♯8 ツンツンしたお姫様と、みんなを護るために戦った(前編)



 当初は半魚人ども――『深きものども』を相手に、優勢にコトを運べていたツバキたちだったけれど、次第に押され始めた。

 無理もない。カグヤの言うとおりなら、ツバキたちには相手を仕留しとめるための決定打がそもそも存在しないのだ。

 相手が根負けして退いてくれない限り、待っているのは疲労の末の敗北。絶対の死だけだ。

 それがイヤなら、自分たちがこの場から逃げおおせるしかないワケだが、それもボクたちという足手まといがいる以上、難しい。

 それでもボクたちを見捨てて自分たちだけ逃げようとしない辺り、彼女たちは充分尊敬に値する人間だった。正直に言うとツバキに『下郎げろう』呼ばわりされたときは『自分はソシャゲのキャラみたいな格好のくせに』と心の中でアッカンベーしていたのだが、今となっては謝罪したい。『自分は痴女みたいな格好のくせに』につつしんで訂正させて頂く。……あれ? もっと酷くなってる?


「くっ……!」


 痴女、間違えた、ツバキが、半魚人が振り回した右腕、鋭く長く伸びた手先の爪にはじかれて吹っ飛ぶ。


「大丈夫かい痴女さん、じゃなかった、お姉さん!」

「お主絶対ワザとじゃろ⁉」


 駆け寄って抱き起したツバキに、こんで頭をポカリと叩かれた。


 ……いやだってこのヒト、ボクにとって一番の劣等感コンプレックスである、遠目には女の子に見えないこともないこの容姿をいじってくれたりもしたし……。


「カグヤの『だんなさま』のくせに器が小さいぞ! そんなんでカグヤの夫が務まるととでも思っとるのか⁉」

「あれ⁉ なんであのコをめとることはもう確定してるみたいな口振りなの⁉ ボクまだ納得も了承もしてないんだけど⁉」

「カグヤの胸を見ておいて、無責任なことを言うでない!」

「見ようと思ってあのコの胸を見たワケじゃないよ⁉」

「関係ない! たとえお主に見るつもりが無かったのだとしても、アヤツの胸を見てしまった以上ちゃんと責任を取れい! 男じゃろ!」

「胸が偶々たまたま見えちゃっただけで結婚しなくちゃいけなかったら、ボク、従妹いとこやルーナとも結婚しなくちゃいけなくなるじゃん!」


「えっ⁉」と遠くでルーナが頓狂とんきょうな声を上げるのが聴こえた。ごめんルーナ。気まずくてずっと黙ってたんだけど、キミのその水色のドレス、海水で濡れたせいでよーく見ると透け透けなんだ。それにほら、キミまだブラしてないみたいだし。インナーのキャミソールも白いヤツなのか透けてるし。でも安心してほしい、気付いてからは直視しないようにしてたから。


 つーかボクたち、さっきから何大声でカグヤの胸について言い合ってんの。

 しかもこんな鉄火場てっかばで。


「きゃんっ!」

「えっ⁉ ど、どうしたのお姉さん、急に可愛い声を出して」

「触っとる! お主の手が、わらわの胸に当たっとるぞ!」

「え? あー……確かに。お姉さんを抱き起すために脇腹へ回したボクの手に、お姉さんの大きな胸が乗っかっちゃってるね。まあ、この場合仕方ないんじゃない?」

「なんでそんなに冷静なんじゃ⁉ カグヤの胸が見えそうになったときはあんなに慌てとったくせに!」

「偶然とはいえ小学生くらいの女の子の胸が見えちゃうのはマズいけれど、ボクより年上の女性の胸が手に当たっちゃったくらいなら、まあ、騒ぐほどのモノでもないかなって」

「なんじゃそれ⁉ どーゆー基準⁉」

「……犯罪臭がするか、しないか?」


 かつて叔父さんや叔母さんの修練を受けたあとは、いつも年上のお姉さん(アルバイトの巫女さん)たちのマッサージを受けてたんだけど、マッサージのときに偶然お姉さんたちの胸が当たることはちょくちょくあったから、ぶっちゃけ慣れてるんだよね。年上のお姉さんの胸の感触には。

 もちろんボクも男だからドキドキするし、『ラッキー♪』って思ったりもするんだけれど。一々、取り乱しまではしない。


 まあ、結果、変な属性が付いてしまったけれど。

 巫女さんフェチという属性が。


「オイィィィィィィィィィィ、カグヤァァァァァァァァァァッ! お主の『だんなさま』、思ったよりヤバい奴じゃぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「失敬な」


