風が吹けば桶屋が儲かり、鼻が詰まって癌が見つかる

奈良原透

告知を受けたのは晴れたの月曜の午後だった。

突然、すい臓がんの告知を受けた。


都心にある総合病院の診察室。


へ~、俺、癌だったんだ、、、と軽い驚きを感じた。


突然とはいっても事前に検査入院をしていたのだから予告はあったのだが、これまでに健康診断の“要再検査”判定で何度も検査を受け、いずれも問題はなかったので、今回も大きな病は発見されないものとタカをくくっていた。


実際になんの自覚症状もなかったのだけれど、お医者さんが嘘をつくとも思えない。


その若い医師は、目を逸らし、検査結果の紙を見ながら何気ないことを告げるように「検査結果は、“ガン”ですね」と言った。


恐らく、私の心情をおもんぱかってさらっと告げたのだろう。


その若干緊張気味の若い医師の横顔が、微笑ましく、有難かった。


その宣告を受けたとき、軽く驚きはしたものの、なぜか平静だった。


まるで他人事のような感じ。


そして、癌である以上、治療を受けなきゃな、、、という考えが浮かんでくる。


約一年半に渡り3ヶ月に一回受けてきた検査の結果、膵臓の形が通常ではない状態が続いていると言われた。


画像に影は映っていないが、すい臓にがん細胞が存在する場合にそのような形になることが多く報告されており、念の為の検査を勧められた。


その際に、癌が発見された場合には、切除手術が必要との説明は受けていた。

 

「じゃぁ、手術はいつごろになるんですかね、、、」


仕事の都合やら、趣味の観劇のチケットの予定がある。


自分の中にあるという“ガン”と呼ばれる存在よりも、目先のスケジュールの心配のほうが先に浮かんだ。


緊急入院で手術なんてことになったら、急いでそれらを調整しなきゃいけない。


それに家には2匹の猫がいる。


ペットホテルに預けるなり、誰かに世話を頼むなりしなければならない。


一方で、もし、自分の身体の中に癌細胞なんてものがあるなら、さっさと取ってしまいたいというのも本音だった。


だからいつ入院するのかが最優先事項で頭に浮かんだ。


手術の日程を最初に気にした私を若い医師は驚いたように見、そして明らかな安どの表情を浮かべた。


冷静に考えてもみれば、癌を告知されたら、まずは混乱し、その検査に間違いはないか、進行の程度はどの程度なのか、、、といった質問をまずするのがセオリーなのだろう。


告知の時、混乱する患者をなだめなければならない医師の方が、結果を聞く私よりも緊張していたのは想像にかたくない。


ところが、私があっさりと事実を受け入れたので、その緊張がほぐれ、ホッとした表情を浮かべたのだと思う。


私の目を見て、幸運なことに早期発見ですから、しっかり治療すれば大丈夫というようなことを話す。


そして、


・膵臓で見つかった私の癌は、正式名称はすい腺癌ということ。


・ここまでは膵臓内科の方で検査等をしていたが、この後は、手術となるので、膵臓外科に担当が移ること。


・詳しくは外科の医師から説明すると思うが、初期の癌でステージ0といってもいいくらいのステージ1の状態なので、早めに処置をすれば治癒するであろうということ。


・手術の日取りはこの後、執刀医となる内臓外科の先生と打ち合わせることになるが、緊急に入院する事態ではないこと。


等々を、私を安心させるようにゆったりとした口調で、若い医師は丁寧に説明してくれた。


すい臓がんの早期発見は非常に困難で、私の場合はとにかく幸運だから大きな心配はいらないと何度も何度も口にした。


そして次は別の階にある内臓外科の担当医から手術の説明を受けることになった。


今から回想すると、私が他人事のように感じながら説明を受けてたのは“ガン”という事実が大きすぎ、軽く脳みそがフリーズ状態に陥り、取り乱すことなく淡々とした態度を保てたのだと思う。。


なぜなら、その日、大きな病院のあちらこちら、膵臓内科、相談室、膵臓外科、入院相談センター等で受けた説明は覚えているが、時系列、その間の行動などの記憶が曖昧なのである。


例えば、診察室脇にある相談室で軽い説明を受け、その後、正式な意思との相談をするために内臓外科の待合室に行って、そこそこ待ったはずなのだが、待っている間の間の記憶はほとんどない。


家に帰ると大量の説明資料や私自身のサインがある各種同意書が出てきて、それぞれに説明を受けたので、かなりの時間を擁しているのだけれど、、、


待ち時間の間、座ったままでいたのか、いつものようにうろついていたのか、飲み物を買ったのか、スマホをいじっていたのか、、、そして、説明を受けているとき自分がどういう心の動きだったのか、、、、


鮮明に覚えているのは大病院の窓から見た空が本当に美しい青空だったということだ。


澄んで高く突き抜け、絵画のように白い雲が浮かんでいる。


その青空だけは鮮明に覚えている。


私が“ガン”告知を受けるに至ったのは、本当に予期せぬ偶然の積み重ねの結果だった。


“風が吹けば桶屋が儲かる”


それを地で行くような流れだった。


まずはその過程を順を追って書こうと思う。



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