part Kon 7/24 pm 8:40




 『ひまわりの唄』で盛り上がった後 小休止。

 ペットボトルから グッと水を飲む。

 大声 出したから 喉がカラカラだ。


 『ひまわりの唄』って知らない曲だったけど 覚えやすくて あたしでもすぐに歌えた。

 あきちゃんも 大きな口開けて よく徹る綺麗な声で おもいっきり声 出してた。

 いつもは小声でゴニョゴニョ言ってることが 多いからちょっとビックリ。


 あきちゃんは ライブ 始まったときから はしゃいでるってゆーか 弾けてる感じで 目がずっとキラキラしてる。

 T-GRO のライブ自体も 演奏もカッコいいし 衣装の早変わりなんかも スゴく面白かったけど なんと言っても 見てるのが 最高に面白かった。

 

 ピョンピョン跳び跳ねて 大声出して 口笛吹いて 大忙し。

  全開ってゆーか それ以上のテンションの高さ。

 

 こんな一面もあるんだって思ったし 一緒に来れてよかったって思う。

 いつものしっかりしてて頼りになるあきちゃんも素敵なんだけど ちょっと子どもっぽい スキを見せてるような姿を見ると 胸がキュンとなる。

 

 やっぱ 萌え。



 ステージが暗くなって しばらく経つから もしかして終わりなのかもって思って あきちゃんに確かめるけど あと2~3曲はあるらしい。


 

 そんなこと話してたら ステージが明るくなる。

 ピアノ弾いてたアヤノって人が マイク持ってステージの中央に立っていた。


 その姿を見た 客席は ザワザワして 少し不穏な空気。

 あきちゃんも ステージを見つめながら怪訝な表情。


 ファンの人達にとっては 何か事件が起きてるんだろうけど ニワカファンのあたしには 事態が飲み込めない。


 

「あきちゃん どうしたの? なんか事件?」


 

 あきちゃんは ステージのアヤノを注視したまま 答えてくれる。


 

「あの 今 マイク持ってるAYANO. さんって T-GROのリーダーで 作詞·作曲も メインでやってる人なんですけど… 人前で口を開かないってゆーので有名なんです。歌もコーラスも 記者会見とかインタビューとか とりあえず口を開くことは一切しないってゆー…」


 

 へー。

 そうなんだ。

 

 ヴォーカルやってる神林レナは MVとかポスターで よく見るから知ってる。

 TVにも時々出てるし T-GROって言えば神林レナってイメージ。

 

 他のメンバーは グループで写ってたらT-GROの人って判るけど 正直 個別認識できてない。

 あと マキちゃんは 判るかな… SNSで見かけるときあるし。


 

「AYANO. さん 何 喋るんですかね…?」


 

 あきちゃんは 固唾を飲んでって感じで ステージのアヤノさんを凝視している。

 

 あたし達の席からは ステージの上のアヤノさんの姿は よくわからないんだけど 遠目に見たアヤノさんは 背が高くて 中性的な雰囲気。

 長いアッシュグレーの髪に 黒のケープ付きのロングドレス。

 なんだかちょっと 神秘的な感じ。


 アヤノさんは 観客席が静まるのを待って ゆっくりと口を開いた。


 

「はじめまして…かな? 私は AYANO. と言います」


 

 思ってたよりも ずっと低いハスキーな声。

 あたしや ママも声 低い方だけど もっと低い。

 なんだか 少し高めの男の人の声みたい。

 


「この声 聞いて あれ?っと思った人も多いんじゃないでしょうか? 男の声みたいって…」


 

 ここからの話は ニュースにもなったし TVでも しばらく取り上げられてたから 知ってるかもしれないけど 要するに アヤノさんは 男として生まれてきたけど 心は女。

 性同一性障害だっていうことのカミングアウトだった。


 T-GRO は 〈女の子のロックバンド〉ってことで活動してるのに 身体が男だっていうことで スゴく悩んできたこと。

 メンバーの内でも 葛藤があったこと。

 そして 今は メンバーの理解がもらえたこと。


 

「…Tokyo Girl 's Rock Orchestraは 女の子のロックバンド。私みたいな自分に自信が持てない〈女の子〉のためのロックバンド。私は バンドのメンバーに 今日 ここに立つ勇気を貰いました。そして私は 私のこの声で 踏み出す勇気を必要としている全ての人に 勇気を届けたい。……悩める全ての魂にこの歌を捧げます。『True Soul』聴いてください…」


 

 気がつけば 7つのスポットライトが バンドメンバー1人1人を照らしていた。

 

 アヤノさんが ピアノのところに戻り 前奏を弾き始める。

 少しずつ楽器が増え 歌声が重なる。

 