 苦言を呈しつつ、グイっとツバキを抱き寄せ、その勢いのまま白鯨くじらの背中の上をツバキともどもゴロゴロと転がる。直後、数秒前までボクたちがいた場所を、半魚人が振り下ろした爪がからぶった。


「っ。は、離せ!」


 予告なしに無茶な回避運動に付き合わせてしまったためか、怒りで顔を真っ赤にしたツバキがドンとボクを突き飛ばす。助けたのに……。

 確かに彼女を抱き締めて転がったときに、彼女のふたつのスイカ(比喩表現)の感触を手どころか胸板で感じることになってしまったけれど。でも、命には代えられないと思うんだけどなぁ。


「ううぅ……。生まれて初めて男に抱き締められてしもうた……。しかもカグヤの『だんなさま』……もとい、こんな下郎に……」


 だから下郎言うな。



 ギョィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!



 金属同士をこすり合わせたような不快な金切り声を上げつつ、攻撃をかわされた半魚人が再び襲い掛かってくる。


「ちょっと借りるね」

「えっ。あ、おいコラ返せっ! それは――」


 ボクはこんなときだというのに自分の身体を抱き締めブツブツ言っているツバキの棍を強引にひったくると、手の中でグルンと一回転させ、半魚人をギリギリまで引き付けてからその両脚を打ち払った。ひっくりかえった半魚人が起き上がろうとしたところに連続で打突つきを叩き込む。連打を喰らった半魚人は全身からシュウシュウと白い煙を上げて、白鯨くじらの背中の上でのたうち回った。


 ……うーん。人間なら急所である喉仏のどぼとけ鳩尾みぞおち股間こかんを狙ったんだけど。やっぱあんまり効いてないなぁ。どうやらカグヤが言ったようにヒトの手でコイツらを仕留しとめるのは事実上不可能なようだ。

 今の感触的に、コイツらのうろこで覆われた体表は鎖帷子くさりかたびらみたいな硬さだから、刃物を通しそうにもないし。

 マシンガンとか爆弾とかあれば話は変わってくるのかな? でもツバキたちの様子を見るに、『こっち』にそういう科学技術の結晶みたいなモノは存在しなさそうなんだよなぁ……。なにせ移動手段が古式ゆかしい帆船だし。下手したら『科学? 何それ?』っていう文明レベルなんじゃない? 『こっち』って。


「お……お主、そんなに強かったのか……?」

「昔、従妹のお母さんに薙刀なぎなたの扱いをみっちり仕込まれてね。ま、そうは言っても、九年も修練した割には……って程度の腕前でしかないけれど」


 悲しいことにボクに薙刀の才能は無かった。それはもう全くと言っていいほど無かった。叔母さんには『うーん、どうやら向いてないみたいねぇ』と言われ、従妹アズサには薙刀の手合わせで一度も勝てなかったくらいだ(従妹アズサは才能のかたまりだった)。


 叔父さんから教わったナンチャラ闘法とうほう・ナントカのけんという胡散うさん臭い格闘術のほうがまだ向いていると言われたくらいだ(そっちも決して才能があったワケではないけれど)。


 まあ、向いてないからと言って叔母さんが修練を加減してくれることは一切無かったんだけどね! むしろ『才能が無いぶん他のヒトの数倍頑張りましょうね☆』って無茶振りされたし。何故か叔父さんまで『よーし、じゃあ格闘術こっちはイケるところまでイケるよう限界まで頑張るか!』って燃えてたし。ホント鬼だわあの二人。


「こいつらにあんまり知性が無いから通用してるだけだよ、ボク程度の技術なんて。人間相手ならここまで面白いように連打がハマらないって。そもそも、こっちにこいつらを仕留める手段が無いからいつかは絶対に負けてしまうってだけで、別にこいつらが強いってワケじゃないしね」

「そ……そうかの……。妾の攻撃、結構コヤツらに躱されたんじゃけど……」

「なんで五体満足のこいつらに、律儀にこちらから攻撃を仕掛けるのさ。しかも何度も。どうしてカウンターを狙わないの? こういう知性が足りてない相手なら、そっちのほうがずっとやりやすいのに。こっちから攻撃を仕掛けるのは、一度カウンターで相手をひるませてからとかじゃないとダメだよ。さっきのボクみたいにさ」

