第17話 情報収集第三PHASE 偽造作戦――警戒
それから、家電とは別に家具も別のお店で見た。
夕食を済ませた頃には日が沈み始めていて帰宅の時間が近づいていたのだが、最後にさよがどうしても俺に見せたい物が言うのでカモミールモールを後にしてサルビア街に知る人ぞ知る高台があるらしく一緒にやってきた。
「ここです。ここは殆ど人が来ないんですけど、ここから見える景色は絶景なんです。せっかく私たち初めてのデートでしたし、最後に素敵な光景を共有できたらと思ったんです」
俺は高台から見える景色を見て、すぐにその通りだと思った。
オレンジ色の夕焼けが俺とさよしかいない高台を照らし二つの影を繋げる。
まるで二人で一つだったように影が途中で重なりあっている。
ふとっ、俺は綺麗な街景色を眺めながら思った。
憎しみは誰かと同じ時間を共有することで一時的に忘れることができるのかもしれないと。
ただしそれは万能ではないことを俺は知っている。
一見平和にしか見えないこの街も権力、欲望、お金、様々な力に支配されていて、誰かが苦しんでいるのだと。
俺が前居た世界もそうだった。
綺麗な街並みは皆が平和に暮らしているのだと教えてくれる。だけどそれは虚像でまやかしに過ぎない。
彼女が浮気をしている現場を見た俺は今でも忘れない怒りと憎悪を心の中で飼っている。それは他の感情で上塗りできるようなものじゃない。多分目の前に浮気相手の男と彼女いや今は違って元彼女が現れたらと俺は一体どうするだろうか。
「綺麗な景色ですよね」
「はい」
――だけど、と俺は思う。
どんなに綺麗な景色を見てもどんなに楽しい時間を過ごしてもどんなに素晴らしい出会いを得ても癒えない傷がある。
魔法と呼ばれる超常現象が扱えるこの世界でも魔法が一切ない世界で得た傷が癒せないとなると俺のこの傷は一体いつ癒えるのかと疑問に思ってしまう。
そこで、さよに問う。
「魔法って人を救うため? それとも傷つけるため? どっちのためにあるんだと思いますか?」
「えっ?」
「俺……。魔法がない世界で絶望しました。そしてこの世界でも絶望したんです。俺が弱かったから……俺は今も昔も何一つ変わってないんです」
自然と握られた拳を震わせて。
俺の隣で景色を眺めて、「う~ん」と少し考えてから。
「私たちは人間です。神様ではありませんよね?」
どこか遠くの世界、もしかしたら遥か彼方に存在する世界を見るような目で言う。
「昔両親を亡くした若い女の子がいました」
少し懐かしむようにして、だけどどこか悲しそうな声で続ける。
「死因は大人の利権が絡んだ身内による暗殺だったらしいです」
「…………」
「だけど女の子は今も生きています。そう、当時の女の子には抵抗する力がなかったためです。力がないから暗殺者の気まぐれで助かった命があります。力がなくても結果論ですが救える命もあるかもしれません」
「でも絶望から生まれた喪失感と憎悪は――」
「――消えないかもしれません。だけどそれを知っている者なら同じ道を歩む者を救えるかもしれませんよ」
チラッとこちらを見ては視線を戻す。
まるでなにかを期待したような眼差し。
だけど哀しそうな目に俺は想像が付いた。
力がないことが悪いことではないのだと。
力がないことを言い訳にしてなにもしないことが悪いことなのだと。
俺はずっと迷っていた。
今日の演技を通してさよのことを知った。
だからこそ、勝手に信じて相談してみた。
この答えのない俺の気持ちをどうにかしてくれるかと思ったから。
こんなにも俺に勘違いさせてくれるほどに優しい(偽物)彼女に。
自分の本当の復讐は一生成し遂げることができないと分かっているから。
「俺には果たさなければならない二つの復讐があります」
「一つは想像が付きますが、もう一つはなんですか?」
「前居た世界での復讐です」
――俺は今でも思い出したくない二人の顔を思い出す。
思い出したくはないが、絶対に忘れてはいけない顔。
「そうですか。それは大変そうですね。コインの表と裏は決して交じり合うことのない存在。ですが何かの拍子で交じり合うことがないとは言い切れません」
――つまりは可能性がある。と言いたいのだろうか。
「本来一人しか持たない魔法をこの世界ではオリジナル魔法と呼びます。ただしそれは遠い過去のお話です。今は異世界から来た者がその瞬間から扱えたり正当な継承者と一部の者が同時に扱えることだってあります。転生についてはまだ解明されていない事実が多くハッキリとはわかりませんが、魔法とは時間軸や私たちの知る法則を超えた力を持っているのでは、と私は最近考えております。先ほど刹那様が言われた魔法とは人を救うためか傷つけるためかと聞かれましたね。その答えはそこにあるのではないでしょうか」
――物理の法則を超えた存在。
――未知なる力を秘めた存在。
それが魔法と言いたいのだろう。
たしかに可能性の話しとしては充分に考えられる、か。
いや、さよの言っていることに思い当たる節がある。
あの日語りかけてきたもう一人の俺の言葉にその可能性が含まれていた可能性がある。
「すなわち俺の復讐が叶う確率はゼロではないと?」
「えぇ!」
笑顔で即答したさよは輝いていた。
まるで俺が求めている答えを照らす太陽のように。
なにより今俺とさよを照らしている夕日のように美しく輝いていた。
「ふふっ、少しは迷いが吹っ切れましたか?」
「はい」
「最後の方で女の子とのデート中になにか考えごとをしているように見えましたので傷付いた女の子は自分の心を癒したくてここに来たのですが正解でしたね♪」
「あっ、いや……その……すみませんでした!」
俺はさよに頭を下げた。
あー、情けないし申し訳ないと思う俺の頭を持ち上げる。
だけど、夕日がちょうど俺たちの顔を眩しく照らす。
「冗談ですよ」
そう言って今度は問答無用に俺の希望を切り捨てるかのように。
冷たい声と視線で弱虫の俺に向けて一直線に。
「彼氏としての自覚が足りませんね。徹して役を務めることができないとは」
「――っ……」
「後一歩が足りないようです。我慢してくださいね」
絶句する俺にさよが追撃を加える。
沢山の意味で完璧を演じていたさよから見れば俺は彼氏役に不十分だったと言われた。
心当たりは沢山ある。
さっきまでの笑みが嘘みたいだ。
夕日が眩しくてハッキリとは表情が見えないが急に小声で怒りだしたさよに俺は何も言い返すことができなかった。
――瞬間。
俺の時間だけが強制的に止められた。
――――。
――――…………。
長い沈黙の後に見せてきたさよは笑顔で声を大きくして口を開いた。
「愛しております、刹那様♪」
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