第9話 自称天使の勧誘



「……っ、頼むから……自害してくれ」


 最悪なタイミングで厄介な奴が現れたものだ。何が悲しくて『異なる者』を同時に、二体も相手をしなければならないのだ。

 それにショウメイは討伐したところで、報酬が出るわけでもない。俺の家の電気代が少し上がるだけだ。それは分かっているが、素直な感想を口から零れた。


『あらあら、そんな虚勢を張って……。簡単なことですよ? 私を信じ、認めてくださればいいのです。苦しみも不安からも、私が全ての脅威から貴方を守って差し上げます』

「一昨日来やがれ」


 ショウメイは俺の頬を両手で包み込むと、優しく微笑む。何度見ても胡散臭い笑みである。この誘い文句は聞き過ぎて、耳にタコができるほどだ。


『……むぅ、我が儘ですね』

「いや、お前。なんかしただろう?」


 この厄介なストーカーは昔から、俺が困る場面に現れては馬鹿な台詞を口にする。如何にも窮地に現れたヒーローのような口調だが、これは全て奴の仕掛けた罠だ。自作自演であることは知っている。


『ふふっ、バレテしまいましたか。ですが私は少し手を加えただけですよ? この『おネこ様』はクラゲを食べるそうですね。真尋、あのクラゲを掴んだでしょう? 臭いがついていたようで……先程まで私の力で隠していました』 

「馬鹿野郎がぁ……」


 俺の顔から手を離すと、悪戯が成功し無邪気な子どものような笑みを浮かべるショウメイ。眉間に皺が寄る。

 つまりこいつは、俺がスマホを出したタイミングで『おネこ様』に俺の存在を気づかせた。そして自分の目的を達成する為に、俺を襲わせているのだ。何時も通りと言えば何時も通りなのだが、今日は些か虫の居所が悪い。

 俺は左腕を曲げ、触手の根元の方を掴むと『おネこ様』の顔を引き寄せる。


『#4%&#‘&%$%&#!!??』

「だから、日本語を話せよ……じゃなきゃ、黙っていろ。引っこ抜くぞ?」


 獲物だと思っていた俺からの行動に、奴は奇声を上げた。煩わしいこと、この上ない。俺は左腕に更に力を込めた。捕獲依頼ではあるが、生きていれば無傷でなくても良い筈だ。多少、躾てから帰した方がいいのではないだろうか。そう思いながら、『おネこ様』を睨み上げる。


『…………』


『おネこ様』は俺の左腕から触手を外すと、俺を床の上にそっと降ろした。そして倉庫の隅で蹲る。巨体が若干振動しているようだが、寒いのだろうか。猫は寒いのが苦手だった気がする。棘ではなく毛を体に生やせ。


「はぁ……」


一体の『異なる者』が大人しくなったことに、溜息を吐く。


『あらら、意気地のない仔ですね』

「煽んな、馬鹿野郎」


 俺の隣に問題児のショウメイが寄ってくるが、無視をしてスマホを探す。担当者に『おネこ様』を捕獲した報告をする為だ。


『私は真尋の為にしているのですよ? 私なら真綿に包み、優しく愛して差し上げますよ?』

「うぇ……絶対に嫌だ。気持ち悪い。生理的に無理。この太陽系から出ていけ、迷惑勘違いストーカー人外」


 上から覗き込むように、ショウメイが視線を合わせてきた。金色の瞳に、眉間に皺を寄せた俺が映る。この自意識過剰で阿保な程の、自信は何処からやってくるのだ。蚊を追い払うように、手を左右に振りショウメイを視界から退かす。


『まあ、今のところはこれぐらいにしておいてあげましよう』

「お前を頼るとか一生ない」


 妥協するような口ぶりに、話が通じないことを改めて認識する。誰がこんな奴の世話になるものか。ショウメイを照明として使用しているのは、頼っているからではない。俺の迷惑料としての正当な対価である。

 本来ならばそれ以上の請求をするところだが、この馬鹿は自分の都合の良いようにしか物事を判断しない欠陥品だ。面倒事を避ける為に、俺が妥協していることに気付かない愚かな『異なる者』である。


「あ、あった」


 スマホを拾う為に、床に手を伸ばす。


 かさり。床に敷き詰められた紙が音を立てた。


「……あ」


 薄茶色の紙の正体は、人間の皮だった。

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