8.甥とおじさん、という関係.M
MIYABI View
その日は緊張で早く起きてしまった。
そういえば昨日もあまり眠れていないし、良くないなあこれは。
いつもより早く起き、洗濯し、シャワーを浴びて、身だしなみを整え、お弁当と朝ご飯を作る、それだけしても敏夫君がまだ起きてこなかったくらい時間が余った。
お陰で身だしなみにかかるおおよその時間が分かったので明日からの目安にしようと思う。
「あー、緊張するなあ」
今日から高校へ初登校という事で実質的な女の子デビューという事になる。
学校では女子トイレに入り、着替えも女子と、他にも全て女子扱いとなって他の女の子達に混ざって生活していく事になるんだけど、不安しかなくて。
でも不安だからといってオドオドしていると余計なトラブルも招きそうで、お姉ちゃんに云われてるように背筋を伸ばして姿勢だけでも堂々としていこうと決める。元気じゃなくてもいいから自然体で会話できるように頑張ろうと思う。
朝ご飯の時間に私がいつも敏夫君に思う事を伝えてみた。
「君はいつも美味しそうに食べてくれて気持ちが良いね」
そういうと敏夫君は顔を紅く染めて、私のご飯が美味しいからと言ってくれた。
ふふ、嬉しい事をいってくれるじゃないか、相手を褒める事を忘れないのは素晴らしいと思うよ。
敏夫君は本当に好青年だと思う、丁寧だし、しっかり気配りも出来る、新入社員に欲しかったなあ、なんて、今じゃもう関係ないんだけど、思わずそう思ってしまうくらいには好青年だね。
通学時にぼんやり考えていたんだけど、敏夫君を見ているとなんだか元気が貰えるような気がする。
食事時なんかは最も顕著だし、なんだか話しているといつも元気だし、やっぱり若い子は元気があっていいね。
まあ今からその若い子だらけの学校に行くんだけどね。そっちはちょっと不安なんだけど。若い子も1人ならともかく集団となると話しは別、やっぱり緊張してきたよ…。
「ありがとう、それでね、勉強でも人付き合いでも、危なかったら助けてくれるかい?」
「いいですよ、喜んで」
頼りにさせてもらいますよ敏夫君、すっかり忘れていたけど一応義兄なんだからね。
敏夫君はどうも義兄という感じがしない、敬語を使っているというのが大きいんだろうけど、だから義兄という事を忘れがちになる、というか昨日も今日も含めてさっきまで忘れていたくらい。
これは敏夫君だけの責任じゃなくて、私も4月に1ヶ月一緒に過ごした経験から従兄弟というより甥のような感覚がまだ有るからだと思うんだけど。
綾ちゃんみたいに何年も会ってなければ新しい関係を受け入れやすいのかもしれないね。
先生に促されて教室に入る、敏夫君と同年代の子達がズラリと、うう、どんどん緊張してきた…。
簡単な挨拶と自己紹介をなんとか済ませると1人の男の子が質問してきた、趣味と云われてもね……まあ今なら料理と答えとくのが無難かな。
席は敏夫君の後ろだった、これはラッキーじゃないかな?色々と助けてもらえそうだね。
女子生徒に囲まれたり、敏夫君に学校を案内してもらってお昼ご飯の時間、敏夫君はそそくさと教室から出ていこうとしていた、私は慌てて声を掛けて止めた。
「あッ!敏夫君!お弁当あるよ!!」
思ったより大きい声が出てしまったようで、クラス中から見られて少し恥ずかしい思いをしてしまった。
しかしなぜ敏夫君は事前にお弁当は私が作ると言っておいたのに外へ行こうとしたのだろうか。
敏夫君の話によると朝忙しいから無いかと思ったらしいけど、いやこれは私の責任だな、朝に一言言っておくべきだったなあ、次からは気をつけよう。
やはり敏夫君との食事時間は私にとっての癒やしの時間のようだ、沢山食べる君が好き、なんて言葉も今なら分かる、私が作った食事を嬉しそうに美味しそうに沢山食べてくれるというのがこんなにも嬉しくて元気を分けて貰えるなんて。
それに美味しそうに食べるというのは一種の才能な気がする、他の人達を見回しても敏夫君が一番美味しそうに食べているように見える、すごいぞ敏夫君。
それに食べるだけじゃなくて、私まで褒めてくれる、嬉しくて照れちゃうじゃないか、褒め上手だなあ君は、出来るだけ君と食事を共にしたいものだね。
その楽しかった時間は食事と共に終わったのだけれど。
