町離れ
2人を先に城の外に行かせ、私は電話をかけた。
もちろん、今大丈夫か確認するためだ。
その結果、今向こうに行っても問題はないと言われた。
これなら、大丈夫そうだ。
そうして、私は2人を連れて町の北の川へ向かった。
そこには、ナアト唯一の船着き場であるクルヌの
湊、とついている通り川…ニーム沖の西側へ向かって流れ出しているラト川の岸に置かれた河川港だ。
この湊は作られてからまだ年月が浅い。
15年ほど前に作られたもので、完成以降ナアトから海へ向かえるもっとも楽かつ近い場所として利用されてきた。
利用している人は多いけど、誰が何のために作ったのか詳しく知っている人は多くないだろう。
実は、この湊を作った人こそ私の知り合い。
そして、私の同族でありながら町を出た「町離れ」の水兵なのだ。
「湊に来て、何の用があるんだ?」
殺人者…ラステは帰りたいと言わんばかりに言った。
「事務所に行くのよ」
「…は?」
「ここの創設者が、私の知り合いなの」
彼は半信半疑なようだけど、構わない。
会って話をすれば、すぐわかることだ。
スタッフの1人に声をかけ、事務所へ向かう。
ちなみに、このスタッフも水兵だ。
「こんにちは」
事務所の扉を開け、挨拶をする。
すると、すぐに彼女が現れた。
「ああ、来た来た。久しぶりね」
他の町の人と変わらない衣服を身につけ、髪は私と同じ金髪。
そして、その瞳は髪と同じく金色。
メレーヌ・ナヴァンさん。この湊を作った人であり、ニームの出でありながら町を離れた「町離れ」の水兵だ。
「メレーヌさん、お久しぶりです」
私は深く礼をした。町を離れたとはいえ、この人は私より年齢も立場も上だ。敬意を示さなければ。
水兵の中には、人間同様故郷の町を出て外部の都市に移り住む人もいる。そのような人を「町離れ」と呼び、どこの町にも属さない水兵として扱われる。
水兵の町の所属ではないため制服や帽子を身につける必要はなく、彼女のようにごく一般的な町の人と同じような格好をしている人がほとんどだ。
そして、その都合上種族を周囲に知られにくく、大陸各地に潜む異人密猟者の目を欺くこともできる。
メレーヌさんは、そんな「町離れ」の中でも最も社会的に成功した人の1人だ。
何しろ内陸の町にそれまでなかった湊を作り、海とのつながりを持たせた上に豊かな財産を築き上げたのだから。
町を離れた水兵は、あまり裕福にはなれないことが多いと聞くけど、メレーヌさんは数少ない例外だろう。
彼女は私に「そちらの2人は連れね?」と言ってきたけど、カイナさんの顔を見た途端に表情を変えた。
「あれ…もしかして、カイナ様ですか!?」
「おや、私をご存知なのですか?嬉しいですね」
「私はちょくちょくミジーの方に行っていまして。カイナ様のことは、よく存じ上げております」
頭を下げるメレーヌさんに、ラステは呆れたように言った。
「なんだ、ずいぶん
「いや、当然じゃない。あなたは知らないかもしれないけど、この方はミジーの皇魔女様なのよ」
「あー、そういやそうだっけか」
「いや、そうだっけかって…」
彼の目をじっと見て、メレーヌさんは気づいたようだ。
「あれ…?あなた、ひょっとして…!」
「ああ、オレは殺人者だぜ?現役のな」
「現役の…ねえ」
メレーヌさんは表情を変えず、手に短剣を出した。
「ん?なんだ?戦おうってのかい?」
「そのつもりはない。でももし彼女らに、あるいは私に危害を加えるつもりでいるなら…」
「いやいや、その心配はないぜ。そもそもオレは、もうしばらく殺しも盗みもやってないしな」
「あら、そうなの?」
メレーヌさんは、私の方を見てきた。
「はい。過去を見てみましたが、ここ数年間は一切悪事を働いていないようです」
「そう。なら…大丈夫そうね」
手から短剣を消したのを見て、彼はため息をついた。
「はあ…信用ないんだな。ま、当たり前か」
「わかってるじゃない。で、アレイさん。話って?」
「あ、あの…」
そうして私は、ことの経緯を説明した。
「…なるほどね。なかなか厄介なことになったもんねえ」
メレーヌさんは、腕を組んで言った。
「あの…メレーヌさん。今度の裁判の時、私達の証人として出てくれますか?」
「もちろん。殺人者を助ける…ってのは気に食わないけど、あなたの大切な人を守るためだって言うなら、喜んで協力するわ」
「ありがとうございます。あ、あと…」
「なに?」
さっき見た過去の中に、メレーヌさんが映っている場面があった。その時、メレーヌさんは湊の他の水兵と話していた。
正直疑うようなことじゃないけど、一応映像を見せて確認する。
「これ…4日前のメレーヌさんで間違いないですよね?」
「ええ。確かにあの時、私はこれに映ってる子と話してた。これは、嘘でも話を合わせてるのでもないわ」
後半のセリフは、私以外の2人に向かって言った言葉だろう。2人も私の能力を信じてくれてると思うけど。
「ありがとうございます。当日の朝、8時頃にまた来ますね。…さて、これで証人を1人確保できました。では、次に行きましょう」
証人は、1人ではちょっと弱いかもしれない。
だから、念のため複数人を集めておきたい。
本当は、そんなたくさん集めなくていいような気もするけど…それでも、この裁判は負けるわけにはいかないから、用心するに越した事はない。
「待って」
背を見せた途端、メレーヌさんに呼び止められた。
「はい…」
「あなたが連れてる、彼なんだけど…」
「ん?オレか?」
ラステは変にニヤニヤしながら振り向いた。
けれど、メレーヌさんは険しい顔で言った。
「その手首の傷…見覚えあるわ。あなた…私と会ったことあるわよね?」
そう言われて気づいた。彼の左の手首には、何かで斬られたか刺されたかしたような傷跡がある。
「ん?そうか?オレはあんたの顔に見覚えはないんだが…」
「とぼけないで。忘れてないわよ、その傷と顔。…あなたの正体、2人には言ってなさそうね。本当に足を洗ったんなら、黙ってるのはおかしいんじゃない?」
「いや、別に言う必要なくないか?過去を見れるお嬢さんもいることだし」
「だとしても、自身の口から言うに越した事はないでしょ」
「ふーむ、そうねえ…」
彼がごまかしているように感じたのか、メレーヌさんははっきりと言った。
「忘れたんなら、思い出させてあげる。私は、18年前に異人密猟組織に襲われた…友達と一緒にいた時にね。そしてその時、私は襲ってきた密猟者に決死の思いで短剣を突きつけた。その時の傷が、今も手首に残ってるのでしょう?…異人密猟組織「カリスト」の幹部、『旋風』のラステ」
「…」
彼は、嬉しそうに笑った。
「よく覚えてるな。オレだって、お前さんのことは忘れちゃないぜ?初めてまともな傷を負わされた水兵だったし、何より初めてミスった仕事だったからな」
□
世界観・異人密猟組織
この世界には、数が少ない希少な異人『希少種族』が存在する。
その生命や尊厳をみだりに踏みにじることは世界的に禁止されているが、その存在や肉体、内臓に価値を見出す者も少なくなく、彼ら自身或いはその一部を奴隷・薬用などの目的で使おうとする者が後を絶たない。
それを利用し、希少種族を襲撃してはそれ自身、あるいはその一部を持ち去って裏の世界で売り捌くことを生業とする者達の集団。
反社會と同様、構成員は殺人者であることが多い。
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