これからよろしくね
告白とはとても言えないあの言葉をファナエルさんに伝えてから数秒が経った。
俺の頭を回るのは後悔の言葉ばかり。
ファナエルさんと恋人になるという甘い考えはこの時すでに粉々に砕け散っていた。
「ご、ごめん……変な事言って。それじゃあ俺帰ー」
「いいよ」
この場を去ろうとした俺の言葉を遮るように放たれたファナエルさんの声。
彼女は俺の頬に当てていた左手をそっと離し、スッと立ち上がってその手を俺の肩にポンと乗せる。
「私はこの学校に来て間もないし、アキラ君の言うことには一理あるなって考えてたんだ」
きっと拒絶されると思ていた。
変な奴だなと軽蔑されて二度と関りあうことが無くなるんだろうなとすら思っていた。
しかし、彼女の口から出てきたのは考えていたものとは真逆の言葉。
俺の言葉を受け入れてくれている。
その事実がただ嬉しくて、緊張でこわばっていた体は徐々に脱力していき、俺の心を支配していたネガティブな考えはスッと何処かへ消え去っていた。
「そ、それじゃあ……友達になってくれるってことでいいのか?」
「うん……でも、アキラ君と友達になる上で一つだけお願いしたい事があるんだ」
彼女は俺との距離をサッと縮める。
彼女の緑色の眼が文字どおり目と鼻の先まで迫っている。
「私の趣味や、苦手な事や、家庭環境……これらがもしアキラ君の価値観と大きく
そう言った彼女の眼は何故かいつもより暗く、深くいものだった。
それに対し、俺は彼女と友達になれるかもしれないというこの状況がただ嬉しくて、彼女の提示したその言葉を簡単に飲み込んだ。
「お、おう。人間皆何か抱えてるもんだし、それでも仲良くつるむのが友達……だろ?」
「アキラ君は頼もしいね。それじゃあ、お近づきの印にこれ食べてみない?」
彼女はフワリと笑ってそう言うと、右手に持っていた食べかけの白いクッキーを俺の口元に差しだす。
「アキラ君と私の関係が友達以上になるときの予行演習だと思ってさ」
「やっぱり恋人になる条件に入るんだ、そのクッキー完食すること」
元のサイズの3分の1ほど小さくなっていたその白いクッキーが彼女の手によって運ばれ、俺の口の中にそっと入れられる。
そのクッキーは市販薬のような味が若干混ざってはいたが、自分の想像以上に美味しかった。
なんだ、結構普通じゃないか。
これ食べて吐くなんて、皆は意外と根性ないんだな……そう思った次の瞬間だった。
突然、俺の身体中を吐き気が襲う。
これはクッキーがまずいとか、体の調子が悪いとかそんなものでは断じてない。
俺の身体中がそれを飲み込むなと警告しているような、そんな感覚だった。
口から
ファナエルさんの制服にそれをかける訳にはいかないと彼女の顔をちらりと見る。
その瞬間に映った彼女の顔は、今までのファナエルさんからは想像もつかない、不安で一杯一杯の表情をしていた。
そう言えば、ファナエルさんはこの学校に来てからずっとこのクッキーを目の前で吐き出され続けているんだよな。
もしかしたらそれって、結構辛いことなんじゃないか?
このクッキーがなにで出来ているのかは分からないけど……彼女はずっと自分の行動を周りから否定され続けている事になるんじゃないのか?
ファナエルさんに拒絶されるのが嫌だと思いながら告白していたさっきまでの俺と同じ気持ちに彼女もなっているのではないか?
もし、仮にその考えが合っているとして……もし俺がファナエルさんの立場だったとしたら?
目の前でクッキーを吐き捨てられる何て絶対に嫌だ!!
そう考えた瞬間、俺は両手で自分の口を塞ぎ、顔を上に上げる。
ギュルギュルと動く体内の動きを無理やり抑え、目に涙を浮かべながらも必死に、必死に、そのクッキーを半ば強引に呑み込んだ。
「げほっ、げほっ……今まで感じた事ない味だったけど、俺は好きだったよ」
こう言えば彼女が喜んでくれるかも知れない。
そんな下心満載の慣れない言葉を投げかけた次の瞬間、バッと彼女が俺の身体を抱きしめた。
「え、えっ?!ちょっちょっとファナエルさん?!」
「ファナエルでいいよ。私達もう友達なんだから」
アメリカでは友達とハグするなんて普通だよと言いながら彼女はニコリと笑っている。
彼女の方が身長が高い、彼女の体温が暖かい、彼女の体が柔らかい、そんな感触を俺はゆっくりと味わっていた。
彼女はゆっくりと俺の身体から離れると、彼女はポケットからスマホを取り出して画面をポンポンと操作する。
「私の連絡先、これだから」
「え?!あ、ああレイン交換だな」
ピコンとスマホから音が鳴り響く。
いきなりのスピード展開に追いついていけていない俺をよそに、彼女はちゃんと連絡先が交換できたかの確認を淡々とこなしていた。
そんな彼女の横顔が普段より笑顔で満ち溢れている……そんな風に感じる俺だった。
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