第27話 情報収集第四PHASE 偽造作戦――気持ち
姉妹なのだから当然と言えば当然なのだが、三依の優しさはどこかさよと似ている。
決して相手を一方的に責めないでいて、相手の意見を尊重し相手に自らの道を選ばせる寛大さと言ったら少し大袈裟かもしれないが、それだけ心の器が大きいと素直に思う。身内が野田家に捕られた一大事の時でありながら、冷静な対応をしてくれる三依。恐らく、手に持っている注射器だって最初から渡すつもりだったのだろうし、今夜話そうと言ったのは行くならせめて明日行けと言う無言のメッセージなのではないかと思ってしまう。きっと今から唯と話して決心が揺れても揺れなくても三依はそれを受け止めてくれる気がする。まるでどう転んでも全てを覚悟しているような無言の圧をさっき俺は感じた。
「唯さん?」
ベッドの横にある椅子に座って声をかける。
今は泣き止んで、すごく大人しい。
こんなときでありながら目の下が腫れて赤くなっていて可愛いと少し思ってしまう。
「ごめんなさいね、さっきは取り乱して。それでどうしたの?」
唯はベッドに寝たまま首を動かしてこちらに振り向いて。
「私に相談? それとも甘えたいの?」
それから返事を待たずしてクスッと笑い。
「冗談よ。それで何が聞きたいの?」
俺の表情から何かを察したのか唯が問いかけてきた。
「教えて欲しいんです。俺はこの後どうすればいいのかを……」
ここまでボロボロにされた姿を見れば嫌でもわかる。
自分と総一郎では力の差があり過ぎる。なにより正面から闘っても絶対に勝てないと。人を見下して置きながら、油断も隙もなかった。むしろ冷静に状況を分析し唯やさよに攻撃していた総一郎に自分では力不足だと身体が知ってしまった。だけど脳はその逆。それでも唯を酷い目に合わせ、さよを人質として捕縛し、用済みになれば下種なことをするかもしれないと思うと居ても立っても居られなくなるぐらいに怒っている。相対する意見が俺の心と体の中で生まれ、今は迷いに迷っていてどう行動すべきなのか正解が全くわからないでいた。
「そうね……」
唯は少し間を開けて口を開く。
「私のために頑張らないとって思ってるんならもう頑張らなくていいわ」
「えっ……?」
「前にも言ったと思うけど私は刹那が幸せに生きてくれればそれだけでいいの。だから私のために頑張って死なないで欲しいわ」
「…………、」
なんとも言えない表情になった俺に、唯は弱々しく笑って、
「大丈夫よ。私なら大丈夫。それにさよも」
「…………ッ、そんな保障なんて……」
「あるわよ。戦闘中に総一郎が私に言ってきたわ。家宝を返して欲しければ野田家に嫁ぎに来いと。そして家宝は野田家が預かっていると」
「それって!?」
「そうね。私がお嫁に行けば全てが解決するってことよ。結局のところ野田家は最初からどんな形でも私を逃す気はなかったってこと」
「待ってください! まさか行くつもりなのですか!? ダメです! そんなの! そんな事をしたって誰が喜ぶんですか?」
「誰も喜ばない、と言いたいところだけどアイツらはきっと形はどうあれ喜ぶのでしょうね」
アイツらが誰かはすぐにわかった。
この世は力が正義なのかもしれない。
力がない者は力がある者に従わなければならないのかもしれない。
「とにかく私の復讐劇はどうやらここまでのよう。Sランク魔法師に最も近いAランク魔法師なんて言われても今はその実力すらない落ちこぼれAランク魔法師なのだから……いたっ……」
俺が口を開いて否定しようとした瞬間。
唯がこめかみを抑え苦痛の表情を見せた。
今までだったらこんなに頭痛を発症させることはなかった唯が頻繁に頭痛に苦しめられている。恐らく、トラウマが強くなり、自分の力ではもう抗うこともできないと絶望を知り、それを脳が強いストレスと捉え始めているのかもしれない。唯は一体どんな気持ちで今俺に話しているのだろうか。それに助けてとは言わない。まるで唯は俺なんかよりとてつもない苦渋の決断を心の中でしていて俺に否定されると分かったうえで言ってきたのではないだろうか。俺が傷付くことよりも自分が傷付くことを選んだ唯は『愛』と言う強さを持っているのだろう。
静かで弱々しい声は、いつもは逞しく力を与えてくれてかつ明るい笑顔とは対照的だったからこそ自分が無力であると言われた気持ちになってしまう。だけど脳は反対に『決意』する。自身もまた弱い自分と向き合うことを。
三依にしたってそうだ。
身内が人質に捕られた。その事実はとても辛く悲しいことなのは百も承知。
なのに一言も責めてこなかった。
俺からしてみれば二人が何を抱え何に苦しんでいるのかは関係ない。
ただ大切な人が苦しむのを見ていられなかっただけなのだから。
とにかく総一郎、総次郎、龍一、康太の四人を殺せばそれで全てが解決すると思っていた。
「本当は知りたいんでしょ? 私がなぜ野田家にここまで執着されているのか?」
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