6-5. 旅立ち
切り取って死んでしまった花を生けるのが麗良からはお葬式のように見えたのだろう。良之は思い切って麗良のその考えに乗っかることにした。
――そうだよ。こうして綺麗に飾ってあげると、まるで生きているように見えるだろう。だから、全然怖くはないんだよ――
麗良は、良之の言葉を素直に信じたようだった。自分もやってみたい、と言うので遊び半分にやらせてみると、麗良は、良之が驚く程のセンスを持っていた。
生け花には、それぞれ流派の型というものがある。決して自分の個性を表現するだめのものではなく、その型を全て覚えて、花を最も美しく見せる方法を学ぶのが生け花だ。
しかし、良之は、敢えてその型に捉われることなく、麗良に生け花をさせることにした。
麗良には、木や花を生き生きとさせる不思議な力があった。
それはやはり、あの男の血の所為なのだと、良之には分かっていた。どう生けたらその花が一番美しく自然に見えるのかを本能で知っているのだ。
そして、麗良の生けた花は、見る者の心を癒し、元気にする力があった。誰もが麗良の生ける花を見ては、褒め称えた。
そして、それは、麗良の幼い自尊心を高めることとなった。
麗良は、自分が一番優れた花道家だと思い込み、やたらコンテストに出場したがった。自分の力をより多くの人の前で試してみたいという気持ちを抑えきれなかったのだ。
良之は、麗良の年齢を理由にコンテストへの出場を許可しなかった。
だが本当の理由は、麗良を表舞台に出すわけにはいかなかったからだ。胡蝶のことすら人の話題に出ないよう隠し続けているのだ。父親が誰とも言えない子供を自分の孫として世間に公表するわけにはいかない。
生け花教室では、麗良のことを親戚から預かっている、とだけ説明していた。
それに、いつしかラムファが再び現れて、麗良を連れて行くと約束をしていた。
自分は、その時までこの子を世間から隠し、守り育ててやることだけ考えていればよい。
――おじい様は、私のことが嫌いなのよっ――
そう言って、一度だけ麗良が良之に歯向かったことがある。コンテストに出ても良い歳になっても、自分だけ出場させてもらえないことに腹を立て、先の言葉を投げ付けた。
(私は、あの子自身のことを嫌ってなどいない……)
麗良の言葉は、良之を悪夢から覚めさせてくれた。ラムファへの憎しみから、目の前の罪なき小さな命までも憎しみの目で見てしまっていたことに気付かされたのだ。
良之が麗良を見つけたのは、庭の片隅だった。
笹の葉に隠れて池の淵から水の中をじっと見つめている。声は上げていなかったが、小さな背中が泣いているようで、良之は胸が痛んだ。
声を掛けようとしたが、何と言って慰めれば良いのか分からない。我ながら何と不器用なことかと呆れてしまうが、性分なのだから仕方がない。
その時、風に吹かれて麗良の頭を撫でるように揺れている笹の葉が良之の目に入った。ふと懐かしい気持ちに駆られて、その葉を手に取ると、麗良が気付いて振り返った。その赤く濡れた両の目が大きく見開かれるのを見て、良之は居たたまれない思いで手にした笹の葉を弄った。
そして、麗良が見つめる中、器用に笹の葉で船を作って見せると、池に船を浮かばせてやった。
池の上を流れて行く笹船を見送りながら、良之は、初めて麗良が遠くへ行ってしまうことを寂しいと思う気持ちが自分の中にあることに気付いたのだ。
百華展に出店した作品〝かぐや姫〟は、そんな自分の想いと、麗良との思い出を表現していた。誰でもない麗良にしか伝わらないメッセージだった。
それが正しく彼女に伝わったかどうかは分からない。
それでも、麗良のこれからの旅路が良いものとなるよう心から願っている。
ラムファは、自分とは違い、愛情表現のできる男だ。自分では決して与えることのできなかったものを麗良に与えてやることができるだろう。
そう思うと当時に、良之は嫉妬心を感じている自分がいることに驚き、苦笑した。
「どうしたの、お父さん。
そんなところで何をしているの」
背後から娘の胡蝶が呼ぶ声に良之は振り返った。あれから胡蝶は、何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻している。ラムファのことも、麗良のことすら覚えていないようだった。
「いや、何でもないよ。
そろそろ立葵が花を咲かす頃かと思ってな」
タチアオイは、梅雨入りと同時に花が下から咲き昇っていき、上まで咲ききると梅雨明けと言われている。
「お父さんったら、タチアオイならとっくに咲いているわ。
今年はいつもより早いみたい。
でも、梅雨明けまではまだ少し間がありそうよ」
そう言って空を見上げる胡蝶につられ、良之も空を見上げた。先程まで青空が広がっていたと思ったのに、西の空に灰色の雲が侵食してきている。風も出てきているので、夕方には雨が降るかもしれない。
「嵐にならなければいいが……」
何となく不穏な気配を感じて良之が眉を寄せた。それが天気のことだけではなく、麗良の身にこれから起こることを予感させる気がしたのだ。
胡蝶が意外そうな顔を良之に向けた。
「あら、嵐だって時には必要なのよ。
植物たちも、それを乗り越えて幹を強くさせるのだから」
その言葉に良之が相好を崩す。
そうだな、と良之は頷いた。
自分もまた、娘との絆をもう一度築き直そう、と考えながら――。
***
ところで、と麗良がラムファに尋ねた。
「《妖精の国》って、どこにあるの?」
具体的な場所も、どうやって行くのか、どれくらい時間がかかるかも聞いていない。
すると、ラムファがにやり、といたずらっぽい顔で答えた。
「行きたいと思った時に行けるよ。今すぐにでも」
どういう意味かと麗良が聞き返す前に、ラムファが前に渡した水晶玉を持っているかと尋ねた。
麗良が持っていると答えて、ポケットからそれを取り出して見せる。何となく手元に置いておきたくて、いつも持ち歩いているのだ。
ラムファは、麗良の取り出した水晶玉に指を当てて、それを光らせた。すると、水晶玉が鍵の形に姿を変えていく。
「レイラ、行くよ」
ラムファに向かって、麗良が頷く。
ラムファが麗良の手を、その大きな手で握った。
これから先にどんなことが待ち受けているのかは、解らない。
それでも、この手の温もりだけは決して離さすまいと、心に誓いながら―――。
――To Be Continued......
妖精王の娘~私が妖精界へ行くことになった長い理由(ワケ)~ 風雅ありす@『宝石獣』カクコン参加中💎 @N-caerulea
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