女王戦
ゆっくりと、ずいぶん時間をかけてゆっくりと穴から出てきた女王オオコドクグモは悠然と辺りを見回している。そしてピタリと動きを止めた、ほんの一瞬の間を置いた後、天を仰いだ。
「ギギィィィィイイイエエェェェェェ!!!!!」
今まで聞いた事も無い、叫び声なのか鳴き声なのかも分からない雄叫びを上げた。ただそれの持つ感情だけははっきりと分かる。怒りだ。何に対しての怒りだろう。愛する我が子を殺された怒りだろうか。はたまた自分よりも劣る種に自分が追い詰められている事に対する怒りだろうか。ほとんどが理解出来ないが、溢れんばかりの怒りと殺意だけはひしひしと伝わって来る。
「怯むな!!!!あいつで最後だよ!」
トーラさんの激が飛ぶ。
「おおおー!!!」
そこに居た全ての村人もそれに応える。大丈夫、まだ心は折れていない。
「なんだぁ!みんなまだまだ行けるみてぇだなぁ!頼もしいぜぇ!」
ゼニもなぜか嬉々として大剣を構える。でも本当にどうにかなるのか?女王グモは明らかに今までのコドクグモとは雰囲気が違う。異様なプレッシャーとどことなく溢れる余裕のようなものを感じる。
「本当に大丈夫かよゼニ。結構ヤバそうな雰囲気するぞ?」
「雰囲気も何もねぇだろ、元よりやるしか選択肢はねぇんだろ?」
「そりゃまぁそうだけど……」
嫌な予感がする。みんなも士気が上がっているのは確かだけど、なんだか浮き足立っている様な気がする。もし何かあったら一気に崩れてしまうのでは。
「やっっってやるぜぇ!」
そう叫ぶと若い村人がショートソードを振りかざし突進した。それに続いて2人目、3人目と特攻をしかける。女王グモはピクっと少しだけ頭を傾げて突進してくる数人の村人を確認すると、一瞬足を屈め体を沈み込ませる。次の瞬間、弾かれた様に弧を描いて右回りに移動した。女王グモは村人が迫るよりも遥かに早く、突進する村人たちの背後に回り込んだ。
「速えぇ!」
ゼニはちゃんと目で追えていた様だがかなり驚いている。
「速いってか……やばいだろ!」
一瞬で目の前から女王グモが消えた村人たちはその姿を捉えられていない。立ち止まり辺りを見回す。そして物音がしたのはまさかの自分たちの背後からだった。
女王グモが左の1番前の足を横なぎに振るう。その長く大きな足は村人3人を次々となぎ払いまとめて吹き飛ばした。吹き飛ばされた村人は防御はおろか悲鳴も嗚咽も漏らす事も出来ず数メートル先の地面に打ち付けられ何度も転がり、それが止まった時にはピクリとも動かなくなっていた。
「なんてっ……事だ……!」
トーラさんが唖然とする。
「ちょ……まっ……え……?」
やっぱりだ。他のもみんな一気に戦意をうしなっている。これはさすがにまずいな。
「ど、どうする……トーラ?」
「どうするって言ったって……」
「やるしかねぇんだろぉ?そう言ってここまで来たんじゃ無かったかぁ?」
ゼニが口を挟む。なんとも能天気な言葉だが的確だ。
「そうですよ、こいつの言う通りですよ。オレたちはそのためだけにここへ来たんじゃなかったんですか?」
「……確かに……そうだ……」
オレの言葉にトーラさんの思いが動かされている。
「やるしか……無いよみんな!そのためにここへ来たんだろう!?」
「お……おおお!おおおー!!!」
「やるぞ!あいつを倒して村へ帰ろう!」
「行くぞっ!数で押せ!」
みんなの目に光が戻った様だ。これならやれる!
