第9話 宇治原簾の一日

 愛莉あいりと別れてマンションに向かう。

 体中が熱くなるのを感じながら、エントランスに入り、郵便ポストを見て、エレベーターのボタンを押す。

 あせる気持ちを抑えつつエレベーターを待っていると扉が開く。

 エレベーターに乗り自分の部屋へ帰ると急いでくつを脱いで、リビングで一人うずくまった。


「はずぅぅぅぅぅ!!! 」


 いやいやいやないないない!!! あれはない!


 何が「別に恥ずかしい事でも我慢することでもないだろ」、だ!

 今思い返しても黒歴史ものだ!

 それにナチュラルに頭をでるのってセクハラじゃないか!


「明日どんな顔して愛莉と会ったらいいんだ」


 あ”あ”あ”と変な声を出しつつ今日起こったことを思い出し再度悶絶もんぜつした。


 ★


「一先ずは晩御飯だな」


 今日の事は黒歴史として封印し精神を正常に戻した俺はキッチンに立っていた。

 あれは封印だ。そう封印。


 惣菜そうざいは買ってある。

 ご飯も朝いて出たから炊きあがっている。

 これで済ませることはできるのだが、これだけだと味気あじけない。

 あと一品欲しい所だ。


「卵を買ったしスクランブルエッグにするか」


 冷蔵庫を覗いて独りちる。

 スーパーに行った時奇跡的に残っていた卵。

 いつもは高いからあまり買わないが、今日は安かったから買った。しかも二パックも。これならば明日の弁当箱も充実させることができる。

 他にもないか冷蔵庫の中を探る。

 するともやしを発見。


「もやしいためでも良いか」


 家計かけいの味方、主夫しゅふの味方のもやし様。

 メニューが決まったら冷蔵庫から取り出した。


 もやしを袋から取り出し水で洗う。

 フライパンにほんの少しの油を引いて満遍まんべんなく伸ばす。

 コンロに火をけ少し温めもやし様を投入。

 軽く菜箸さいばしき混ぜ、卵を取り出す。


 もやしがげないように注意を払いながら、コンコンと卵を割る。

 菜箸でそのまま卵をき混ぜ火が通ったもやしにぶっかけた。


 じゅわぁぁぁぁぁ。


 フライパンから良い音が聞こえてくる。そして徐々に焼ける香ばしい香りが漂ってきた。

 しかし油断は禁物。

 卵が一か所に固まらないよう、もやしにからめつつ掻き混ぜる。

 全体が絡まったと思うとすぐに塩コショウを取り出し適量てきりょうを振りかけ、出来上がるまで掻き混ぜた。


 ぐるぐるぐるぐると黒歴史を忘れるために必死に混ぜた。


 ★


「いただきます」


 手を合わせ、箸を伸ばす。

 今日の我が家の食卓は白ご飯にもやし炒め、買ってきた惣菜そうざいこと唐揚げの三品。

 緑が足りなかったな、と思いつつもそれぞれ口に入れる。

 美味い、と自画自賛じがじさんしながら一人暮らしを始めた時の事を思い出した。


 あれはひどかった。

 食事を作る事はもちろんのこと洗濯に掃除に。

 マンションに一人暮らしをするようになって親のありがたみがよくわかったが、途中「もういいや」と思い始めたのは仕方のない事。

 そんな時熟年夫婦がやって来て一から全て教えられた時は、「もうこいつら結婚してるんじゃないか? 」と疑った。

 それから生活が改善されて今にいたる。


 熟年夫婦はもちろん比喩ひゆだ。

 常識的に考えて高校生同士が結婚できるはずはないのだが、しかしあの連係プレイを見るとあながち間違いではないように思えてくるから不思議。

 そう思いつつご飯を食べ終え、食器を片付け机をいた。


 一通り終えると予習復習にとルーチンをこなす。

 風呂に入り疲れた体をいやしてベットに倒れ込む。


「今日は色々あったな」


 実際は昨日からだが、今日は特に刺激的。

 いきなり愛莉が呼び捨てで呼んできたり、俺も彼女の事を呼び捨てで読んだりと。

 陽キャ力の高い愛莉の距離のめ方に戸惑ったが、自然と俺も彼女に順応じゅんおうした。

 俺の順応性が高いのか、はたまた彼女の明るい雰囲気に飲まれたのか。


 ぱぁっと笑顔を浮かべる愛莉の事を思い出すと黒歴史が記憶から呼び起こされる。


「~~~!!! 」


 まだ暑い今日この頃。

 俺はケットに顔をうずめながら寝る準備に入る。

 このあと愛莉から電話があったりと、悶々もんもんとした夜を過ごすのであった。

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