3-8. 破壊

(おじい様は、私がいなくなってもいいのね……)


 茫然と立ち尽くす麗良にラムファが戸惑いながらも声を掛けた時、会場内で何かが割れる音が聞こえた。

 展示場に居た誰もがその音の出どころを目で追うと、柄の悪い男たちが四、五人、足元に割れて飛び散った花瓶と無残に散らばった花を靴で踏みつけている。状況を理解できないでいる観客たちが見守る中、男の一人が大きく腕を振るい、壁に沿って並んだ作品たちをなぎ落とした。花瓶の割れる大きな音が展示場に鳴り響き、誰かが叫んだ。


 男たちは、次々と壁際に飾られた作品を何のためらいもなく壊していく。係の者が慌てて止めに入るが、恰幅の良い男が立ちはだかる。力づくで止めようとした係の一人を男が殴ると、観客から悲鳴が上がった。

 騒然となった会場は、混乱した観客たちが一斉に出口へと向かい、ごった返しになる。人の流れに巻き込まれそうになった麗良をラムファが守るように自分の腕の中へ引き寄せた。麗良は、驚いた顔で、乱暴をする男たちを見つめていたが、男の足元で無残に踏みつけられた花を見て、我に返った。


「やめて、花が……ひどい、あんまりだわ」


 麗良の表情が苦痛に歪む。まるで自分自身が傷つけられたかのように胸が痛い。

 思わず駆け寄ろうとした麗良をラムファが押さえた。麗良の力ではラムファに敵わない。


「お願い、どうにかして」


 懇願して自分を見上げる麗良に、ラムファは困った顔をする。

 その間にも、花瓶の割れる音と人を殴りつける音が何かのバックミュージックのように聞こえてくる。

 麗良は、ラムファの腕の中で必死にもがいた。それでも、身体の大きなラムファはびくともしない。


「どうして……どうしてよ、前みたいにあんな奴ら、やっつけてやってよ」


 ラムファは、麗良を抱き上げると、そのまま会場の外へ出ようとした。


「お願い、お願いだから……あんなひどいこと、どうしてできるの?」


 麗良は、ラムファの胸に顔を埋めて泣きじゃくると、そのまま気を失った。



  ***



 幼い女の子が泣いている。

 顔は両手で塞がっているので見えない。


 辺りは真っ暗で、女の子の他には何も見えない。

 女の子は、白いシャツと赤いジャンバースカートを着ている。その服装にどこか見覚えがある気がする。


 どうして泣いているのか、と尋ねると、女の子は、片方の腕を伸ばして、指さした。

 その方向を見ると、一輪の花が花瓶に刺してある。

 紫色の杜若。

 生けてある薄緑色の花瓶の模様に何故か既視感を覚えた。

 胸がざわつき、嫌な気持ちがした。


 女の子は、泣きながら言った。


――お花さんがかわいそう。痛い、痛いって、泣いてるの。


 そう言って、女の子は泣き続けた。いつまでもいつまでも、泣き続けた。


 泣き声は、一つだけではなかった。

 気が付くと、たくさんの泣き声が耳にへばりつくように聞こえてくる。

 高い声、低い声、うめくような悲痛に鳴き叫ぶ声が聞こえる。それらが女の子の声ではないことは明らかだった。


 どこから聞こえてくるのかと辺りを見回しても、何も見えない。泣き声は、真っ暗な闇の中から絶えず、数を増して聞こえてくる。

 それらの声を聞くだけで、心がむしられるような痛みを覚えた。

 手、足、頭、肩……身体の至る所が泣き声に合わせて痛みを増していく。


(やめてっ……)


 やがて耐えきれなくなり耳を塞いだ。塞ごうとして、自分に耳がないことに気が付いた。塞ぐ腕もない。


 泣き声は永遠と頭の中に響いて聞こえる。


 その時やっと、わかった。


 ああ、あの女の子は、自分だったのだと。

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