1-8. 目的は

 国語の担当教員は、些細な事にネチネチと嫌味を言うので、生徒たちから煙たがられていた。

 つい考え事をしていて上の空だった麗良は、授業中に指名されて答えることが出来なかったため、その恰好の標的となった。成績優秀で教師たちからの人望の厚い麗良は、それまで付け入る隙がなかったこともあり、これ幸いとでもいうように、やれ天狗になっているだの高飛車だのと、クラスメイトたちの目の前で散々嫌味を言われた。


 すると不思議なことが起きた。嫌味を言う教員の口先がどんどん尖っていき、嘴のような突起物へと変わっていくではないか。口だけでなく、吊り上った目までもが形を変え、ついに彼女の顔は、全く別の生き物へと変化した。

 誰かがつぶやいた。アヒルだ、と。


 嘴では嫌味も言えず、出るのは、まさにアヒルの鳴き声そのもの。その時になってようやく自分の身体の変化に気付いた彼女は、絶叫した(アヒルの声で)。終いには、身体すらアヒルのそれに変化してしまい、彼女は着ていた服だけを教室に残して逃走した。

 これには他のクラスの生徒たちからも大喝采を受けた。


 後日談になるが、アヒルと化した彼女を探して、他の教員や教頭らが学校中を走り回り、池を泳ぐ白鳥の群れの中に彼女の姿をやっと見つけたという。どうやって彼女と判ったかというと、そのアヒルだけ眼鏡をかけていたのだそうだ。

 そして、翌日には無事元の人間の姿に戻ったらしい。


 これだけではない。

 体育の授業で行われたバドミントンでは、麗良が打つ時だけ謎の突風が吹き、試合はめちゃくちゃな状態となってしまった。室内で風の影響などない筈なのに、である。


 更衣室で着替えをしていると、外から覗いている不審な男がいると他の生徒たちから通報があり、教師たちが駆け付けた時には、黒いスーツを着た中年の男が走り去っていく後姿だけが見えたという。それも走りながら、


「不審者からレイラを守ろうとしただけなんだぁあああ~~~‼」


 ……と、叫んでいたそうだ。


 放課後になり、これで終わったかと安心していたら、家へ帰ろうと校舎を出た麗良の目に、校門前で待つ白いかぼちゃ型の馬車が飛び込んできた。御者が現れ、


「レイラ様のお出迎え~」


 ……とまで言ったところできびすを返し、慌てて裏門から帰ったのだが、何故か見付かってしまい、家へ帰り着くまで白いかぼちゃと追い駆けっこをする羽目になってしまった。


 怒りを通り越して、麗良は疲弊していた。

 そもそも、これだけの騒ぎが起きているというのに、周囲の反応が薄すぎることも謎であった。誰も何も言わないどころか、視覚から消えることで、皆の記憶からも消えているようだ。まるで麗良だけがあの男の良いように振り回されている気がして、余計に精神力を削られる。


「一体、何なのよ、あなたは。どうしてこんなことをするの」


 家の玄関の引き戸を開けると、満面の笑顔のラムファに出迎えられ、麗良は、本日最大で盛大なため息をついた。そのまま玄関に上がる気力も沸かず、その場にずるずると腰を落とす。白いかぼちゃを捲こうと町中を駆けずり回ったため、もう一歩も動けそうにない。


「レイラ、私はただ君を喜ばせたいと思って……」


 しどろもどろに答えるラムファは、何故自分が叱られているのか解っていない様子だ。どうやら本気で麗良が喜ぶと思っているらしい。

 乱れた息を整え、麗良が改めて問うた。


「あなたは一体、何者なの? 私をどうしようっていうの」


 麗良の真剣な目に答えようと、ラムファは居住まいを正した。

 そして、話しても信じてもらないだろうが……と、切り出す。


「私は、《妖精の国》からきた妖精王ラムファタル。

 レイラ、君を迎えに来たんだ」


「…………は?」


 予想もしない答えに、麗良の相好が崩れる。

 しかし、ラムファの顔は真剣だった。

 その瞳の色は、麗良によく似た深い森の色をしていた。

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