第27話
戦いは唐突に始まった。
俺のクリア条件であるバレンタインデーを明日に控えたその日、俺たちNTRを取り囲む周囲の状況が一変したのだ。
最初はテレビのニュース番組だった。
”犯罪者”、”テロリスト”──聞いたことはあるが間違いなく身近なものではなかったその単語を、真剣な表情をしたニュースキャスターが読み上げていたのを覚えている。
画面には三つの顔写真が映し出されていた。
この世界に来てから無駄に前髪が長くなった俺の顔。
黒髪黒目でこれといった特徴的な要素はないが、その人形のように冷たい表情が印象的なインの顔。
そして桃彩髪の童顔な少女──式上桃彩先輩の顔が。
住所も学校も名前も、およそ世間に公表していい個人情報の範囲を明らかに逸脱した全てが詳らかにされ、俺たちNTRはこの世界での居場所を一瞬にして奪われてしまった。
故に昨日から逃走している。
この世界の全てから、俺たち四人は身を隠しながら逃げているのだ。
警察や外出すれば襲ってくるいつもの変態たちはもちろん、報道された情報を信じて疑わない
「……こっちだ」
周囲に人影がないことを確認して俺が手招きをすると、式上先輩を背負ったインが此方に駆け足で移動してくる。
ムチ子は顔が割れていないため、空を飛んで周囲を警戒してくれている。
場所は人気のないビルの裏路地。時刻は夜の九時。
今日はバレンタインデーで、俺たちが逃走を始めてからもう四十時間余りが経過している。
「先輩、だいじょうぶ?」
「う……うん。ありがとね、イン君」
走って逃げている途中、追手の罠で転倒してしまい、式上先輩は片足を捻挫してしまった。
そのためインが彼女を背負って移動し、機動力の高い俺が先行して道を作りながら、どうにかこうにか逃げ続けている……というのが状況だ。
いつものようにガジェットを使った派手な立ち回りはできないため、こうしてコソコソと隠れ続けるしか方法はない。
なにより俺たちにはもう、帰るべき安全な場所は何処にもないのだ。
「……すみません、先輩」
とりあえずは休憩できそうな路地裏に到着し、俺はビルに背を預けて腰を下ろしながら、痛む片足を押さえる式上先輩に向けて、弱々しい声音の謝罪を口にした。
「コラ、そんな顔しないっ」
「いてっ」
そんな目に見えて士気がダダ下がりしている俺を前にして、式上先輩は仕方なさそうに笑って俺にデコピンをしてきた。
こんな時にまで彼女に気を遣わせて……俺は本当にどうしようもない奴だ。
「俺の、せいで……」
「やめてってば。流石にこのレベルは予想外の出来事ではあったけど、ボクはこういう事態に陥ることも承知で君たちに協力してきたんだよ? ボクの事を気遣うなら謝罪はやめてくれ」
「……はい」
優しいとかそういう以前に、この人は責任感が強すぎる。
罪滅ぼしだとか先輩の意地だとか、俺たちに気負わせないような理由を付けて協力してくれていたとはいえ、こんな状況なら文句の一つだって言ってくれてもいいだろうに。
気にしないでくれ、とは言わないのが彼女なりの気遣いなのだろうか。
自分自身の今の気持ちを鑑みるに、厚意に甘えて気にしない、なんて無神経な事は俺には出来ない。
昨日、最終通達といって悪魔が電話を寄越してきた。
内容は『当初より予定していたイベントの開始』というもので。
せっかくバレンタインデーという期日を設けたのだから、最終日は盛大に盛り上げてやる──そう言って、奴らは俺たちNTRの三人を指名手配犯を鼻で笑えるレベルの大犯罪者に仕立て上げたのだ。
テレビやラジオの報道だけではない。
奴らはSNSやあらゆる手を尽くして、あることない事をこの世界の人間に吹き込み、大勢の人間たちが俺たちを捕まえるように仕向けた。
聞けば法外な賞金や何かまで掛けられているらしく、街は血眼になって俺たちを探す人々で溢れかえっている。
介入なんてほとんど出来ない、なんて言葉は嘘だったのだろう。
奴らがその気になれば、こんな風に世界を動かす事さえ容易いのだ。
許せない。
本当に許せない。
こんなことを平気でやってのける悪魔たちと、なによりそんな醜悪な連中の口車に乗せられてゲームに参加した俺自身が、どうしても許せなかった。
俺がこのゲームに参加しなければ、式上先輩を巻き込むことはなかった。
彼女から社会的な立場や財産も何もかもを一瞬にして奪い去ることなんてなかった。
たとえ抜きゲーのような世界だったとしても、ここはひとつの世界として成り立っている現実なのに。
そんな現実でずっと生きてきた式上先輩から俺は──居場所を奪ってしまったのだ。
今までは俺自身はどれほど汚名を着せられようが構わないと思っていたが、それは違った。
このゲームをクリアしてしまえば俺とインはこの世界からいなくなるが、式上先輩には俺たちと関わった事実がそのまま残ってしまう。
彼女は俺たちの共犯者として、一生追われ続ける運命が付き纏うのだ。
俺はあまりにも浅慮だった。
厚意に対して甘えることしかできず、拒絶をしなかった。
全部……俺が招いてしまった結果だ。
「──こう! 主陣コウっ!」
「っ!」
上空を飛んでいるムチ子から送られてくる声が、耳に着けた通信機から響いて我に返った。
「十一時の方向の路地から警官が四人、まだ気づかれてはいないわ」
「了解した。オトリくんを二台走らせた後、後ろの商店街方向に移動する。ムチ子は先にそっちまで飛んでくれ。イン、先輩を頼む」
「わかった。式上先輩、乗って」
「うぅ、足手まといでゴメンね……」
何を馬鹿な事を。足手まといなものか。
それに今だって先輩にしかできないことがあるだろう。
「オトリくんのラジコン操作は先輩の専売特許です。うまくアイツらを欺いちゃってください」
俺が背負っているバックパックから囮用ラジコンカーのリモコンを取り出して先輩に手渡すと、彼女はハッと気がついたような表情をして、深呼吸の後に眦を決した。
「よ、よーし……! 囮役はまかせてね! ついでに改造した武装で迎撃もしちゃうから!」
「お願いします。イン、行くぞ」
「うん」
先行して道を作る俺と先輩を背負うインにラジコンの操作はできない。
先輩だって走って逃げながらの操縦は難しいはずなので、足を怪我していることでインに背負われている今の状況は、移動をインに任せて落ち着いて操縦できる分むしろ不幸中の幸いだった。
そっと路地裏を進みながら、ふと腕時計に視線を落とす。
クリアまで残り三時間を切っていた。
「……っ」
すべてが終わった後の事が脳内を過る。
──今はただ、とりあえず逃げることだけを考えよう。
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