どうやら敏夫君のなんか軽そうな友達が敏夫君を出汁に私に声を掛けてきた。
私と仲良くなりたいというのは良いとして、いきなりお弁当作って欲しいは無いと思うんだけどな、それになんというか、凄くぐいぐい来る、正直困るし、男に言い寄られるのってこんな感じなのか、少し怖いしそれ以上に心が拒否反応を示している、"男は無理!!"と。
この人は敏夫君の友達らしいし、あんまりハッキリ断ると敏夫君にも迷惑が掛かるだろうし、どう対処していいのか分からない、敏夫君、助けてくれないかなあ。
「おい智行、みやびさん困ってるだろ、その辺にしとけよ、あと声を掛けるなら兄である俺の許可を貰ってからだからな」
察してくれたのか敏夫君が助けてくれた、本当に助かった。
私は男に言い寄られる事の怖さと男への拒否感を話した、敏夫君にはこんな事は感じないのに、それとも敏夫君でもぐいぐい来たらこういう反応してしまうのだろうか、……してしまう気がする、でもそれ以上に敏夫君はこんな無理やりぐいぐい来たりせず、正面からちゃんと来そうな気がする。
この辺は、男時代の1ヶ月と女の子時代の2日を共に過ごした勘でしかないけど。
それはともかく、今後は男の人の対応には気を付けないといけないな、教育を受けていても実践出来なければ意味がないからね。
敏夫君は完全に無視するかちゃんと断っても良いと言っていたので次からは敏夫君の友達でもそうするとしよう。
帰り際、敏夫君の手を握った時に気付いたんだけど、男の人の手って女の子に較べて大きくて暖かいんだね、大きいのは分かるけど暖かいのもセットになっていて、凄く包まれてると感じる、落ち着くし安心出来る、すぐに手を離されちゃったのが少し残念に感じるくらいにはもう少し手を握っていたかったかな。
スーパーに寄った際に敏夫君に何が食べたいか聞いたら、鶏肉で出来れば唐揚げが食べたいと返ってきた、うーん、今日の私は唐揚げの気分じゃないので唐揚げはパスだけど鶏肉かー、何がいいかな。
照り焼きなんかいいかなあ、なんて考えていると惣菜コーナーからふわりとカレーの匂いが、思い出してみたら具材は大体揃っている、手羽元とヨーグルトを買えばいけそうだ、うん、今日は手羽元カレーにしよう、そう言えば4月に一度作ってあげた時に敏夫君が美味しそうに食べていた事を思い出す、これは良いかも知れないね。
という訳で、手羽元のカレーの出来上がり、煮込むのに大分時間がかかるけどもそうしないと手羽元のホロホロと崩れる柔らかさにならないからしょうがないよね、しかしこれは作りすぎたな、明日の晩ご飯もカレーかな、なんて思っていたら、なんと敏夫君は合計3杯も食べてしまった、そんなに美味しかったのだろうか、いやとても嬉しいんだけどね、作りがいがあって本当に嬉しい。
多めに作ってしまったのは敏夫君が沢山食べると思って無意識の内にやってしまったのかも知れないね。敏夫君にあまり甘えてしまっては良くないなあ、なんて思いながらもニヤニヤしてしまう。
人に食べて貰う事の楽しさ嬉しさを今実感している気がする、敏夫君がいて良かった。
「任せてください、みやびさんが使ったものなら幾らでも食べますから!」
この言葉は本当に嬉しくて、なんだかまるで告白でもされているようで、それを受けた私はそんな気分で、実際には全然意味合いは違うのだけれど、そう分かっていても頬が紅くなり、鼓動が早くなる。
「うん、宜しくね」
と返すのが精一杯だった。
寝る前に少し考える、今日通学時に敏夫君が義兄である事を思い出した訳だけれども、というか昼からついさっきまで忘れていたけど、私は彼の事をどういう風に見ているんだろう、確実に言えるのは義兄ではないという事、忘れていたくらいだし、そうなるとやっぱり従兄弟とも違って、以前思っていた甥のような存在かな。つまり従兄弟と義兄、どっちの関係にも当てはまらない。
そして彼は私をどう見ているのか、敬語や態度なんかを見る限りはやっぱり"おじさん"なんだろうか、つまり私と同じで従兄弟と義妹、どっちの関係にも当たらない。
私と彼の関係は少し面白い、これからどういう風な関係に変わっていくのか、ちょっと楽しみだなあ。
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