気に食わない奴ら

「よし、っと。ほらよ、お前のカードに素材売って手に入った金の半分移しといたからよ」


 さっきのお姉さんにゼニからオレのカードへ、お金の移動をお願いした。それは予想通りと言うか、もちろん硬貨や紙幣なんて物が出てくることも無く、カード上の情報の移動だけで全てが終わった。


「なんだよ、これはこれで驚いてギャーギャー騒ぐのかと思ったのによ」


「ん?いやぁー、これは予想通りだな、って」


「そなのか?変な奴だな」


 まぁこういうのに関してはゼニより慣れているだろう。


「あぁ~くせぇ!ソジンくせぇ!弱っちい臭いがプンプンするなぁ!」


 何やら騒がしい声がギルド内に響いた。それは入口の方から聞こえて来る。見ると入口のドアを勢い良く開け、牛っぽい顔をした獣人が5人入ってきていた。


「あーあー、辛気臭ぇなぁー!ちったあ金になるって噂聞いて来てみりゃこの辛気臭さかよ!食いもんもソジンのお口に合わせて美味くも何ともねぇ!冒険者ギルドに来たらもっと肉々しい食いもんぐらい出てくるよなぁ!?」


 その牛の獣人達の先頭を歩く、いわゆるソジンよりも体躯のデカイ獣人の中でもさらに頭1つデカイ獣人が腹をさすりながらテーブルへと向かう。


「おう!そこのソジンのお姉ちゃん!なんでもいいから焼いた肉の料理出してくれ!腹ぁ減ってんだよ!」


「あらぁ……えぇっと……」


「なんでもいいっつってんだろ!早くしろよぉ!」


「あらあらぁ……」


 めんどくさそうな声でお姉さんは奥へと逃げて行った。


「おいお前、わがままにも程があるだろ。何様だ?」


 テーブルに座っていた5人の冒険者パーティの1人が立ち上がって牛の獣人に詰め寄った。


「あぁ?なんだぁ?ソジンの集まりかよ。貧弱なくせによく勇気を振り絞って言えたなぁ、偉い偉い!ダアハハハハハ!!!」


 獣人達は皆爆笑している。特に大声を出していたデカイ獣人は腹を抱えて笑っている。


「何がおかしい……!」


 ソジンの冒険者がまた一歩詰め寄った瞬間、獣人も一歩踏み込み、その丸太の様に太い腕を大きく振りかぶりソジンの冒険者の土手っ腹をすくい上げるように殴り飛ばした。

 ソジンの冒険者は声を上げる暇もなく宙を舞い、先程まで座っていた席のテーブルの上に落下した。


「おめぇがこんだけ弱いってのがおかしいんだよぉ!ダアハハハハハー!!!」


 殴り飛ばした獣人は右手で目を隠しおどけて見せる。


「なぁんか気に食わねぇ奴だなぁ、お前よぉ」


 うお、ちょっとゼニさん参戦ですか?大丈夫か?


「ちょっとお兄さん……!」


 受け付けのお姉さんも小声でゼニに声を掛ける。まぁ普通にやばそうじゃないか?


「あぁー?なんだあー?聞こえなかったなぁーソジンのお兄ちゃんよぉー?もう1回言ってごらーん?」


 獣人が手を耳に当てよく聞くよアピールをしながらふらふら歩いて来る。まったく......ゼニもめんどうな事するな。オレは心の中でため息をつきながらそばにあったテーブルの上に置かれた花瓶に敷いてあるマットの端を少しちぎりゼニの反対側、入口の方へ立ち位置を移動する。


「牛ってなぁ耳が悪い生き物だったかぁ?悪いのは頭だけだと思ってたんだがなぁ?」


「なんだと?」


 それまでヘラヘラしていた獣人の顔色が変わる。気持ちの悪い笑みは消え、怒りの表情が明らかに出ている。


「おぉ?怒ったか?だいたいバカは自覚してっから、他人に改めてバカだって言われるのが1番嫌いだよなぁ、分かりやすくていいよ、お前」


「……ぶっ殺してやるよ……」


 あぁーこれは完全にブチ切れたな。図星だったんだろうな。とは言えゼニ、こいつに勝てるのか?いや無理だろ。しかもお互い素手で殴り合うって。さすがに無理だな、手助けしてやるか。

 獣人は大股で一気に距離を詰める。ゼニも一歩踏み込み腕を振り上げる。まさにお互いが拳を突き出す瞬間にオレは声を出す。

 

