった。

 私の姿を見かけたのか、キミリたちが声を掛けてくる。


「ラヴィー、大丈夫? 顔色が悪い」


「大丈夫。レテシアも無事よ。彼女と一緒に食堂に居て」


 キミリと孤児の子は食堂へ向かう。

 表では賢者様と共に男爵ら一行とメレア公の騎士が居た。


「奴らは!?」


「引き上げて行きました。ただ、またすぐ来るでしょうね」

「馬はなんとか上げられたが、馬車は無理だな。荷物だけ取りに行かせよう」


 男爵たちは馬を階段上まで引いてきていた。


「では、それまでに襲撃者の武器を全部集めてください。それから襲撃者を残らず全員縛って我々の武器も一か所に」


 彼らは意味が分からなかったのかしばし動けずにいたが、スカルデが率先して武器を集め始めると、男爵たちも従者にも指示を出して動き始めた。


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