草の根からの教育改革 ~大検と通信制の躍進

与方藤士朗

プロローグ  個々の問題が社会問題へとなるとき

第1話 社会問題になる前の状況

 いわゆる大検(大学入学資格検定。現在の高等学校卒業程度認定試験の前身。以下「大検」と称する)にしてもいわゆる不登校にしても、今から40年以上前の昭和後期には社会問題にさえなっておらず、その存在も殆ど知られていなかった。


 大検は、どうしても高校に行けない人がやむなく大学に行くために利用する制度だ、という程度の認識は一部にはあっただろうが、その実態は、教育関係者でさえもほとんど知る者はいなかった。

 もちろん都道府県の教育行政に携わっていた人たちはその存在を知っていたであろう。だが、それを利用すること自体を真剣に考えることはほとんどなかった。


 かくして大検は、1980年代半ばのセンセーショナルなテレビドラマで大いに世間に広まるまで、その実情や、ましてその積極的な活用法などが知られることもないままだった。

 それゆえ、高校を中退したり、あるいは不合格となったりしたが最後、今なら救われたであろう有能な若者が救われないまま終わってしまったケースも少なからずあった。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


 不登校に至っては、もっと深刻な事態を招いていた。

 当時は「登校拒否」と呼ばれ、単なる「ズル」や「仮病」の一種にしか思われていなかった。

 サボるのはいけない。

 ならば無理やり学校に来させようとか、はたまた、学校に来ている子どもたちを使って学校に来させようとするとか、そういうことがままあった。

 それゆえの悲劇は全国で多々あったであろうし、その傷を今も負っている中高年者は存外多いのではないだろうか。


 フジテレビが日曜夜に放映していたアニメの影響もあってか、「いじめ」に至っては、ようやく社会問題化しだした頃。

 学校にいる子どもたちは、放っておいても「トモダチ」であって、「仲間」である、それが「いじめ」などで特定の子どもを傷つけるなんてことはないという発想が、当時の大人たちにはまだあったよう思われる。

 だが、相次ぐ「いじめ自殺」やそれに伴う訴訟の増加、さらには少年犯罪の凶悪化などは、そんな無邪気で善良な子ども像を信じてやまなかった当時の教育関係者をはじめとする大人たちの牧歌的・郷愁的な性善説を相次いで叩き潰していった。

 今思い返すと、その経緯は、目を覆うような醜さよりむしろ時代遅れとなったものが叩き潰されていく爽快感を伴う要素を強く感じさせられるほどである。


 俗にいう「いじめ」については本稿で論じていないが、これもまた通信制高校の躍進の一因となっていることは明らかである。

 そもそも「いじめ」のような問題が起こるのは、小中学校に加え「進級・卒業」をベースにした高校がほとんどであると言われる。

 それが証拠に、「単位制」の通信制高校や大学などでは、そのような話をほとんど聞かない(一切ないと言うつもりはない)。


 大人の職場でもそのようなことは起り得る(まさに「パワハラ」などと言われるのがそれ)が、彼らはまだそれに抗う術がある。残念ながら、子どもたちの場合はそうではない。それ故に社会全体での取組が大人以上に必要であることは言うまでもないだろう。


 これらに共通しているのは、「閉鎖的な環境」であるということ。

 その「閉鎖性」を打破することが、「いじめ」の温床を根本から絶つことへとつながるのではなかろうか。


 私は玉野市の真鍋照雄氏らとともに、大学入学後何年にもわたり、大検にはじまり不登校、高校中退者のための取組にも微力ながら関わらせていただいた。

 それは、この後第1章で述べるような少年期を送ったことと無関係ではない。

 私たちの取組は、確かに、その時々にマスコミなどに大きく取り上げられた。私でさえも、大検から大学に進学したということで、何度か取材が来た。

 程なくして、不登校や高校中退が相次いで社会問題化した。


 不登校生にとって一番大事なことは何か。

 それは、学習面の遅れを取り戻すための学習支援である。

 高校中退者にとって最も必要なことは何か。

 それは、次なる受入先、本人の視点からすれば「居場所」の確保と、さらに次へと進む道の提示をし、それに向けてサポートしていくことである。


 私たちは、そこを十二分に意識して取組んだつもりであるが、今思えば不十分なところもあった。何よりも私自身の未熟ゆえ、本当にきちんとした取組ができたかどうか、今思い返しても悔いばかりである。

 それは何より、私自身の経験で受けた精神的な傷口をきちんと癒すことができていなかったこと、つまり、私自身が経験を糧に十分な表現力を持ち得なかったことに原因がある。

 とある左翼系団体の者らのように、これは少年期に関わった誰それや組織、社会や政治のせいだなどと言うつもりはない。

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