「牛のおっさん、後ろに気をつけろよ」


『修復』


 オレは手に持っていたマットの切れ端を修復。直る起点はオレが持っている切れ端。つまり残りのマットは直りにここへ向かってくる。

 マットが花瓶の下を滑り出すとすぐに花瓶は倒れ床に落下、甲高い音を立てて割れた。


「!?」


 その音に一瞬気を取られた牛の獣人、音が鳴っても花瓶が落ちるのが視界に入っていて驚かないゼニ。いやそもそも周りの音が入ってこない程頭に血が上ってるか?何にせよその一瞬が決定的な差となりゼニの拳が狙い通り牛の獣人の左顎を捉えた。


「ごっ……」


 短い声を発しただけで牛の獣人は膝から崩れ落ち床に倒れた。それを見ていた残りの獣人はガタガタと椅子から立ち上がる。


「お前……!そのカード……!まさかメガ級なのか?メガ級のくせにテラ級を1発とはな……。まさか昇級してないだけか?」


 おや?なんか話が変な方向に進んできたな?


「何だよ?メガ級のオレがどうとかじゃなくて、メガ級に1発でのされるテラ級の方が問題なんじゃねぇのかぁ?それでテラ級かよ?それとも牛みてぇな顔した獣人ってなぁこんな程度でもテラ級にしてもらえるのかぁ?」


「てめぇ……!」


 いやぁなんでそんなに煽るのゼニさん?今のは不意打ち気味に入ったからこそのラッキーパンチであって、実力はあっちの方が上だろ?やめとけよぉー。


「お前らみたいなソジンってだけでバカにしてくる奴ぁ嫌いなんだよ。頭空っぽの猪突猛進バカには言われたくねぇんだよぉ」


「野郎ぉ……クソソジンのくせによ……」


 明らかに獣人達の目が血走っている。残り4人全員が各々の武器を構えた。


「おい……!」


 ソジンの冒険者達も剣を抜く。素人のオレでも分かるぐらい空気が張り詰めている。オレもいつでも腕のホルダーにしまってあるファイアボールのスクロールを使う心の準備をした。そしてゼニも腰の剣に手をかけた。


「何ですか、騒がしい。ここは冒険者ギルドですよ」


「ホウジ様!」


 受け付けのお姉さんが大きな声で読んだその人は上の階から階段で降りて来ていた。


「ソジンであれ獣人であれ、あなたがた冒険者が冒険者ギルドで騒ぎを起こせばどうなるかぐらい分かっているでしょう?それを踏まえた上での振る舞いですか?」


 え?それはどうなるの?

 とにかくその静かに階段を降りてくる人の言葉に全員が静まり返った。そのホウジと呼ばれた男はとてもじゃないが腕っ節が強い様には見えない。細身で背もそこまで高くは無く、顔立ちも振る舞いも優しそうな印象を受ける。だがどことなく独特な威圧感を持ち合わせている不思議な人だ。


「チッ……なんだあ?文句でもあんのかよ?お前は何様なんだよ?」


 威圧感に押されてはいるが、声だけは虚勢を張って獣人が男を睨みつける。


「あのっ……!方は!ギ、ギルドマスターですよ!ほら皆さんもういざこざはやめてください!」


 お姉さんが手をパタパタしながらオレたちに叫ぶ。


「ギルドマスター……!あ、いやこれは……」


 ギルドマスターという言葉に全員があたふたし出す。ゼニもやべぇって顔してる。


「私に見つかったから悪いと言う訳ではありませんよ?冒険者同士の揉め事、それもこの冒険者ギルド内での事となると黙っている訳には行きませんね」


「い、いや!揉め事なんて事はねぇよ!なぁソジンども!オレらはただ飯を食いに来ただけなんだが、どうもオレら好みの料理は出て来なさそうだ!べ、別の店を探させてもらうぜ!」


 めちゃくちゃ焦った獣人達は床でのびている獣人を肩に担ぎそそくさとギルドを出て行った。


「あ、あーオレ達もほら、か、買い物行かなきゃあー、なあ?」


 ソジンの冒険者も床でのびている仲間を担いで急いで出ていった。


「トウゴ!オレらもなぁ!あれだからそろそろ行くぞ!」


「え?なになに?」


「いいから!ほら行くぞ!」


 何やらゼニが大急ぎで出たがっている。


「ちょっ!待てって!あぁこれ!花瓶ここ置いておきますね!床は掃除出来なくてすいません!」


「あ!ちょっと!って、え?あれ?この花瓶……?」


 お姉さんが何か言いかけてたけどゼニに手を引っ張られ慌ててギルドを後にした。

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