第5話 目覚めとバズ


「完全に寝坊ですのおおおおおおお!」


 なぜか錯乱爆炎石男とともに病院へ放り込まれて「異常なし」と帰された翌朝。

 ベッドから飛び起きた山田カリンは慌てて身支度をととのえていた。

 

「なんでアラームが鳴らなかったんですの!? ってスマホの電源切れてますわ!? 充電はしてるのになんで……あ、そういえばあの錯乱男性を運んでいたときにやたらとスマホがうるせえから『それどころじゃねえですわ!』って電源切ってそのままだったような……」


 昨日は同業者をボコって焦りまくっていたうえになぜか病院で色々と検査されるハメになり気疲れしたので、ご飯とお風呂を済ませたあとはそのままスマホをいじる間もなく眠ってしまった。


 そのせいでスマホの電源を切りっぱなしにしており、それが今朝の寝坊に繋がったらしかった。


「不覚ですわ……それにしても昨日はどうしてあんなにスマホがうるさかったのでしょう。まあどうせ迷惑メールやダンジョン探索グッズの告知でしょうけど」


 ダンジョン探索者登録をしてると着信拒否できない宣伝メールがきて鬱陶しいですわねぇ。金欠で買えもしないのに……と呑気なことを思いながらカリンは身支度の傍らスマホに電源を入れる。


 ピピピピピピピピピ。


「ん? 電話? って、真冬ですの? なんでこんな朝早くから……」


 スマホに電源が入った途端鳴り響いたその着信音にカリンは思わず手を止めた。

 中学からの親友兼同級生である佐々木真冬の名前がそこに表示されていたからだ。


 普通なら寝坊した朝の電話などいったんスルーしてもよかったのだが……相手はカリンがダンジョン配信者になるにあたって色々と相談に乗ってくれた大親友。こんな朝早くから電話をかけてくるなど初めてということもあり、身支度しながらスピーカーモードで電話に出る。


「もしもしですわ?」


『あ、カリン。やっとでた。あんた凄いことになってるね。どうせすぐ学校で会うのにびっくりして思わず電話しちゃったわ。おめでとう』


「? なんの話ですの?」


 普段はドライな親友の声が珍しく弾んでいることもあって、カリンは怪訝そうに首を傾げる。

 すると電話口の真冬も「え?」と面食らったように声を漏らし、


『え、ちょっと。スマホの電源が切れてるなぁとは思ってたけど、まさかあんた自分がいまどうなってるのか知らないの? 昨日からずっとネットチェックしてないとか?』


「ええ、ちょっと色々ありまして。ダンジョンから帰ってすぐにすやすやでしたの」


『なるほど……こんなことになってるのに私に電話してこないなんて変だと思ってたらそういうことだったか……』


「? なんなんですの?」


『説明しても信じないだろうから、まずはスマホのホーム画面チェックしてみな』


「本当になんなんですの……?」


 お嬢様ヘアーのセットには時間がかかるというのに、と思いつつカリンは電話を繋げたままスマホのホーム画面を表示した。途端、


「…………………は?」


 カリンは我が目を疑った。

 

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 そんな通知内容がずらりと並び、信じがたいことにいまなお増え続けているのだ。


「え? え? ちょっ、真冬!? トゥイッターが壊れましたわ!?」

『壊れてないわよ。アカウント見てみな』


 おふざけ0の真冬の声。

 それに従い恐る恐るフォロワー数2の配信告知用トゥイッターアカウントを見れば、



 フォロワー数:30万2000人



 フォロワー数が15万倍になっていた。


「な、なんですのこれええええええええええええ!?」

『まあ端的に言うと、昨日のあんたの悪即殺の活躍がバズったのよ』

「え? え? え?」


 混乱覚めやらぬカリンに、真冬が淡々と説明する。


 カリンが昨日ボッコボコにした男は迷子の探索者などではなく、界隈では有名な迷惑系炎上配信者影狼だったこと。そしてその様子は配信中だった彼のカメラを介してばっちり世界中に配信されており、彼の蛮行を未然に防いだ様子が賞賛とともにバズりまくっていること。そのうえカリンのほうも配信が切れておらず、速攻でチャンネルが特定され現在時の人になっていること。


