■■山に出没する青い女

海凪

前書き

 あと数十年で、幽霊は絶滅する。

 最近、このような話題がニュースサイトで物議を醸しているのを目撃した。事の発端は幽霊に関連するとある媒体が近年において減少傾向(絶滅危惧種という単語の方が適切かもしれない)であり、その流れで幽霊という存在そのものが消滅してしまうのではないかと懸念されているのだ。

 さて、察しのいい方ならもう心当たりがあるかもしれない。その媒体とは――「心霊写真」と呼ばれているものだ。


 一般的には心霊写真は何らかの意思を持った霊的存在が写ってしまった写真、またはそのデジタルデータのことを指し、幽霊本体が写し出されるパターンもあれば、被写体である人物の体の一部分が焼失し、オーブと呼ばれる光る球のような物体が写りこむというケースもある。「」というフレーズはまさしく心霊写真の魅力を一言で伝えられるものだろう。一見すると何の変哲もない日常を写した写真だが、よくよく観察すると異形の存在が写りこんでいる。これだけお手軽に、年端のいかない子どもでも恐怖を味わえる媒体は近年においても中々ない。

 心霊写真という概念はカメラが発明された一九世紀から存在しており、日本でも二十世紀初頭から撮影されていた記録が残されている。だが、やはりその名を広めたのは一九七〇年代から巻き起こった大々的なオカルトブームからだ。今では少し考えられない現象だが、当時は心霊写真を集めた写真集がベストセラーになり、多くの出版社が挙って心霊写真集を販売していた。しかし、現在ではそのような本たちは見る影もなく、心霊写真自体がめっきり数を減らしてしまった。


 なぜ、心霊写真は消えてしまったのか。その原因は――デジタル技術の発展による弊害だと言われている。

 この三十年の間で、カメラは著しく進化を遂げた。九〇年代に初めて家電量販店にデジタルカメラが登場して以降、その後は携帯電話やゲーム機にもカメラ機能搭載され、近年のスマートフォンに内蔵されているものはかなりの高性能であり、映画の撮影にも使用されるほどである。だが、技術が発展するにつれて、ピンボケやブレ。多重露光といった不具合エラーを発生させることが困難になった。

 「やらせ心霊写真」はこれらの不具合を利用して、不気味な写真を意図的に作成していたと一部の関係者は証言している。つまり〝それっぽい〟写真が作れなくなってしまったことから、心霊写真は数を減らしてしまったのだ。

 また、昔と違って、今では一般人でも画像を加工するのが容易になってしまったことも原因に挙げられる。

 何らかのアプリを使って、自撮り写真をホラー風に加工した経験は現代の若者ならば一度はあるはずだ。このように、素人でも容易に心霊写真を作り出せるようになってしまっては――少し幽霊が見切れている程度の写真なんて、誰も見向きはしない。たとえ、それが本物の心霊写真であっても。


 話を戻そう。技術の発展により、心霊写真は数を減らした。そのことから、近いうちに幽霊も忘れ去られる存在になるのではないだろうかという説が出ているのだ。だが、筆者の見解を述べるならば「それはあり得ない」と断言することができる。

 何の根拠があって、断言することができるのか。簡単な話だ。現代の幽霊、または死者は――を繰り返し、時代に適合する存在に昇華していると私は考えている。


 例を挙げるならば『メリーさんの電話』という都市伝説をご存じだろうか。ある日、見知らぬ人物から電話がかかってくる。

「私、メリーさん。今、〇〇にいるの」

 そこで、電話が途切れる。再び、電話が来る。

「私、メリーさん。今、〇〇にいるの」

 先ほどと違い、その場所は自身の生活圏内になっている。何度も電話を繰り返すうちに、徐々に電話の声の持ち主は自宅へと近づいてくるというのがこの怪談の肝である。そして、肝心のオチはこうだ。

「私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」

 思わず、咄嗟に聞き手も背後を確認してしまうほど、見事な構成だろう。筆者がこの話を知ったのは小学生の頃だったが、それからしばらくは自宅の固定電話に出るのが恐ろしかったことをよく覚えている。


 ここで注目してもらいたいのが、電話というアイテムの存在だ。

 この話を聞いて、メリーさんが江戸時代から伝わる怪談だと思う者はまずいないだろう。一体、なぜだろうか。それは明らかに電話という近代機器が登場しているからだ。

 これが手紙といった前時代的な情報共有ツールならば、その起源は相当古いものだと考察することも可能だが、電話の登場によって、最低でも戦後に作られた創作だと特定することができる。また作中に登場するのがプッシュ式電話、携帯電話ならば、更に後期の時代だろう。

 要するに、現代の怪談というものは時代によってアップデートされているのだ。その時代の最新のテクノロジーを組み込むことによって、リアリティが増す。呪いのビデオ、呪いのチェーンメール、呪いのネット動画……現在ではこれらはあまり聞かくなってしまったが、技術の発展と共に、様々な怪異が誕生した。

 時代と共に、幽霊は突然変異を繰り返し、適応する。まるでウイルスのように、人から人に伝播し、姿形を変えながら。これが、私が導き出した結論だ。よって、更なるデジタル化が進んでもこの手の怪談話は滅ぶことはないだろう。