 そして 静まりかえったアリーナに7人の歌声が響き渡る。

 最後 マキちゃんが バイオリンの弓を降ろすと万雷の拍手。


 あたしも心を込めて 全力で拍手した。

 

 正直 性同一性障害って言われてもピンとこなかったけど アヤノさんが 物凄い勇気を出してファンの前でカミングアウトしたのは解ったし『True Soul』の演奏は ホント神がかってて痺れるほど感動したから。


 

 拍手の途中 隣のあきちゃんを見る。

 意外にも あきちゃんは 拍手をしていなかった。

 呆然とした様子で 立ち尽くしている。


 

 ステージの照明が消えるけど 拍手は 鳴り止まない。

 

 いつしか 拍手は 手拍子に変わっていた。

 舞台が もう一度明るくなる。

 今度は レナさんがマイクを持っていた。

 

 手拍子が 今 一度 拍手に変わる。

 手を伸ばし 拍手を制すると レナさんが話し始めた。


 

「まずは AYANO. を受け入れてくれた会場のみんなに感謝を!」


 

 そう言って 客席向かって拍手。

 それに合わせて 客席からも大きな拍手。

 

 拍手が鳴り止むのを待って 話を続ける。


 

「実は AYANO. は 今日 みなさんに受け入れてもらえなかった場合 バンドを抜ける決意でした。AYANO. のいないT-GROは T-GROじゃないので アタシや 他のメンバーも抜ける覚悟でいました。要するに 今日で 解散ってことです。ライブ前の打ち合わせでは 存続の場合はAYANO. がみなさんにお礼の挨拶をする段取りだったんです。が……ちょっと 今 泣き崩れちゃってて 話せる状態じゃないんで アタシがマイク持ってまーす」


 

 そう言いながら ピアノの方を振り返る。

 ピアノの前では 顔を押さえて 肩を震わすアヤノさんを マキちゃんとベースの人が寄り添って介抱している。


 

「ちなみに 解散の場合は アタシがマイク持って解散を発表する手ハズだったんですけど 幸いにもアタシがマイク持ってますけど T-GROは ファンのみんなと 音楽活動を続けていくことができます。ありがとー」


 

ここで もう一度 大きな拍手。


 

「この話はAYANO. が身バレするんで あんまり話してこなかったんですけど 実は アタシとAYANO. と真姫は 高校の同級生です。ある日の放課後 教室でAYANO. が書いた詞に 3人で曲を付けました。それがアタシ達 Tokyo Girl's Rock Orchestra の原点です」


 

 レナさんは 後ろのメンバーの様子を確認しながら 話を続ける。


 

「この曲を学校の体育館ライブで発表して メンバーが増えて… その延長線上に 今日の最高のみんなとの最高のライブがあります。今日 最後の曲になりますけど アタシ達Tokyo Girl 's Rock Orchestra の原点であり 新しい出発点でもあります。みんなで盛り上がりましょう『君を想うとき』ッ!!」


 

 7人のアカペラコーラスから始まる『君を想うとき』も スゴい演奏で 会場みんなで手拍子して 盛り上がったんだけど あたしは あきちゃんの様子が気になって しょうがなかった。

 なんだか ボーッとした感じで 一応 手拍子は してるんだけど ぜんぜん 力が入ってない。


 曲が終わったあとも 長いこと拍手は 続いていたけど それも疎らになり 公演終了を告げるアナウンスが流れる。

 

 客席の明かりが灯ると あきちゃんは ヘタリこむように 席に腰を下ろした。

 ホントに 放心したような感じで 聞き取れないような小声で 何かブツブツ呟いている。


 

「あきちゃん? あきちゃんっ!? 大丈夫?」


 

 肩を叩いて 声を掛ける。


 

「……えっ? あっ はい! 大丈夫。大丈夫です」


「ホントに? なんか 顔色 悪いみたいだけど… 体調 悪い? 熱?」


 

額に手を当ててみるけど 熱は 無いっぽい。


 

「あの… えっと… たぶん ちょっと はしゃぎ過ぎて 疲れたんだと思います。帰りましょっか。遅くなると ママが 煩いですし…」


 

 確かに メッチャ はしゃいでたし 疲れたってゆーのは あるだろうけど 明らかに アヤノさんのカミングアウト聞いてから 様子 オカシイじゃん…。

 

 そんなにショックだったのかな?

 好きな芸能人 アヤノさんって言ってたし ファンだったんだろうけど…。

 

 そこまでショックかな?

 あたしで言ったら〈TELLくん 実は 心は女でした〉みたいな感じ?


 うーん。

 

 確かにショックかも だけど……。

 ………。

 ……。

 …。




                        to be continued in “part Kon 7/24 pm 9:46”

 

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