「………………」


 イマイチ納得いかない、という表情で黙り込むツバキに、棍を投げて返す。


「えっ、お、オイ⁉」


 返されるとは思ってなかったのか、ツバキが焦ったように見上げてきた。


「何さ? 『返せ』って言ったのはそっちだろ」

「そ、そうじゃけども、しかし丸腰ではお主が、」

「ボクがそれ持ってたらお姉さんが丸腰になっちゃうじゃん」

「じゃが、これが無ければコヤツらには、」

「やっぱ要らないや、それ。ちょっとは使えるかなと思って、カグヤにボクのぶんを帆船ふねから持ってくるように頼んだりもしたけれど。実際にそれでこいつらと戦ってみてわかった」


 ボクは未だに白鯨くじらの背中の上でのたうち回っている半魚人を遠目に見つめ、溜め息をつく。


「こいつらをちゃんと仕留められない以上、持ってても意味が無い。あんな知性を感じられない相手の、あんな単純な攻撃、躱せばいいだけだし。さっきはお姉さんを護るために咄嗟とっさに使っただけだしね」

「………………」


 ……なんでオバケでも見るような目でボクを見るの。

 言っておくけれど、叔父さんや叔母さん、従妹アズサだって同じことを言うからね? 

 それどころか、あの三人ならきっと、あの半魚人を見て「何あの雑魚w」って指さしてわらうと思うよ? 流石に凡夫ぼんぷのボクにそこまでの余裕は無いけども。


 あ。半魚人がやっとのたうち回るのをやめて起き上がった。


 ボクはツバキを庇うように彼女と半魚人の間に移動し、背後へ振り返らずに声を掛ける。


「というワケでお姉さん。こいつの相手がボクがするから。お姉さんは下がってて。ボクの代わりにカグヤとルーナのそばについていてあげてくれる?」


 今のところ四人の男衆はなんとか半魚人どもの猛攻……というほど精練された攻撃じゃないけれど……をしのいでいるけれど、そろそろ疲労が溜まってきたのか、押される場面が増えてきた。カグヤとルーナに何かあったらいけない。


「な、何を言う! 下がるのはむしろお主じゃ! お主はカグヤの大事な夫なのじゃぞ⁉ そのお主だけ危険な目に遭わせて妾が安全圏に下がるワケには、」


 だからボク、あのコを娶るなんて一言も言ってないっちゅーに。

 美人さんだとは思うけれど、見た感じまだ十二歳くらいだよ? あのコ。


「お姉さんを庇いながらこいつと戦うのは流石に荷が重いって言ってるの。ボク、戦闘経験はおろか誰かと喧嘩した経験すら無い人間なんだよ? せいぜい親戚と手合わせしたことがあるくらいでさ。戦いの素人に余計なハンデを背負わせないでほしいな」

「ハンデ……」

「お姉さんを庇いながら戦うのは無理だけどさ。でも、」



 ギョィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!



 知性を感じない、本能だけでガムシャラに襲い掛かっていることがバレバレな動きで迫りくる半魚人の爪を避けて、あちらの足にこちらの足を引っ掛けて転ばせる。転倒した半魚人の顔をおもいっきり蹴り飛ばすと、半魚人は白鯨くじらの背中の上をゴロゴロと転がった。


 ……うーん。やっぱこちらの蹴撃けり自体はダメージを負わせられてないなぁ。

 一応、かわらを二十枚重ねた束くらいなら砕けるんだけどなぁ、ボクの蹴撃けり

 まあ、叔父さんならその倍は軽いのだけれど。


「――でも、お姉さんが離れててくれれば、少なくとも護ることは出来ると思うから。カグヤやルーナと一緒にね」

「護る……お主が妾を……?」

「誰かさんの言うとおり遠目には女の子に見えないこともない見た目とはいえ、これでもれっきとした男だからね。――ゴチャゴチャ言い訳を並べちゃったけれどさ。白状すると、ぶっちゃけ女性、それもお姉さんみたいな見目みめ麗しい美人さんに戦わせて、男の自分が安全圏にいるってのは抵抗があるんだよ。ボクにも一応、矜持プライドってモノがあるんだ」


 皮肉交じりにそう言って、チラリと背後を振り返ると、ツバキは怒りで顔を真っ赤にして何やらモゴモゴと口籠くちごもっていた。もしかしたら侮辱されたと感じたのかもしれない。怒り心頭のあまり文句が言葉にならないようだ。


