【ファナエルSIDE】 クッキーどうぞ☆

 「始君、さっき電車に乗って出発したみたいだよ」


 アキラから届いたレインのメッセージを読み上げる。

 事務所のテーブルでお茶を飲みながら会話をしている斬琉キルちゃんとるるはその言葉に軽い相槌を返していた。


 「ボスからも連絡があった。私もボチボチ帰還する」

 「えぇ、るるちゃんもう帰っちゃうの?」

 「牛草ファナエルが君に危害を加えないと分かった以上、私がここに居る意味は無い」


 るるはコップに注いだお茶を飲み切ったら帰ると言いながらフゥと一息ついた。

 別に斬琉キルちゃんに何かするつもりは無いって言ってるのに。


 今の私にはアキラが居る。

 アキラが用意してくれた世界に一つだけの私の居場所もある。


 それを壊す様な存在が居るなら私だって攻撃するけど、少なくとも今は居ない。


 敵意に晒される事はもう慣れてるけど、いつまでもシンガンの人達に目を付けられるのはあんまり良い物ではないなと思いながら私はソファーに座った。


 今からアキラはお買い物をしてから帰って来る。

 大体30分ぐらいかかるのかなぁ。


 「ぼ~っと時計みて、秋にぃがいつ帰るか考えてるの?」

 「そんな所」

 「僕が見ない間に新婚夫婦みたいな距離感になってるよ。いや前から熱々のカップルではあったけどさ」


 新婚夫婦みたいかぁ。

 嬉しいな、私にこんな幸せが訪れるとは思わなかったから。


 もし私とアキラが結婚するなら式は挙げるのかな?

 二人で式場やドレスを決めてやる大きな結婚式も良いし、私とアキラのだけが知っている秘密の場所で結婚式をするのもロマンがあって良い。


 この事務所でひっそりと指輪を渡して婚姻届けを出すだけって言うのも味があって良い。


 「そう言えば、ご飯はいつもファナエルさんが作ってるの?」


 そんな妄想に浸っている私の思考を斬琉キルちゃんの言葉が遮った。

 

 「うん。アキラが手伝ってくれることもあるけどね」

 「そっか、ファナエルさん普通に料理したら美味しいもんね。唯一駄目だったのはあのゲロクッキーぐらいだし」


 懐かしいね~と言いながら斬琉キルちゃんが笑う。

 あのクッキーを作ってたのも随分と懐かしい。


 「あ、クッキーで思い出した。実はお土産買ってあるんだ」

 「お土産?」

 「フフフ……僕の手造りクッキーだよ」


 斬琉キルちゃんは自信満々な顔でそう言って一つの箱を取り出した。

 その箱の中には黒い生地のクッキーが2,3個入っている。


 『ファナエルさんと秋にぃをお祝いするために美味しく作ったつもりだけど大丈夫かな』

 『中々照れくさくて本心は話せないなぁ。お茶らけて誤魔化そ』


 「僕のクッキーはファナエルさんのよりずっと完成度高いよ。食べてみてよ」


 少し赤面しながら斬琉キルちゃんはクッキーを一つ渡してくれた。

 心の中では照れくさそうにしているのが可愛いなと思いながら私はそのクッキーを手に取り、口に運んだ。


 少し苦味の強い、それでいて今まで食べたことの無い不思議なチョコレートの味が口いっぱいに広がる。

 私はそのクッキーを何の違和感も無く呑み込んだ。


 「うん。美味しいよ」

 「だから言ったでしょ?僕のクッキーは完成度が高いって」


 斬琉キルちゃんは誇らしげに笑う。

 でも、きっと心の中ではまだ照れてたりするんじゃないかな。


 『ファナエルさんと秋にぃを鬨吶&%$ために邊セ蟾ァ縺ォ作ったつもりだけど大丈夫かな』

 『繝舌Ξ縺溘i蜈ィ驛ィ縺後ヱ繝シ縺?縺本心は話せないなぁ。お茶らけて誤魔化そ』


 あれ?

 心の声が歪んでる?


 ノイズが混ざっているのとは訳が違う。

 斬琉キルちゃんの本心を今ここで捻じ曲げているみたいな感じがする。


 「ファナエルさんのクッキー、口に入れた瞬間に体が拒否反応起こしちゃうんだもん。本来の用途とは違うと言っても、ちょっと作りが甘いよね」

 「一体……何を言って」


 突然、私の身体中を吐き気が襲う。

 これはクッキーがまずいとか、体の調子が悪いとかそんなものじゃない。

 このクッキーを飲み込んでしまった事そのものが手遅れだと強く叱咤されている様な感覚だった。


 『ファナエルさんと秋にぃを騙すために精巧に作ったつもりだけど大丈夫かな』

 『ここでバレたら計画が全部パーだし本心は話せないなぁ。お茶らけて誤魔化そ』


 グシャリ、グシャリ。

 体の中が歪に渦巻いて変化している様な感覚に襲われる。


 斬琉キルちゃんから聞こえる心の声と、私の体がもう取り返しのつかない変化まで至ったと感じたその時、私はその場で吐きだした。


 嗚咽と共に口から吐き出されたのは酸っぱいゲロなんかじゃなかった。

 そこにあったのはこの世の何より黒い、泥の塊だったのだから。

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