3.百花展
3-1. キッカケは穴
夜の公園に、黒い背広を来た男たちが三十人ほど、ジャングルジムを囲って整列している。ジャングルジムの天辺には、同じく黒い背広を来た一人の男が腰掛けており、他の男たちにはない山高帽を胸に抱き、柔らかな月の光を浴びるように目を閉じている。
男は、目的が果たせなかったことを知ると、表情一つ変えずに目を開けた。
「やはり、あの男がいる限りは、手が出せないか……」
男は、内ポケットの中に手を入れ、何かを取り出した。ピスタチオだ。その幾つかを殻付きのまま掌の中でぐしゃりと音を立てて潰すと、無造作に地面へとばらまいた。すると、黒服を着て整列していた男たちが一斉に地面へ這いつくばり、ピスタチオの欠片に群がる。
男が指を鳴らすと、男たちの姿が縮んでゆき、背中に羽根が生えた。地面に落ちたピスタチオの欠片を啄ばんでいるのは、黒い烏だった。
「まぁいい。次の手は考えてある。まだ時間はあるし、な」
男は、山高帽を目深に被ると、ジャングルジムの天辺で立ち上がった。それを合図にするかのように、群がっていた烏たちが一斉に飛び上がる。
地面には、ピスタチオの欠片も残されていない。
山高帽の下で口角を上げた男の頬を、月光の灯りだけが怪しく照らしていた。
***
朝、皆が居間で朝食をとっていると、依子が急に大きな声を出した。
「あらまぁまぁ、こんな大きな穴をどこで開けてらしたの?」
言われたラムファが腕を上げてみると、背広の裾あたりに丸い穴が三つ、四つ空いている。ラムファの顔にしまった、という文字が浮かんで見えたが、その本当の理由に気付いたのは、麗良だけだった。
「あぁ、これは…………虫に食べられたかな」
ラムファは、笑いながら依子から穴が見えないよう手で隠した。よく見ると、穴の淵が黒く焦げているのがわかるので、虫食いではないことは明らかだった。植物園で、銃弾が飛び交う中を飛び出して行った時に空いたのだろう。
「脱いでください。繕って差し上げます」
そう言って依子が持っていたお盆を机の上に置き、ラムファの背広を脱がしにかかる。それに慌てたラムファは、咄嗟に依子から距離を置いた。
「お気遣いは大変嬉しいのだが、生憎、他に替えの服がなくてね。
自分で直しておくから平気だよ」
それを聞いて、依子が目を丸くした。
「あらまぁ、それじゃあ繕っている間、風邪をひいてしまいます。
では、旦那様のお洋服をお借りになられては」
依子が良之の顔を伺う。すると、良之は、苦いものを見るような目つきでラムファの頭頂を見やり、軽く咳払いをした。
「……私の着物では、丈が足りないだろう」
そう言って、朝食に用意されたアジの干物を箸でつつく。
「僕ので良ければ、お貸ししますよ……と言いたいところだけど、僕のでも足りないだろうなぁ。
身長、一体いくつあるんですか」
苦笑しながら青葉が語尾を上げてラムファを見た。心なしか青葉の口調に棘を感じるようで、麗良は不思議に思った。
「それしか持ってないって……着たきり雀じゃない。汚いわね」
そう言って麗良は、蜂蜜がけのトーストを一口齧り、幸せそうな表情を浮かべる。
一方、ラムファは、麗良の言葉に落雷の如き衝撃を受け、固まったまま動けなくなっている。
依子がどうフォローしようかと魚のように口を開け閉めしていると、良之が溜め息をついて箸を置いた。
「……あとで一緒に百貨店にでも行って、彼に何か服を見繕ってあげなさい」
麗良は、一瞬それが自分に向かって言われたのだとは分からず、手にしたトーストから蜂蜜が垂れ落ちるのを慌てて口で塞いだ。
「%#□§っ△&?!」
「口に食べ物を含んだまま喋るんじゃない。汚ないだろう」
そう言って手を合わせた良之の皿の上には、アジの骨だけが綺麗に残されていた。
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