4-6. 準備

 翌朝、麗良が制服に着替えてリビングへ降りて行くと、依子とラムファが二人並んでキッチンに立っていた。


「何してるの」


 ラムファがキッチンに居ることは珍しいので、麗良がカウンター越しに声を掛けると、ラムファは驚き、慌てた様子で誤魔化すように笑った。


「ああ、ヨリコが忙しそうだったから、朝食の支度を手伝っていたんだ」


 妙に思った麗良がカウンターを回ってキッチンへ入ろうとすると、ラムファが身体を張って遮った。


「ああ、ダメだよ。今日は、レイラが主役なんだからね。

 あっちで座って待っていて。ここは、パパとヨリコで大丈夫だから」


 そのままラムファに背中を押し出され、麗良は、ダイニングの椅子に座らせられた。ラムファがキッチンへと戻って行くと、入れ替わりに、依子が朝食を運んできてくれる。


「今日は、学校へ行かれるんですか。

 荷造りもあるでしょうし、お休みされればよいのに」

「うん、教室に置いてある荷物を取りに行かなきゃいけないし、先生に挨拶だけして、お昼前には帰ってくるわ」

「そうですか。では、お昼食をご用意しておきますね。

 荷造りはもうお済みになられたんですか?

 手伝えることがあったら、何でも言ってくださいね」


 依子は、それだけ言うと、再びキッチンへと戻って行った。


 麗良は、依子が用意してくれた朝食を眺めた。健康に良いからと言って毎朝必ず出されるお味噌汁、サラダ、ちょうど半熟に焼けた目玉焼き、狐色にこんがり焼けたトースト、ヨーグルト、そして、いつも麗良がトーストにかける蜂蜜――これは、養蜂場を営んでいる依子の実家からもらったものだ。

 ローヤルゼリーが入っているからか、市販のものよりも味が濃厚で少し癖があるが、麗良は気に入っていた。良之も青葉もあまり甘いものは食べないので、この蜂蜜は、依子が麗良のためにもらって来てくれている。


 一度だけ麗良は、依子の実家へ養蜂場の体験に連れて行ってもらったことがある。初めはたくさんの蜂に囲まれているのが怖かったが、次第に蜂たちの羽音が音楽のように聞こえてきて感動したのを覚えている。もうこの蜂蜜を口にすることもないかと思うと、胸がちりちりと痛んだ。


 麗良は、いつもより丁寧に味わいながら食事を終えると、いつもより少し長い合掌をした。学校へ向かう間、いつものように一緒についてきたラムファは、始終笑顔で《妖精の国》の話をしてくれたが、時折周囲に目を配って何かを警戒しているようだった。

 麗良が気になってどうしたのかと訊ねると、可愛い麗良を危険から守るのがパパの役目だからね、と言ってはぐらかされた。


 学校へは、外国で長い間単身赴任をしていた父親が祖父の老齢を理由に麗良を連れて外国へ行くことにした、と良之が事前に連絡を入れてくれていたので、今回はラムファが不審者として通報されることはなかった。

 むしろ、いつの間にか女性教師たちの信用と人気を獲得していたラムファは、執拗に引っ越し先の住所と連絡先を聞かれ、挙句通い妻よろしくといった勢いだったので、ラムファは、落ち着いたらこちらから連絡すると言って、何とかその場を収めた。


 担任の先生からは、教室でクラスメイトに挨拶をするよう勧められたが、気恥ずかしさと面倒な気持ちから麗良が断った。飛行機の時間があるからと言って誤魔化したので、先生もそれ以上は無理に勧めなかった。

 クラスメイトと仲が悪いというわけではない。クラスが変わってまだ二か月ほどしか経っていないこともあり、特別親しい友人もいないからだ。

 麗良が唯一言葉を交わしたいと思うほど親しい友人は、マヤだけだ。


 しかし、学校帰りに寄ったマヤの家は留守だった。呼び鈴を鳴らしても反応がない。また庭で倒れているのではないかと心配になって庭を覗いてみたが、誰もいない。家の鍵も閉まっていたので、〝話があるので電話して〟とだけ書いた紙を郵便受けに入れて帰ることにした。


 そこで、一度自宅へ戻り、依子の用意してくれていた昼食をとると、夜まで暇になってしまった。ラムファから最後に行きたいところはないか、と聞かれたが、特別思い入れのある場所はない。

 ふと頭によぎったのは、青葉の顔だったが、麗良は頭を横に振って、すぐにそれを打ち消した。それに、外出してしまうと、マヤから家に電話があった時、すぐに対応できないと思ったので、庭を歩きながら時間をつぶすことにした。

 身体の弱いマヤが遠出することはないので、きっとすぐに戻って麗良の置手紙に気付き、こちらに電話をくれるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る