森での野営

「お、いい匂いして来たじゃないか」


 焚き火にくべる枯れ木を拾いに行って戻ってきたオレはとても美味しそうな匂いでお腹がなった。


「たぶん結構美味しく出来てるわよ。まさかトウゴがこんなにたくさん調味料持って来てるとは思わなかったわ」


「いやぁ~、街に買い出しに行ってる時にお店のおじさんにめちゃくちゃ勧められたんだよね。全部買ってくれたらこの収納出来る便利なケースも付けるって言われてさ。味気ない料理食べるの嫌だろ?」


「確かになぁ~、でもあんま考えた事ねぇなぁ?野営する時なんてあったかい物食えるだけでもありがてぇぐらいだからなぁ」


「そうね、調味料で荷物増やすより保存食詰めた方がいいって考える人がほとんどかもね。でもおかげで今晩は美味しい晩ご飯にありつけるわ」


 そんなもんなのか?冒険者素人のオレが店のおじさんに上手いこと騙されたって事なのかな?でもどうせなら美味しいご飯食べた方がいいと思うなぁ。


「じゃあさっそくいただきましょ。綺麗に首を刎ねたホーンラビットのお肉は美味しいわよ」


 いちいちそこアピールしてくるな……。とは言え美味そうだ。アサヒにお椀によそってもらう。簡単な鍋みたいな料理は体も温まってちょうどいい。スープを一口飲んでみると、コンソメみたいな味のスープで美味い。森に自生していた食べられる野草とホーンラビットの肉だけの簡単な鍋だけどかなり美味いな。ホーンラビットって魔獣だけどお肉はこんなに柔らかくて美味しいんだ。魔物食も案外いけるな。


「あぁ~うめぇ!アサヒお前、なかなかやるなぁ!」


「そうでしょぉ~?ま、私ぐらいの才色兼備で完璧な女なら余裕よ、余裕」


 フフン、と自慢げに鼻を鳴らしアサヒもスプーンで上手に肉を食べる。


「お?アサヒ、お前左利きなのか?」


「?そうだけど?」


 ゼニに言われて見ると、アサヒは左手でスプーンを持っている。意外に女性を観察してるんだな。


「へえぇ~、変わってんなぁお前」


「何がよ。割といるでしょ、普通に」


 まぁ左利きなんて結構いるだろ。


「ところでトウゴ、あなたスキル持ってるなんて何者なの?」


 あー、やっぱり気になっちゃいます?


「何者って言われても……なぁ?」


 ゼニに助けを求めたけど、ゼニも困り顔だ。


「スキルもそうだし、あなたの世間知らずっぷりって凄くない?さっきの火起こしのジンツーグもそうだけど、その辺歩いている子供だって知ってる様な事も知らなかったじゃない。ただの田舎者では説明つかないわよ?そもそもスキルなんておとぎ話に出てくる様な人が使うものなんじゃないの?」


 次々と出てくるな……。そりゃ怪し過ぎるか。


「あぁ~!もう!めんどくせぇ!いいんじゃねぇかぁ!?上手いことごまかせねぇよ!こいつ別の世界から転生して来たんだとよ!スキルはそん時もらったんだってよ!なぁ!?」


「いや!ちょ!お前!?」


「ははぁーん、なるほど、転生ねぇ」


 アサヒはパクッと鍋を一口。もぐもぐ。


「ごぶぅっ!?て、転生!?転生ってあなた!転生ってあのそのあれ!?そういう事!?」


「えぇ!?なんで1回飲み込んだんだ!?」


「ぶぶぅ……ご、こぶっ……。ちょ、ちょっと待って……今落ち着くから……」


 鼻から何かしら出てますよ?アサヒさん。


「はぁはぁ……、んで、ゆっくりともうちょっとちゃんと話してくださいよ。うら若き乙女にはちょっと刺激か強すぎますよ……」


 なんで敬語?まぁいいか。


「んじゃあせっかくだからちゃんと最初から話するよ。ゼニにももう1回最初から聞いてもらった方がいいかもね。たぶん覚えて無いでしょお前?」


「半分ぐらいは覚えてるぜ」


「よしよし、じゃあ最初から話すね」


 という事で、なぜかアサヒにも全てを打ち明ける事になった。まぁ悪い子じゃ無いと思うからいいかな。


「で、今に至るって訳だね」


 話し終えて妙な間が空いた。


「なるほど……なんかとんでもない話ね……。でも筋も通ってるし、それなら今までの世間知らずもスキル持ちってのも辻褄が合うわね。転生なんておとぎ話に出てくるだけのものだと思ってたわ」