 少々、前説が長くなってしまったが、ここからが本題だ。では、現在進行形で最新型の怪異は一体何だろうか。少し、一考してもらいたい。


 最近、AI関係のニュースをよく見かけないだろうか。昨年の二〇二二年はまさにAI元年と呼べるほどの躍進を遂げた年だった。一般人でも人工知能との会話が可能になり、まるで人間と会話しているかのように、こちらの問いをAIが回答してくれる。この技術を利用して、小学生が宿題をAIにやらせるというまるで未来の世界に足を踏み入れたようなニュースも目撃した。

 中でも、画像生成AIに関しては筆者も驚きを隠せなかった。特定のワードを打ち込むだけで、ニューラルネットワーク上で学習したAIがそのワードに適した絵を数秒で描き上げる。

 まだ精度はあまり高いとは言えないが、現在でも驚異的な速度でAIの学習は続いている。数年後にはどうなっているか未知数であり、課題はまだまだあるが、絵画の歴史を根本から覆す可能性もある。

 さて、時を遡ること数か月前、二〇二三年二月末。オカルト界隈で、このAIに関係する非常に興味深い一報が舞い降りた。それが、以下の内容だ。


「画像生成AIで〝青木ヶ原〟と打ち込むと、謎の女が現れる」


 青木ヶ原――それは富士に広がる巨大な森林地帯であり、樹海と呼ばれるほどの木々が生い茂っている土地だ。一二〇〇年前に誕生したという森林にしてはまだ若輩者と呼べるほどの歴史だが、広大な原生林には様々な動植物が生息し、国の天然記念物にも指定されている。だが……このような自然よりも、一般的に青木ヶ原という名でまず思い浮かぶのはまた別のものだろう。

 そう。この青木ヶ原樹海は日本でも屈指の自殺の名所だ。

 なぜ、この樹海を最期の場所に選ぶのだろうか。その謎に関しては様々な諸説があるが、とにかく多くの人々がこの地で命を絶っているというのは否定できない事実だ。首吊りが一番オーソドックスな方法らしく、ロープを巻き付けた巨大なミノムシを第三者が発見するというのは珍しい話ではない。

 そのような土地の名をAIで画像生成すると、なぜか毎回髪の長い女が現れるというのだ。実に不気味で恐ろしく、現代らしい怪談だろうか。偶然とはいえ、あまりの完成度に感服するほどの出来である。

 この謎に関しては明確に原理が判明したわけではないが、インターネット上では同名の長髪が特徴的な著名人の名前からAIが自動学習しているのではないかという説が有力のようだ。カラクリが判明してしまうと、少々拍子抜けしてしまうのは事実だが――それはどのような怪談にも通じることであり「怖い」という目標が達成されるならば、真相自体はどうでもいい。

 人の手から離れ、独自の進化を遂げたAIは果たしてどこからその情報を入手し、学習したのか。その無機質な情報に恐怖を覚えるのは――我々が感情のある人間だからこそかもしれない。ある意味ではAI画像が現代の心霊写真の役割を果たす日も近いのではないだろうか。


 さて、ここで一枚の画像をご覧に頂きたい。



https://i.imgur.com/WwaEKPr.jpg(サイトの都合上、画像を挿入することができなかったので、外部のアップローダーのリンクを貼らせて頂く)



 周囲の歪な木の形から察する通り、この画像は筆者自身がAIによって出力したものである。

 一見すると、森の中で一人のが佇んでいるだけであり、確かに不気味ではあるのだが――前述した青木ヶ原の話題に比べると、どこか二番煎じの印象を受けるだろう。

 だが、問題は画像の元になった地名にある。実はこの画像、筆者の地元の「■■山」(諸事情により、名は伏せる)をAI画像生成に入力したところ、出力されたものである。

 この■■山というのは他県ではあまり有名とは言えないが、地元の人々の間ではそれなりに名の通った所謂心霊スポットであり、某検索エンジンで調べたところ、何件かのスレッドや動画が候補に上がっていた。興味深いのは――山に伝わる怪談の一つに「青い女」が登場するという点にある。

 私も■■山が心霊スポットなのは存じ上げていたのだが、青い女の噂はこのAIが作り出した画像に関連する話がないか、調査をしていた時に偶然発見したものであり、耳にしたことがない話だった。


 そこで、ある疑問が沸き上がった。一体、AIは……どこから青い女の情報を入手し、学習したのだろうか。

 「■■山」と「青い女」――両者はどのような関係で結ばれているのか。広大な電子の大海原から学習するAIの性質上、インターネット上にはその痕跡が残っているかもしれない。また、偶然であったとしても――何らかの因果関係を証明できないだろうか。

 私はこの事実に非常に知的好奇心を覚えた。そこで、学生の身ではあるのだが、この■■山と青い女に対して、独自で調査を開始した。

 長々と経緯について語ってきたが、本稿の題材は■■山に出没する青い女についての情報を筆者と協力者が追跡、記録したものである。また、後述する人名、地名、引用文献では■■山と同じく、一部の名を伏せ字、または仮名として扱っていることをご容赦頂きたい。


 最初に読んで頂くのは今回の主軸である■■山に関してインターネット上に残されている逸話だ。都市伝説を扱った匿名掲示板のスレッドの一つに何回かに分けて書き込まれているのだが、ハンドルネーム、ID、投稿日等を省略し、小説形式として改稿したものである。

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