第26話 トレーシーとアルバスは粛々と開発に取り組む
「おはようございます、アルバス先輩」
「おはよう、トレーシー君っ!」
笑顔で挨拶を交わす二人の朝は、いつもと同じように始まった。
昨日、夜会があった事など無かったかのような平常運転の朝である。
魔法省研究開発部は、いつもと同じように変わり者たちが好き勝手に何か得体のしれないことに取り組んでいた。
常識がありそうな顔をしているトラントですら平常運転だ。
誰か一人くらいツッコめよ、と、思うぐらいの平常運転の朝である。
「開発はどんどん進めて貰わないとね。予算を全部使い切るつもりで働いて頂戴」
「「はい」」
上機嫌で去っていくトラントの広い背中を見送りながら、トレーシーはアルバスに話しかける。
「アルバス先輩。今日は、どの辺をやっちゃいましょうか?」
「そうだねぇ。魔法薬も進めたいし、ロマンチック魔道具もやりたいよね」
「ああ、それなら先に魔法薬ですね。馴染ませるのに時間を置かなきゃならないから」
「そうだね。先に魔法薬の調合を進めて、待っている間にロマンチック魔道具をやろうか」
「はいっ」
(でも、ロマンチック魔道具って命名は……どうなんだろうか?)
首を傾げるトレーシーであった。
その向かいで、アルバスはマイペースに薬草を机の上に並べていく。
いくつかは乾燥させた状態。
いくつかは、液状の抽出物になっている状態。
いくつかは生き生きとした草の状態で並んでいる。
「候補は、この辺かなぁ」
「そうですね。後は調合した後に考えた方が良さそうですね」
大きな鍋の中に、アレやらコレやらを入れて魔力を流しながら混ぜ合わせていく。
「このくらいで大丈夫ですか? アルバス先輩」
「ああ、丁度いいよ」
トレーシーとアルバスの魔力が、鍋を介して混じり合う。
鍋の中に放り込まれた薬草たちは、魔法の力を借りながら魔法薬となっていくのだ。
ポイポイと薬草を入れられた鍋の中は、青くなったり赤くなったり忙しい。
「なかなかの臭いですね、アルバス先輩」
「ああ、そうだな。その辺も後で調整しよう。コレは飲む用で考えているけど、あまりに飲みにくかったら塗り薬だな」
「そうですね」
今、作っているのは妊娠させやすくする薬だ。
「健康状態を良くしないと、妊娠しにくいから。その辺を考慮しつつ……」
「美容にも良い魔法薬を目指す、ですね」
「そうだね」
「お肌ツヤツヤのピカピカなら、魅力的に見えますしね」
「そうだね」
「男性も女性も、肌艶が良くて健康な方が魅力的ですし、結果として妊娠しやすくなりますよね」
「そうだね……でも、ぶっちゃけ。媚薬の方が早くないか?」
「媚薬だと、消耗しちゃいますよね? それだと、かえって妊娠しにくくなるのでは?」
「そうかなぁ……まぁ、美容や健康の魔法薬に関してはキミの方が詳しいし……」
「試して貰いながら、また検討しましょう」
「そうだな。まぁ、研究開発部には新婚カップルも不妊で悩むカップルもいて実験に協力してくれるそうだから」
「他部署でも協力を申し出て下さっている方はいらっしゃいますし」
「ん、実験段階の魔法薬を自ら試そうとは、なかなか大胆な方々だとは思うが。トレーシー君の信頼と実績がスゴイからな」
「え? そうですか?」
「だってキミの魔法薬、凄く売れてるでしょ?」
「そこそこは売れてると思いますが……私にはよく分かりません。父に任せていたので」
「んー、そっか」
「アルバス先輩、そろそろ良いのではないでしょうか?」
「ああ、そうだな。この辺でやめて……少し馴染むのを待つか」
二人は鍋に魔法を流すのを止めた。
鍋の中は、ゆらゆら揺れる水面が緑色に発光していて妖しげだ。
「少し時間が経てば馴染んで……もう少し、マシな感じになるでしょう」
「ん……緑よりピンクの方がソレっぽい……」
「そうですか? 美容関係は効果があれば、色なんて気にしないですよ? 臭いも感触も、どうでもよくて。結果が全てです」
「うっ……女性は強いな?」
「まぁ、こと美容に関しては。そうですよね」
「男性は、臭いとか不味いとか嫌な感触とか……我慢はしないな? ん、美容に興味がないからか?」
「美容に興味がない方は、そうでしょうね」
「だからだね、不妊をどうにかしようって気持ちのない男は多分、我慢しないよ?」
「え? 不妊治療をしたいから不妊治療の魔法薬を飲んだり塗ったりするのでは?」
「だって男は、自分に原因があるとは思っていないもの」
「あっ……」
「まぁ、だから……なかなか難しい問題というか……」
「でしたら、味とか臭いとかも検討しましょう。そうしましょう」
「うん、そうだね。だからさ、ロマンチック魔道具の開発の方も頑張ろう?」
「雰囲気を盛り上げる、ですか?」
「そうだよ」
「それよりもリラックス優先の方が、妊娠しやすくなるのでは?」
「いや、リラックスしちゃったらダメだろう?」
この後。
不妊治療においては男性側に立つか、女性側として考えるかで対処が異なることに二人が気付くまで。
少々の時間を要したのであった。
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