第13話「ヒロインは遅れてやってくる」
◆◆◆
ごぼ、ごぼ……と肺から空気が漏れ出ていく。
──ああ、そうか。死ぬんだ、私。
アカリは、静かに、静かに思った。
あっけないものだ。
意外なほどに、心は静かだ。
思い出すのは、母の手ひら。
いや、手のひらを、思い出したかった。
強くて、明るくて、人気者のお母さん。
唯一無二の、冒険家。
仲間に囲まれて、いつだってダンジョンの先を目指していた。
いや、そうじゃない。アカリは思う。
あの人が目指していたのは、自分の可能性の先だった。
諦めないこと。
何度でも立ち上がること。
前を見据えて、俯かないこと。
アカリにとっての不屈の象徴が、母だった。
自分も、そうなりたかった。
もういないお母さんの背中を、追いかけたかった。
ダンジョンに潜れば、潜り続ければ、いつかはお母さんに会えると。
お母さんみたいになれると、無邪気に、信じていた。
(おかあ、さん……ききょう、せんぱい……)
誰もいない、暗い場所。
ダンジョンの底の底、ひとりぼっちで地底湖の底に沈んでいく。
だれも、アカリを見ていない。
栄光もなければ、賞賛もない。
何一つ、母が得ていたものを手にすることはできなかった。
能力もないくせに、無茶した自分にお似合いだと。
アカリは、そう思った。
(──でも)
でも、でも、でも!
ちがう、諦めたくない、もっと……もっと。
(もっと、みんなと、冒険したかった……ううん、冒険、したい!)
ごぼっ!
肺から、空気が、漏れ出ていく。
けれど、それは諦めではない。
(生きたい!)
潰れた左半身が、みるみる再生していく。
ぷちぷちと、細胞が分裂する音が聞こえるようだ。
そして。
(……? なに、これ。あったかい……すごく、温かい)
背中を、温かい手で押されている。
そんな感覚がする。
この地底湖は、何かがおかしい。
例えば、これが……違う世界に通じているみたいな。
──アカリ。
息を呑んだ。
アカリは思わず、振り返る。
振り返った先が、水底なのか。それとも水面なのか。
それすらも、わからなかった。
けれど、アカリの視線の先には。
(……お母さん?)
懐かしい、懐かしい姿が見えた気がした。
瞬間。
アカリの体が、ぐんっと引っ張られた。
温かい、もうひとつの手が──アカリを引き上げた。
◆◆◆
「アカリちゃん!」
地底湖からまるでゾンビのように這い上がってきたアカリの手を、桔梗は決して離さない。
倒れ込むアカリ、みるみるうちに治癒が進む体。
しかし、見るからにその体からは血の気が失せている。
「やべぇ、アカリ!」
「レイちゃん、お願い! アカリちゃんを助けて!」
はやく、はやく病院に連れて行かなくては。
超自然回復は、アカリが意識を保っていることで加速する。
気絶している今、アカリはほとんど丸腰の人間と変わらない回復力しか持っていないのだ。左半身こそ再生しているが、その失血を補うのは難しい。
「わ、わかった!」
「
「……パピよん☆さん」
北加瀬こそパピよん☆が、ぱっちんとウィンクを送った。
すでに
「背中任せた、行くぜ!」
「は、はい!」
最短距離を走りたい、そう思ったとき。
『……ぴ』
「ツッチー!」
もちもちのツチノコが、桔梗達の前に躍り出た。
「案内してくれるの?」
『ぴぃっ!』
ツッチーは力強く飛び跳ねた。
レイが不敵に笑って、アカリと桔梗を背負う。
「でも、三人背負うのはさっすがにキツい……」
「おねがい、どうにか……」
影人魚から回復した、梨々子の運搬も火急の課題だ。
桔梗は、どちらの友人も救いたいと願っている。けれど、彼女の腕はあまりにも非力だ。
「……貸しなさい」
「え?」
梨々子を抱きあげたのは。
「ニコラ、ちゃん?」
「……桔梗。あなただけが、この子を諦めなかった」
ニコラは呟く。
同級生がダンジョン内で行方不明になる、という事態をニコラはどこか他人事のように思っていた。そして、梨々子をもう死んだものと思い込もうとしていた。
ぐったりとしている梨々子を、ニコラが背負う。
「冷淡な私の、せめてもの罪滅ぼし」
たん、とニコラは地面を蹴る。
グングンと加速し、レイとニコラは地底を駆ける。
あの湖のある第四層へ、三層へ、二層へ……。
地表は目前だ。
「……でも、救急車って手配されてるのかな」
ニコラの声に、桔梗が凜として呟いた。
「大丈夫、車さえあれば──」
「へ?」
──地表。
ダンジョン内から突如として現れた桔梗達に、周囲にいた人間たちはざわめいた。
救急車は手配されていたけれど、地上にあつまったパピよん☆のファンたちの間で起きた軽い将棋崩し事故の処置に追われていた。
「……あの、その車!」
桔梗は叫ぶ。
ダンジョンから出たことで、レイとニコラの身体強化が解けて背負った少女の重みがのしかかる。
「その車、貸してください!」
桔梗の剣幕に、ミニバンの持ち主はキーを渡す。
途端に、桔梗は運転席に転がり込む。
「さあ、乗ってください。早く!」
ぶぉん、とエンジンを蒸す。
桔梗の口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。
「いっきますよおおぉおっ!!」
アカリと桔梗を乗せたミニバンは、救急病院へと疾走した。
その卓越したドライビング・テクニックと常軌を逸したスピード、そして運転席に座る血走った目をした小動物系少女をとらえた動画はたちまち話題を掻っ攫った。
無免許運転が信じられないくらいに滑らかな運転により担ぎ込まれた病院で、アカリと梨々子は即時入院となった。
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