血筋
私は自然に後退りしていた。
「さ、殺人…鬼…」
優れた強さと魅力を持つけど、実際は冷たく残酷で、平気で人を騙し、殺す異人「殺人者」。
その中でも特に強く、より残虐で、凶悪な殺人者がなる、上位の異人が殺人鬼。
"心を持たない"と揶揄され、友人はもとより、家族や恋人ですら容易く利用し、裏切り、用済みになれば殺してしまう。
さらに、目的はどんなやり方をしてでも必ず達成する執念深さも併せ持つ。
かつてはこのジークの地にもいたものの、そのほとんどがここ百年程の間に捕らえられた。けれど、今なお捕まっていない殺人鬼がいる…という噂もある。
実際、他の大陸には未だに逃げ続けている殺人鬼が何人かいるらしい。
でも、そのほとんどは大陸間で指名手配されていて、見つけ次第通報する事になっている。
だから多くの人は、自分が遭遇する事はそうそうないと思っている。
私は今まで殺人者は見たことがあったけど、殺人鬼は見たことがなかった。
それが今、私の目の前にいる。
「どうした?」
「あ…い、いえ…」
さっきまでの安心感が、一気に恐怖に変わった。
(どうしよう…とんでもない人に…)
下手な事をしたら、殺されるかもしれない。
平然としようとしたけど、体が震えてしまう。
(まさか、私を助けたのにも裏が…?)
殺人鬼が同族以外を助ける事はないという。
もしあったら、それは何かに利用しようとしているか、つけ入って殺そうとしているという事。
しかも平気で嘘をつき、外見を取り繕う事に長けているため、多くの人は真の目的に気づかないまま利用され、最後には…。
私も利用されようとしているのかもしれない。
そう思った矢先、
「もしかして、自分が殺されるかもとか思ってるか?」
いきなりそう言われた。
「え?」
「もしそうなら、言っておく。
俺は君を殺すつもりはない、心配すんな」
「本当…に?」
すると彼は僅かに笑みを浮かべた。
「ここで嘘をつくメリットがあると思うか?
雪の中で倒れてた女の子を助けたいと思ったから助けた。ただそれだけだ」
「でも、私は…」
私は水兵、この東ジーク大陸の一部の沿岸にしか住んでいない種族。
しかも数が少なく、絶滅しそうになっている種族。
一部の異人や人間は、私達の体や臓器を目当てにして襲ってくる。
実際私は、5年前に友達が数人組の人間に連れ去られる現場を見たことがある。
殺人鬼ともなれば当然…
と思ったのだけど、彼は意外な言葉を発した。
「確かに水兵みたいな絶滅危惧種の種族、特に女は塊でもバラでも高く売れるから、密漁してる奴はいるな。
けど俺は女の体とか臓器には興味ないし、そんな事もしない。寧ろそういう事には反対だ」
「そうなんですか?」
「ああ。絶滅しそうになってる種族に止めを刺すなんて、そんなバカな事はしたくない。
それに俺は、何の理由も無しに殺しはしない」
「…なら、私を殺さないんですか?」
「疑うのか?まあそりゃそうだよな。巷じゃ俺達は恐ろしい存在って事になってるし。
けどな、世間のイメージと実態がまるで違う、なんて事はザラにあるもんだぜ」
「と、言うと?」
「手当たり次第に殺しをする殺人者は…まあいない事はないがごく一部だ。大半の奴は、そんなやたらめったらには殺さない。
そして俺も、その大半の奴らの1人だ」
「そう…でしたか…」
なぜか、この人の話は嘘と思えない。
自分でもわからない。初対面の相手を、しかも現役の殺人鬼を、容易く信じてしまうなんて。
さらに私は、
「…ごめんなさい!」
「いきなりどうした?」
「私、あなたが殺人鬼だというだけで、恐ろしい人に会ったと思ってしまいました…ごめんなさい!」
反射的に謝罪し、頭まで下げてしまった。
「なんだ、そんな事か。
君が俺をそう思っちまうのも無理はない、気にするな」
「…すみません」
「謝る必要はない。
それより、君はこれからどうするつもりなんだ?」
「町に帰ろうかと思ってますが…」
「なぜだ?」
「会いたい人がいるからです」
「それは結構だが、帰る前に一仕事していかないか?」
「仕事、ですか?」
「ああ。君が出て来た城にはまだ多くの水兵がいるんだろう?仲間を助けたくないか?」
「それは…そうですけど…」
「けど、何だ?」
「私じゃ無理です。私は…一応弓使いですけど、そこまで強くもありませんし」
「なら強くなればいい」
「そんな簡単には無理でしょう…
それに…もしみんなを助けられるなら、なるべく早く行きたいですが、訓練するのだって、何ヵ月もかかるでしょうし」
「それに関しては大丈夫だ。
時間がゆっくり進む空間を作るからな」
「…はあ。でも、本当にそこで訓練したとして、強くなれるかどうかは…。
私には、戦いの才はないでしょうし… 」
「いやいや。君には、素晴らしい才能が眠っている。それを開花させさえすれば、一気に強くなれる」
「なぜ、そう思うんですか?」
「君のフルネームは何だ?」
「アレイ·スターリィです」
「スター…やはりそうだな」
「何がですか?」
「君は、九星天術法ってのを知ってるか?」
「聞いた事はあります。
九星と呼ばれる9つの星を用いた高位の術で、扱える者は世界でもごくわずかしかいないと…」
「そうだ。九星天術法は陰陽道と呼ばれる高位の術の一つで、特有の属性が付与された九種類の「星」を用いた術。あらゆる術の中でも最高位に位置する術の一つだ。
相当に術士としての位が高いか、本当に優れた魔力を持つ者にしか扱えない。それも基本的には1人一つの星を扱い、2つ以上の星を扱える者はまずいない。
しかし実は過去に1人だけ、全ての星を扱えた者がいた。
シエラ·メティルという奴だ。5000年前に九星天術法を発案した者であり、以降現在まで伝説として語り継がれる陰陽師。
…そいつが、君の祖先だ」
「え!?」
あまりにも突拍子もない発言に、声を上げて驚いてしまった。
祈祷師という異人がいる。その上位種族が呪術師で、そのさらに上位の種族が陰陽師。
膨大な魔力を持ち、この世界においては最強の異人の一角とされている。
「私が、伝説の陰陽師の子孫…?
でも、なぜそんなことがわかるんですか?」
「奴は後に結婚し、子供を産んだ。そしてその子供にスターメルと名付け、その子が成長した時に言った。
スター、あるいは星という名を名字として、子孫に残し続けなさい、と。
その子は、その言葉に従った。
…だから、君がその子孫なんだ」
「でも、私は術は使えませんが…」
「術は生まれながらに使えるものじゃない。
ある程度魔力を持ち、かつ適正がある者がそれ相応の修行をして、初めて身につけられるものだ。
君は気づいてないだけで、先祖譲りの魔力と適正がある。訓練さえすればすぐに才能が覚醒するさ」
「そうでしょうか…」
「きっとそうだ。
才を覚醒させさえすれば、他の娘を助けることもきっとできる。
…とは言え、その状態で訓練なんかしたら覚醒の前にぶっ倒れるな。まず栄養をつけよう」
「訓練…
もしかして、つけてくれるんですか!」
「無論だ。ついでにその弓の腕も鍛えてやるよ」
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