26.夏祭り 後編.T
―――河川敷
この川沿いからは丁度花火が見える、らしい。
これは智行情報によるところなんだけど、ここはそれなりの穴場で、そこまで人が集まらないポイントという事で来たんだけど、思ったより人が居た、まあ今どき花火が良く見える穴場スポットはすぐに共有されて中々無いか。
正直、告白出来るような環境じゃない。
どうしよう、もっと少し人気の少ない方に歩いて行ってみようか。
「もう少しあっちの方に行きましょうか」
「うん、良いよ」
そうやって少し歩くと人が少ない場所を見つけた。
花火を見るポイントとしてはさっきの場所より落ちるけどしょうがない。
花火はちょくちょく休止というか次の準備をしているのか休み時間がある、そこまで長くないけど。
ここの花火はスポンサーや協賛なんかの紹介が入ったりして休み時間がある、そのタイミングで告白しようと思っている。
―――そして、花火が始まった、告白へのカウントダウンが。
「やっぱりシンプルな大きく広がる花火が好きだな、これぞ花火!って感じがしない?」
「音が大きいのも良いですよね、お腹に響くのも特別感ありますし」
花火が始まって1時間くらいだろうか、この花火が途切れたらいこう。と何度目かの決意を固める。次こそは、と。
よし、途切れた、言え!勇気を出せ!
みやびを見ると、俺を見ていた、バッチリ目が合う、チャンスだ!今だ!言え!
「み、みやび!」
「うん、なんだい?」
「あ、あの……」
「……」
「ちょ、ちょっとトイレ行ってきます!」
「ああ、うん、気をつけてね」
くそっ、ダメだ!後一歩の勇気が出せない!
トイレを済ませて戻る途中考えていた。
告白して大丈夫だろうか、と。
最近のみやびの態度を考えてみよう、カラオケから明らかにみやびの態度が変わっている、普通に考えたらいけるように見える、さっき目が合った事にしてもあれは俺の告白を待っていたんじゃないだろうか。
そうだ、そうに違いない、怖気付くな、大丈夫、行ける、行けるはずだ。
みやびは俺の姿を見つけると手を振っていた、あーもう、可愛い、俺のものにしたい。いや、する!
もう花火は再開されており、次の休み時間に行こうと決めた。
「お帰り、もう始まっちゃってるよ」
「こっちに戻る途中から見てたから大丈夫ですよ」
この花火が終わったら、今度こそ、今度こそだ、このままでは花火自体が終わってしまう、それで良いのか。良いはずが無い。
―――花火が止まり、次までの間が出来た、今度こそ、本当に、行くぞ。覚悟を決めろ。
「――みやび」
「うん」
「聞いて欲しい事があるんだ」
「良いよ、聞くよ」
俺達はお互いを真っ直ぐ見つめていた。
「みやびと会ってからもう1ヶ月以上経つね、凄く充実した時間を過ごしたと思う。
みやびはいつも優しくて、穏やかで、俺を気遣ってくれて、それに時々叱ってくれたりもして俺が間違わないようにしてくれる。
それに、いつも俺を見てくれる、助けてくれる、俺はみやびが傍に居てくれるだけで凄く嬉しいし、楽しい」
「でももうそれだけじゃ嫌なんだ、時々思うんだ、誰かに盗られるんじゃないかって、隣に俺じゃない違う男が立つんじゃないかって、そう考えると居ても立っても居られなくなるんだ」
「だから、みやび、―――好きだ、俺と付き合って欲しい」
それを聞いたみやびは少し困ったような表情をしていた。
もしかして、まさか、そんな、―――考えたくない、目の前が真っ暗になり、頭が重くなり、気が遠くなりそうだった。
もうみやびの顔が見られない。
「―――うん、良いよ」
―――え?聞き間違いか?今、"良いよ"って聞こえたけど。
顔を上げ、みやびの顔を見た。
「良いよ、―――付き合う、よ」
その言葉をハッキリと認識した俺の心は一瞬で地獄から天国へ舞い上がった。
「ほ、本当に、良いんですね?」
「もう、何度も言わないよ」
「ありがとうみやび、俺は今、世界で一番の幸せ者だ」
ヤバい、今俺は歓喜の大渦に飲まれている、今なら何でも出来そうな錯覚に陥ってしまうほど気分が高揚している。
丁度次の花火が始まった、まるで俺達を祝福しているかのように感じる、
今なら虫の鳴き声すら祝福のBGMに聞こえるだろう。
最後の大花火が締めくくり、イベントの終わりを告げた。
まだウキウキのままで、この世の全てが輝いて見えていた。
みやびと恋人同士になった、みやびの恋人になった、恋人!恋人だ!
人生で初めての恋人、そのまま最後の恋人でも良い!
だって、一切妥協の無い、人生で一番好きな女性が恋人なんだ、性格だってよく分かってる、すでに同棲しているようなものだからこれから嫌な要素が見えてくる事も少ないだろう。
「終わっちゃったね、帰ろうか、――敏夫?」
そう言われてやっと我に帰る、みやびはこういう時でも落ち着いている、流石だなと思う。
今から帰るわけだけど、恋人同士になったわけだし、折角なら手を繋ぎたい。
「みやび、帰るまでの間、て、手を繋ぎませんか」
「――いいよ、手を繋ごうか、恋人同士だからね」
みやびの口から恋人同士という言葉が聞こえてきて、心臓の鼓動がうるさく、大きく聞こえた。
本当なら直ぐにでも手を繋ぐだけじゃなくて、抱き締めたい、もっと密着したい、全てが欲しい。でも順序ってものがある。
慌てるな、落ち着け、順番に、もっと恋人として仲良くなってからだ。一足飛びは嫌われる、恋人になったからと言って全部を許したわけじゃないんだ。ちゃんと2人の愛を育んでいくんだ。
そう、これからは恋人なんだ、"恋人"、この言葉を思い浮かべるだけで顔がニヤける。
「全くもう、だらしない顔して、ほら帰るよ。手は繋がないの?」
「はッはい!繋ぐから!繋ぎますから!」
全く本当に情けない、でも良いんだ、こういうのも楽しい。このやり取り自体が今までは有り得なかったんだから。
屋台巡りで手を繋ぐのとは全く違う、手を繋ぐ事自体が目的の、2人を繋ぐ為の、その行為。
手を繋ぐ、小さくて柔らかい少し冷たい手、もうこの手を離したくない。
「ほら、帰るからね」
「はい」
2人で一緒に帰り、家に着いた時にようやく手を離した。
風呂に入り、一息ついてぼんやり今日の出来事を思い返していたらみやびがお風呂から上がってきた。
「今日は疲れちゃったから先に寝るよ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
今日のお祭りの事は帰りにずっと話していたから別に良いんだけど、少し寂しかった。
まあでも、今日は結構歩いたし、人が多い所は俺と違って周りがよく見えないから精神的な疲労が大きいのかも知れないな、なんて思って気を紛らわせた。
ああ、そうだ、智行達に上手くいった事を報告しないと、まあメッセージを送るだけで良いだろう、詳しい話は明日しよう。
中広さん達は……みやびさんより先に伝えるのは不味いだろうから止めておこう。
その日はずっとテンションが下がらなくて中々寝付けず、空が明るくなる頃にやっと眠りについた。
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まだ物語は続きます。
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