「まぁまぁ、最初は驚くわな、ほれお湯でも飲んで落ち着け」


「……あなたは何でそんなに落ち着いてるのよ……?」


「半分ぐらいは聞いてたからなぁ」


 嘘つけ、半分以上覚えて無かっただろよ。


「てかさ、転生ってそんなに驚く事なの?この世界には普通にあるのかと思ってたけど」


「「ないないないないない」」


 2人そろって手をぶんぶん振る。


「はあぁ~……ある訳無いでしょ。少なくとも私は見た事も聞いた事も無いわ。トウゴの話に出てくる調整者だの派遣担当だの、聞いた事無いわよ」


「でもさ、この世界にはオレが元いた世界と同じ様な物があるんだよね。例えばこのギルドカードとか、そのカードで利用するクラウドとか。もしかしたらオレと同じ世界から来た人間が他にも居たんじゃないかって思うんだよね」


「そうなんだ?そんな事考えた事も無かったな……。生まれた時から普通にある物だから。そんなに似てる?」


「かなりね。でもみんな、アレがどういう仕組みであんな事出来るかは分からないんだよね?もしかしたらオレが元いた世界とまったく同じ物、なんていう事も有り得るのかなぁ?」


「わっかんねぇぜぇ。まぁいいだろそんな事。便利なんだからよぉ」


 確かにそうか。前の世界でも仕組みなんてまったく分からないまま、便利に使うだけだったもんな。技術って言うのはそんなもんなのかな。もしかしたらいつかそれについて知る機会があるかも知れない。その時まで謎のままでいいのかもね。


「なんだか驚く事ばっかりで少し頭が疲れちゃった。私から先に寝ていい?3時間交代ぐらいで見張りしましょ」


「分かったよ。じゃあオレはまだ眠くないからゼニも寝ていいよ。3時間経ったらゼニと交代してもらうから」


「いいぜぇ。じゃあ居眠りしてうっかり火を消しちまうなよ?寝込みを襲われたらただの獣だって十分危ねぇからな」


 そして2人は岩陰に持たれながらすぐに寝息を立てた。


 静かだ。


 こんな森の中、ひとり夜空を見上げた事なんて無かった。耳を澄ましても聞こえるのは虫の鳴き声と川のせせらぎぐらい。


「ほんとに異世界なんだなぁ」


 今さらだけど改めて実感。ここには自然の音しか存在しない。見上げる夜空には見たことも無い星々。知ってる星座は描く事が出来ない。異世界、それはそもそも違う宇宙なんだろうか?違う次元?いわゆるパラレルワールド?だとしたら星座は同じなんじゃないか?うーん……考えても答えなんて無いか。ただ確実なのは、オレはこの世界でこの先もずっと生きていくって事だ。何となくアサヒとも長い付き合いになる様な気がしてる。


「仲間かぁ」


 前世では考えた事も無かったな。仲間を作って旅に出て、こんな魔物だらけの森の中で見張りをしながら夜空を見上げるなんて。

 ふとゼニとアサヒの寝顔を見る。どちらも甲乙つけ難いアホ面で寝てる。アサヒは女の子なんだから……。これからこの寝顔を何回見るんだろう?転生する前には想像も出来なかった事がたった1ヶ月足らずでこんなにも起きている。未来なんて分からないものだ。もしかしたら過去に遡るなんて言う突拍子も無い様な事すら起こるんじゃないか?そんな気すらしてしまう。

 例えこの先どんな事が起こったとしても、精一杯やろう。それが前世で出来なかった事だし、前世でオレを大切にしてくれた人への恩返しな気がする。


「父さん、母さん、兄さん、元気かなぁ」


 みんな元気だといいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る