 皮肉なんて言わなきゃよかった。これは後が怖いぞ。逃げるが勝ちだ。


「――じゃあ、そういうことで。カグヤとルーナを頼んだよ」

「っ、待――」

「ボクのことは心配しないで。カグヤからひみつ道具……じゃなかった、秘密兵器を託されてあるから。……どんだけ頼りにしていいのか、正直ちょっと不安だけれども」


 カグヤから渡された蒼色の果実をツバキに見せる。


「な、なんじゃその実、見たこともないぞ」


 ツバキも初めて見るのか。意外。ああ、でもカグヤが、『彼女』がボクだけのために用意した実だ、みたいなことを言ってたしな。……正直意味わかんないけど。


「なんかカグヤが言うには、ボクが最初に食べた緑色の実は『バビロンの実』って名前で、この蒼色のは『デイジーワールドの実』って名前らしいよ」

「ばびろ……でいじー?」


 うん。意味不明だよね。気持ちはわかるよ。


 まあ、でも、ぶっちゃけ名前はさして重要じゃないんだ。

 重要なのは――この実を使えば、あの半魚人どもと渡り合うためのチカラを手に入れられるってことだけさ。


 それだけで充分だ。……少なくとも、今はまだ。

 謎解きは生き残ってからだ。



 ギョィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!



 懲りずに起き上がり、相変わらず知性を感じない動きで襲い掛かってくる半魚人の爪、というか腕を、掌でパンとはじき、いなす。……なんかこうして見ると子供向けの特撮番組に出てくる雑魚ざこ怪人みたいだなこいつら、とか頭の片隅で考えながら半魚人の右腕を掴み、じり上げ、脇腹に肘鉄ひじてつを叩き込んでから、怯んだ相手を一本背負いの要領でぶん投げる。


 最後に、仰向けになった半魚人の顔面、人間ならば眉間みけんに位置する箇所に拳を叩き込んだ。


 なんだっけ、今の一連の動作。確か、技としての名前が付いてたはずなんだよね。叔父さんから教わったナンチャラ闘法とうほう・ナントカのけんには、いろいろな動作に一々大仰おおぎょうな名前が付いてたから、今の一連の動作にもちゃんと技としての名前があったはずなのだけれど。でも、どれもこれも、なんか中二病っぽいネーミングセンスだったから、気恥ずかしくて真面目に覚える気にもならなかったんだよな……。


 叔父さんはボクとの手合わせのときは、一々大声でえてたけど。いろいろな意味で凄いヒトだった。周りで見ていた巫女さんたち、たぶんドンびきしてたと思う。叔母さんだけは『きゃーあなた格好良いー♪』って黄色い声援を送ってたけれど(従妹アズサ渋面じゅうめんだった)。


 ……って、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。

 半魚人が白鯨くじらの背中の上でのたうち回っている今がチャンスだ(なんか、だんだんこいつが可哀相になってきた。こいつがのたうち回るの、これで何回目だろう)。


 ボクはカグヤから渡された蒼色の果実を右手に持ち、見下ろす。先程カグヤから聞いた説明を思い出す。



 ――『いい? 頭上にかかげたその実を握り潰したら、ちゃんとさっき教えたキーワードを咆えるんだよ』

 ――『そのとき、頭の中でイメージをして。あなたが思い描く、「最強の姿」を』

 ――『別に全部が全部、あなたが創作したイメージじゃなくてもいいの。何かを参考にしてもいいんだ。異国の絵画に描かれていた神話の戦乙女とか。絵草紙えぞうしに登場した空想の戦士とか。なんなら、夜、就寝中に偶々たまたま見た夢に登場した非条理ひじょうりの存在とかでもいいんだよ』

 ――『とにかく――あなたが「あの姿ならきっと誰にも負けない」、そう信じられる姿を、強く強く思い描くことが大事なんだ』



「何かを参考に……誰にも負けないと信じられる……最強の姿……」


 目を閉じ、考える。とりあえず、ボクがこれまで目にしてきた数々の物語を思い出す。漫画。アニメ。小説。映画。特撮番組。

 幼少のころから慣れ親しみ、ときに憧れてきた、様々なヒーローたち。


「……ああ、そうだ」


『あの姿ならきっと誰にも負けない』。ボクにとって一番そう思える姿は――


 いつか――どこかで見た――


「――よし」


 ボクはイメージを固めると、手にしていた蒼色の果実を頭上に掲げ、握り潰す。


 蜜柑みかん程度の硬さしかなかった果実はいとも容易く潰れ、その果汁を周囲に撒き散らすと、無数の蒼い光の粒と化して消滅した。


 陽光をキラキラと反射しながら頭上から降りかかる果汁の一滴一滴が、ボクの目に、やたらスローに映る。


 頭の中に描いたイメージはそのままに。

 ボクは、教わったキーワードを咆えた。


「――『月火憑神げっかひょうじん』!」


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