「いいねぇ~!キタキタァ!やってやろうぜぇ!」
「なんでお前楽しそうなんだよ」
「なんだよ!辛気臭ぇ顔すんな!死ぬぞ!」
豪快に笑うとゼニは誰よりも先に女王グモに向かって駆け出していた。
「どぉおおおりゃぁぁあああ!!!」
大層な掛け声と共にゼニが大剣での渾身の一撃を女王グモの頭目掛けて振り下ろした。女王グモは振り下ろされた大剣を動じる事もなく右の前脚をかざして防御した。
ガキンッ!という音が響き渡りゼニの大剣はめり込んだ。しかしめり込んだのは女王グモの脚の方。ゼニの大剣は豪快に刃こぼれし、欠けた部分に女王グモの脚がめり込む形になっていた。
「チッ!」
舌打ちしながらゼニが後ろへ飛び下がる。
「怯むなっ!!!!弓っ!!!」
トーラさんの掛け声に合わせてやや後ろに待機していた弓グループの村人が一斉に矢を射かけた。すると女王グモは一瞬、体全体を縮こませ、矢が着弾する直前に全ての脚を伸ばしもの凄い勢いで回転、放たれた全ての矢は弾かれてほうぼうへ飛ばされて行った。
「くそっ!行くぞ!」
近距離武器を携えた村人たちが駆け出そうとするよりも早く距離を詰めて来たのは女王グモの方だった。
「なっ……!?」
瞬く間に女王グモは近距離武器を持つ数人の村人の前まで来ており、その内の1人に肉薄した。女王グモが顔をその村人の数十センチまで近づける。すると女王グモの口の辺りが開き、小さな2本の脚、もしくは爪の様な物、確か鋏角と言っただろうか、それが村人に狙いを定めた。
「ひっ……」
女王グモは両方の鋏角を村人の脇腹に刺し持ち上げた。そして滴る血は女王グモの口へ。
「やばい……!そのまま食う気か!?」
オレは慌ててファイアボールのスクロールを両方構え、焦りながらも狙いを定め魔法を放った。
放たれた火球はちゃんと狙い通り村人の足の下をくぐり抜け的確に女王グモの醜悪な口へとヒットした。
「ギィィイーーー!!!」
女王グモは鋏角を刺した村人を横に放り投げ叫び声を上げる。
「危なかったな!あの怪我人のとこ行く前にこいつも直して行ってくれ!」
ゼニが刃こぼれした大剣を投げてよこす。
「危ねぇだろ!刃物を投げるな!」
オレは間一髪、投げられた大剣を躱して文句を言う。
「なんだよビビりだなぁ!手なんか切れねぇから早く直せよ!」
「直してやるからオレをもっと丁重に扱え!」
修復のスキルを大剣にかけそのままゼニに投げ返す。てかそんな事してる場合じゃない、急いであの村人にヒールをかけないと!
オレは血を流し地面に倒れて動かなくなった村人に駆け寄る。女王グモはと言うと、ファイアボールがかなりこたえたのか器用に左右の前脚で顔を隠しながら後ずさっていた。
「トウゴくん!頼むよ!」
トーラさんが叫びながら怪我をした村人と後ずさった女王グモとの間に走り込み剣を構える。それに続いて数人の村人もトーラさんの横に立つ。よし、これなら治療の時間を稼げそうだ。オレは早速ヒールをかける。3回かけてやっと傷口が塞がったがまだまだ苦しそうだ。これはかなりの毒ももらっている様だ。
「うわああ!」
その時前から悲鳴が聞こえた。見ると女王グモがトーラさんたちに襲いかかり数人吹き飛ばしている。
「ぐあぁっ!!!」
1人の村人が太ももを前脚で貫かれた。その場に崩れ落ちた村人に女王グモの鋏角が迫る。
「待て待てぇよぉ!」
間一髪、ゼニが大剣をフルスイングして女王グモの顔面を横殴りにする。堪らずよろめいた隙を逃さず、ゼニは村人を引っぱり距離を置く。
女王グモはゼニの一撃が余程堪えたのかめちゃくちゃに前脚を振り回しながら暴れ回る。それに巻き込まれる様にまた数人の村人が吹き飛ばされた。
「くっそ、あんま戦況は良くねぇなぁ」
村人を担いだゼニがオレの元へ。さっきの人の解毒の前にとりあえずこの人の怪我だけでも治療しなきゃ。
「このペースだとオレの治療も間に合わないな。ヒールにキュア、しかも1回じゃ全快しない。これじゃ埒が明かないぞ」
「んな事言ったってよぉ、じゃどーすんだよ?」
「そんなもん、やられる前にやるしか無いだろ」
回復は女王グモを倒してからまとめてだ。
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