5-08.最後の戦い

「……終わったの?」


 晴れ渡る空の下、乾いた校庭で立ち上がった夏鈴が呟いた。

 彼女はしばらく月影の背中を眺めた後、周囲を見る。


 元通りになった校舎。

 いつも目にしていた街並み。


 山田胡桃とルリも無事で、彩音は──


「……あ、あひっ、ひぃっ、うひっ」


 よし、無事だ。


「……はぁ」


 夏鈴は安堵の息を吐く。

 そして、月影の背中に向かって言った。


「後でちゃんと説明してよ」

「まだだ」


 夏鈴はパチパチと瞬きをする。


「本当の戦いは、これからだ」


 夏鈴には分からない。

 彼は、何を言っているのだろうか。


「……ん?」


 足元に影が差した。

 夏鈴は空を見上げる。


「……うそ」


 そして彼女は、大淫魔を目撃した。



「──ドスケベ・フィールド・改」

「──アリ・ポテキ・メッソールフィム」


 大淫魔と勇者。

 かつて世界の命運を賭けて戦った二人は、同時にスキルを発動させた。


「……マジ?」


 

 *  *  *



 そこは、巨大な城の頂上。

 白と黒が混じったような大理石の上に、勇者と四人の少女達が立っている。


 彼らは空を見ていた。

 紫電が轟く薄暗い闇の中、巨大な翼を携えた淫魔が浮いている。


 その淫魔に名前は無い。

 ただ、人々は彼女を大淫魔と呼んだ。


「ソポ・ムイールキ」


 彼女はドスケベ・アースの言葉で何かを言った。その直後、不思議そうな様子で首を傾ける。そして何かに気が付いた様子で言い直した。


「逢いたかった」


 それは、母体となった少女の記憶から引き出した言葉。

 

「もう一回、しよ?」

「ああ、喜んで引き受けよう」


 勇者は言う。


「ただし、こちらの話が終わってからだ」

 

 そして、パチッと指を鳴らした。


 ──時間停止の解除。

 彼は事前に睦月の体に仕込んでおいたスキルを発動させた。

 大淫魔は数時間分の快楽を一気に受け、嬌声を上げながら仰け反った。


「五分で説明する」


 彼は少女達に言う。


「あれに負ければ、世界が滅ぶ」


 正直、意味が分からない。

 しかし、あの大淫魔が危険な存在であることは分かる。


「……後で絶対、説明してよね」


 夏鈴は肯定の意を示した。


「……」


 胡桃は何を言って良いのか分からず、彼を見ては目を逸らす。当然、彼はその様子に気が付いている。


「胡桃、良く聞け。この話をするのは一度だけだ」


 胡桃は俯きがちに彼を見た。


「お前が俺に親友の姿を重ねていること、気が付いていた」


 その言葉は胡桃に衝撃を与えた。

 しかし、彼は時間が無いとばかりに少し早口で言う。


「ルリの魂は胡桃の中で生きていた。受肉させることなど、造作もない。ただ、当時の俺では淫力が足りなかった。理由はそれだけでは無いが……一度、胡桃に消される必要があった。すまなかった」

「違う」


 胡桃は首を横に振る。


「謝るのは、私の方」

「……ほう?」

「私は……私は……」

「あまり俺を侮らないことだ」

「……え?」

「俺は全ての性癖を持ち合わせている。全てだ。俺が他者の行動に傷付き、不愉快な気持ちになることは無い。その相手が、胡桃、お前という初めての友達ならば、なおさらだ」


 彼の言葉はメチャクチャだった。

 しかしそれは、確かに胡桃の心を打った。


「直ぐに理解しろとは言わん。気持ちの整理には時間が必要だ。その時間を作るためにも──今は、共にあの淫魔を打ち倒そう」

「……うん!」


 胡桃は顔を上げた。

 その瞳には、もはや一切の迷いが無い。


「……でも、どうするの?」


 ルリが言う。


「あれ、見るからにヤバそうだけど?」

「俺の言葉を忘れたか?」


 彼は言う。


「俺は最強だが、その勝利はいつも戦う前に確定している。この状況を打破する用意も既にある」


 彼は指示を出す。


「カリン、スライムとの戦いを思い出せ」

「……ええっと?」

「敵に突っ込め。大淫魔が不完全なうちに、可能な限り多くの打撃を与えろ」

「……それ大丈夫? あーし、一撃でも喰らったらヤバくない?」

「安心しろ。俺のスキルによって、俺と彩音の二人でダメージを肩代わりする」

「!?」


 彩音は飛び起きた。


「そ、そそ、それ、私、死ぬのでは?」

「案ずるな。八割は俺が請け負う」

「残り二割の危険度が分からないのですが……」

「一撃あたり、二時間の触手攻めと同程度だ」

「しょ……っ!?」


 彩音は大きく仰け反った。


「それ、やっぱり死んじゃうのでは!?」


 その瞳は輝き、口からは涎が溢れ出ている。

 月影は「もう大丈夫」と判断し、次の指示を出すことにした。


「胡桃」

「放置プレイ!?」


 彩音の悲鳴を無視する。


「ルリと共に魔力を溜め、あの大淫魔にエターナル・スターリーを放て」

「……分かった」


 彼は軽く息を吐き、大きく吸い込む。

 そして、複数のスキルを発動させた。


「なんか、あーし光ってる?」

「バフだ」

「フィリピン語で臭いって意味だっけ?」

「全ステータスを向上させた」

「……なるほど」


 その光は他の三名にも与えられた。

 そして数秒後、大淫魔の痙攣が終わる。


「……あぁ、気持ちよかった」


 大淫魔の目が動く。

 そして、小さな人間達の姿を瞳に移した。


「んぎぃぃぃぃ!?」


 ただそれだけで、彩音は身悶えした。


「淫視の魔眼だ。気を付けろ。目が合っただけで淫力を削られる」

「あーしエグい固有名詞よく分かんないけど、目を合わせちゃダメってことね」

「ああ、その通りだ」


 静寂。

 そして──


「今だ! カリン、攻撃を開始しろ!」


 人類の命運を賭けた戦いが、人知れず始まったのだった。




【あとがき】

 説明する機会が無かったのですが、

 最初に大淫魔が飛び去ったのは、淫キャが事前にマーキングしていた場所に淫キャが居ると勘違いしたからです。つまり淫キャが最悪の敵を遠くに誘導したってわけ。流石だぜ。また、大淫魔ちゃんは初めての男が忘れられず、魂だけになった状態で、異世界まで追いかけて来ました。純愛だね。

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