 あまりのことにカリンは相づちすら忘れて愕然と声を漏らす。

 

「な、な、本当なんですのそれ……?」

『ホントだって。トゥイッター見てみなよ。トレンド1位だよあんたいま』

「ま、まっさかーですわ。――ぶほっ!?」


 本当だった。


 トレンド1位:山田カリン 呟き数10万


 とんでもない数字とともに自分の名前が燦然と朝のトレンドのトップを飾っている。

 

 さらには「勧善懲悪お嬢様」「影狼ワンパン」「下層にドレス」といった関連ワードらしき単語も複数トレンド入りしており、カリンについて一体どれだけの呟きがなされているのか全容が掴めないほどである。


 さらには、


「チャ、チャンネル登録者数40万……!?」


 それは最早カリンのキャパを遥かに超える数字だった。

 昨日まで登録者3人だった泡沫チャンネルがいきなりダンジョン配信者中堅上位クラスまで数字を伸ばしているのだ。


 しかもその数はいまも更新するたびに数百数千単位で増えていく。

 

 砂漠で水を求めてさまよっていたところに津波が押し寄せてきたような事態に脳の処理が追いつかなかった。


 現実味がまるでない。

 喜ぶより先に夢かドッキリを疑うのも仕方ない話だった。

 だが、


『まあ私も最初見たときは自分の頭を疑ったくらいだから気持ちはわかるけどさ。とりあえず受け止めて、喜びなよ。ずっと頑張ってきたあんたの実力がついに日の目を見たんだからさ』

「ま、真冬……」


 親友に優しい声でそう言われて胸が熱くなる。

 そうだ。あまりの事態にまだちょっと認識が追いついていないが、真冬の言うとおりずっと鳴かず飛ばずだった自分の配信がここまで注目されることになったのだ。


 なんだか自分の実力というよりはその迷惑系配信者とやらを利用した棚ぼた感も否めないため諸手をあげて喜ぶ気にはなれないが……。なんにせよあの日憧れたキャラクターのように『優雅で可憐なダンジョン攻略で大勢の人に元気を与えられるお嬢様配信者』にはきっと大きく近づけたはず。


 真冬の言う通り少しくらい喜んでもいいのかもしれなかった。


 と、人生で初めての事態にまだ少し混乱しながらそんなことを考えていたとき。

 カリンは現状を受け入れるべく再び目を落としたトゥイッターのトレンドに、ふと不穏な単語を見つけた。



 チンピラお嬢様


 

「え……なんですのこれ……?」


 瞬間、頭をよぎるのは「昨日の出来事の一部始終が配信されていた」という真冬の言葉。

 そして嫌な予感に駆られるままその単語をタップし、1番上に表示された300万再生 突破の人気動画を再生したところ――


 ――なにやってんだてめぇオラアアアアアアアアアア!

 ――お股を痛めて生んでくれたお母様に申し訳ないと思わねえんですの!?

 ――ちっ、成人探索者のくせにしけてますわねぇ


「おぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 再生されるのは優雅とはほど遠いカリンの発言をまとめたショート動画。


 緊急事態ということもあってついつい発してしまったはしたない言葉の数々がボッコボコにやられる影狼とともに大拡散しており――あわせて上がっている類似動画のどれもが一晩で数十万再生を超えているという悪夢のような光景に、カリンの口から絶叫が迸った。



 ―――――――――――――――――――――――――――――

 というわけで明日からは毎日1話ずつ投稿していきます。

 文庫1,5冊分くらいは書き溜めあるので最低でもそこまでは


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